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第75話

《side:レオ・シュバイツ》


 ああ、なんて滑稽だ。


 魔法学の授業中、彼女は闇を使った。


 闇魔法。それは人の感情を揺さぶり、精神を蝕む呪の属性魔法。希少性が高く扱うには高い精神力と魔力制御が必要な、最も忌避されがちな魔法。


 だが、その属性は強力であり、彼女はそれを当然のように、完璧に使いこなしていた。


 平民の分際で……エリス。


 魔法科主席。特待生。庶民のくせに、僕と同じ賢者の家系に匹敵する魔力を持ち、教師たちにまで褒めそやされる少女。


 それを、私がどう思ったかだって? 気に入らない。心の底から。


 だが、それを表には出さない。


「やあ、君は……エリス嬢、だったかな?」


 授業後、廊下で彼女を見つけた僕は、いつものように完璧な笑顔を貼りつけて近づいた。


 光の差す廊下で、制服のスカートが揺れる。


 振り返った彼女は、私の顔を見るなり、きょとんとした顔をした。


 なかなかに美少女だ。


 だが、私は容姿など興味はない。


 彼女の属性魔法、それだけだ。


「ああ、シュバイツ家のレオ様。何か御用ですか?」


 ふと、違和感を感じる。


 他の生徒なら、憧れと尊敬の眼差しで見上げるその口調に、微塵も媚びはない。


 むしろ、「で?」とでも言いたげな冷めた視線。


「君の魔法、素晴らしかった。闇をあそこまで自在に……正直、感動したよ」

「はあ。それはどうも。で、それだけですか?」


 なんだその態度は? ヴィクター・アースレインとチームを組んでシミュレーションを受けていたのは知っている。


 あの時は、もっと愛想よくしていた女だ。


 それが私に対してなんだその態度は? ……苛立ちが走る。


 優雅な言葉を重ねても、彼女の目は変わらない。


 距離を取って、心を許さず、私を上として見ない。


 最上級貴族であるシュバルツ家の私のことを馬鹿にしているのか? 平民のくせに。


「いや、よければ話でもどうかと思ってね。そうだ、僕の屋敷でお茶でもどうかな? 書庫に珍しい魔術書があってね、君のような才ある人ならきっと興味があると思うんだ」

「結構です。お茶は自宅で飲む派なので」


 即答。なんだ自宅で飲む派とは?! この最上級貴族である私から声をかけてやっているんだぞ!


 にこやかな仮面が、わずかにひび割れる音がした。


 いいだろう、今日はそれで済ませてやる。


 だけど、決意したよ。


 君のその澄ました顔と、生意気な態度。すべて壊してやる。





 放課後。


 学園の通用門付近。エリスが寮に一人で帰路につくタイミングを、私は待っていた。


 もう誰にも見られない。


 誰にも邪魔させない。


「来い、我が影よ」


 黒のマントを翻し、召喚した影の触手が地面から這い出す。


 あの魔法陣で得た力。今なら、誰一人として私を止められない。


 エリスが通りに現れた。


 私は影から姿を現し、道を塞ぐように立つ。


「やあ、また会ったね。今日は無理矢理でも、お茶に付き合ってもらうよ」


 言い終えるより早く、影が伸びる。


「結界!」


 瞬間、エリスの足元から生まれた闇の刃が、僕の触手を両断した。


「……は?」


 息が詰まった。


「闇の感知で、ずっとあなたを追っていました。あなたが連続失踪事件の犯人であると、ある方が疑っておられます。私はあなたの監視役として、ずっと追っていたのです。疑っていただけですが……本当だったんですね」


 私を疑っていた? この笑顔の仮面を最初から見抜いていたというのか?


「ふふ……なるほど、最初から警戒していたのか。でも、遅いよ」


 七属性を循環させる七輪陣が足元に展開される。


 七つの魔法が同時に発動し、あらゆる方向からエリスに襲いかかる。


 その時だった。


「そこまでだ」


 風が揺れ、視界に黒の閃光が走った。


 次の瞬間、私の魔法陣が真っ二つに断ち割られた。


「なっ……! ありえない! 七色の魔法だぞ!」


 振り向けば、そこにいたのは。


「ヴィクター・アースレイン……!」

「ヴィクター様!!」


 忌まわしい名前。


 私に対して、冷たい態度をとっていたエリスが黄色の声を出す。


 私が乗り越え、貶め、殺すはずだった男


「エリスを狙った時点で、終わりだ。……レオ・シュバイツ」


 剣を構えるその姿に、背筋が冷たくなった。


 なぜだ。どうして、ここにいる……?!


「アハっ! エリス、お待たせ」


 地下道から出てきた時にあった恐ろしく美しいメイドがそこにいた。


「リュシアさん!」


 まさか……僕の動きはすべて、読まれていたというのか?


「……ッ、ふざけるな……僕は、僕は賢者の家系であるシュバルツ家のレオだぞ……!」

「そうか、誇れるのは自分の血と家だけか? お前自身に誇る物はないのか?」


 その瞬間、ヴィクターの拳が頬を打ち抜いた。


 視界が、白く弾けた。


 ありえない!!! 誰にも殴られたことなどなかったのに……。


 ああ、なんて屈辱だ。


 どうして、また……この男が私の邪魔をする……。


 許せない。


 許せるはずがない。


「私を殴ったな!? 許さないぞ。お前など殺してやる!?」


 後のことなどどうでもいい。


 私は魔力を爆発させた。


「全て消えてしまえ!!!!」


 破壊の衝動に身を任せる。


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