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第76話

《side:ヴィクター》


 空気が爆ぜた。


 瞬間、肌が焼けつくような熱量と、骨の髄を凍らせる魔力がぶつかり合う。


 それは暴発ではない。明確な意志をもった放出だった。


 だが、それをただ爆発させるんじゃなかった。


 レオ・シュバイツは、魔力を外に放つのをやめた。


 自らの中に取り込んだのだ。


「ほぅ、考えたな」


 炎も、氷も、雷も、音も、七属性すべてが、彼の肉体に宿る。


 その魔力は、剣を振るうように、拳に、蹴りに、肌にまで纏わりついている。


「そうか……」


 僕の無効化は外からの魔力には絶大だが、内側に纏った魔力には反応が遅れる。


 それを、レオはこちらに対抗する手段を考えていたのだろう。


「ヴィクター・アースレイン、お前が私の魔法を消滅させるというなら、出さなければいい。私自身が、魔法そのものになればいいだけの話だ」


 レオの足元が砕け、奴の身体が風のように接近してくる。


 風と土の魔力が脚に収束していた。


 瞬間、拳が飛ぶ。


 僕は一歩半、下がって剣で受け止めた。だが、全身に魔力を流し込んだ拳の一撃は、重い。腕が痺れた。


 そして、触れられた瞬間に風が巻き起こって僕の身を斬る。


 無効化効果が発動していない? ……理に適っているじゃないか。


「くくく、いいな。レオ、やるじゃないか」

「どうした!? お前は!? 自分を天才だと思っているのだろう?!」


 拳。肘。膝。踵。連撃が剣と衝突し、火花が散る。


「レオ……」

「やめろッ!! その名前で呼ぶな!! 貴様に気安く呼ぶな! 私は許してない!」


 怒気がほとばしる。


 だが、僕は剣を振るう手を止めず、淡々と問うた。


「なぜ、ここまで僕を憎む? 貴様と僕は接点はないはずだが?」

「聞くまでもないだろう!? シュバルツ家とアースレイン家はこれまでも衝突を続けてきた。知らないとは言わせない! そして、同い年で、同じ上位貴族。剣と魔、双璧となるべく家柄である。だが、貴様は私を気にかけてなどいない!」


 僕はレオの発した言葉の意味が理解できなかった。


 これまでの僕は、落ちこぼれと言われアースレイン家の中でも名が知られるような存在ではなかった。


 フレミアとの婚約があったからこそ、名前が王国全土に知れ渡った程度だ。


「そして、貴様と出会って確信した。常に人を見下すような態度。全てを手に入れた傲慢さ。剣術の実力も、婚約者も、そしてアースレイン家の当主代行という地位も、全てを持っている」


 レオを見下したことなどない。


 むしろ、落ちこぼれで魔法が使えなかった僕は、レオやエリスのことを凄い存在だと認めていた。


「僕が? お前を見下した? そんな覚えはない」

「そうだな。貴様を見下す以前の問題だ。私のことなど眼中にもないのだろう?!」


 確かに気にはしていなかった。


「お前は気づいていなかったんだ!! 私がどれだけ努力しても、誰も褒めてくれなかった! お前の剣さばきに、お前の戦績に、教師も彼女も、私の父さえも!!! 皆、お前を褒めて私を貶すのだ!!!」


 魔力を帯びた殴打が続く。


 剣で捌き、身を躱すが、魔力の余波は無効化できない。


 受けきれず、脇腹に一撃が刺さった。


 だが、僕は倒れない。


「僕は……誰も見ていない」

「ふざけるな!! 私を見ろ! ライバルだと思え! お前よりも私の方が優れているんだ?! 私はずっとお前を見ていた!! お前の剣を、お前の行動を、立ち居振る舞いを! お前が称えられるたびに、私の心は傷を負った。どれだけのプライドを失ってきたと思ってる!?」


 レオの叫びにも似た言葉が、何一つ理解できない。


 いや、理解する必要もないのかもしれない。


 ただ、知りたいのは、真実だけだ。


「なら、なぜ直接文句を言わない? 僕に話せばよかっただろ?!」


 そう、未来で僕を断罪するほど憎んでいたなら、どうして話してくれなかったんだ。


 断罪されるまで、僕はレオを親友だと思っていた。


 学友になり、アリシアと共に戦場に出て、背中を預けた親友だと思っていた。


「話す? 貴様に語ることなど何もない!」

「認めてくれと。見てくれと。なぜ言ってくれなかった? お前の矜持か? それとも、誇りか? 話してくれれば別の結末も選べんたんじゃないのか?」


 レオの拳が止まる。


 目が揺れた。瞳の奥に、迷いと怒りが複雑に絡みついていた。


「ふざけるなよ!」

「なっ!?」


 レオの体が七色に光り始める。


 それは未来で見たことがあるレオの究極魔法を発動するための予備動作だ。


 僕の無効化が未来と同じレベルであれば、問題なく対処できる。


 だが、今の中途半端な無効化では全てを捌ききれない。


「……お前に……お前にだけは、負けたくなかったんだ……!」


 その声には、嘘がなかった。


 だが、同時に、僕の中で一つの決意が固まる。


「……レオ。貴様が契約した悪魔はこちらで対処した。今ならまだ人として、罪を償う機会がある。堕ちるな」

「うるさい! それに貴様は甘いッ!! 戻る場所なんて、もうない!! お前がいる限り、私は誰かの劣化品扱いを受けるんだよ!! 死んで私の目の前からいなくなれ! ヴィクター・アースレイン!!!」


 七属性の魔力が、再びレオの全身から噴き出した。


 だが今度は、それを外に放とうとしている。


 八つ目の門。


 闇の属性が、開こうとしていた。


「ヴィクター・アースレイン……! これは私の命そのものだ」

「……そうか、レオ。お前のすべてを、受け止めてやる」


 そして、終わらせる。


 もう一度、剣を握り直した。


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