七つの光が渦巻くように舞い、天を突くような柱となって立ち上がった。
だが、それで終わりではない。
その中心に黒が混ざった。八属性。
蠢く影。全てを呑み込むような、否定の色。
八つ目の門、闇。
それが、レオ・シュバイツの身体に宿った瞬間だった。
「……来るか」
剣の柄を強く握る。視界の端でリュシアが軽く舌打ちするのが聞こえた。
エリスを庇うように、距離を取る。
よくわかっている。
魔族として、死なぬだろうが、初見であれば、エリスに対処はできない。
「アハっ?! これはヤバいかもよ。ご主人様、あれは本格的に……」
「分かってる。お前たちは距離をとっていろ」
爆音と共に、黒い稲妻が空間を引き裂く。
レオの身体からあふれる闇の魔力は、既に精神を蝕み始めていた。
「悪魔よ! 力を貸せ!」
レオが悪魔に呼びかけるが、反応はない。
「どうした?! くっ、もういい! うおおおお!!!!」
闇魔法を自身の体に取り込み、さらに七色の属性が全て黒い闇魔法の属性に染まっていく。
目は見開かれ、黒く染まり、口元は笑っているのか歪んでいるのか分からない。
「これが……私の力だ。私だけの……力の存在証明……!」
その一言の後、レオの身体が霧のように消え、目の前に現れた。
「くっ?!」
避けられない。
剣を盾のように構え、衝撃に備える。
衝撃、ではない。圧殺だった。
剣が折れそうになるほどの重力魔法と、骨を砕く音のような衝撃波が重なる。
魔力や呪術のような力は無効化できるが、衝撃波や直接的な負荷には、無効化の力は働かない。
同時に、背後から風と氷の刃が迫る。
そちらは魔力を感知して無効化できたが、それでも……強い。
これが、八つの属性を纏ったレオが僕を倒すために編み出した最終形態。
僕が無効化が中途半端なのと同じく。
今のレオでは、最終形態は、完成していない。
これは僕らが王国を打倒する。
今から十年弱先の未来で完成する。
「レオ……お前の怒りも、嫉妬も、全部、受け止めてやる!」
「黙れえええええええええっ!!」
レオの咆哮とともに、全方位に爆発的な魔力が放たれる。
すでに爆発した衝撃は無効化できない。
「お前の無効化が魔力を感知しているのはわかってるんだ!!! なら、魔力を使い終わった攻撃ならどうする?!」
レオは、俺の体に傷が増えるたびに勝ち誇るような声を出す。
だが、そこに剣を突き込んだ。
対抗手段は一つ。僕自身が無効化に頼らなければいい。
「もしも、今の状態で、最終形態のお前だったなら勝てなかったよ」
漆黒の闘気が剣から放たれ、七色の魔力と激突する。
爆風が地を裂き、天を裂いた。
《冥哭》が魔力を吸収する。
土煙の中で、息を切らしながら、ようやくレオの姿を捉えた。
膝をつき、肩で息をしていた。
それでも、立ち上がろうとする。
「……まだだ……まだ私は負けていない……!」
「そうか、なら終わらせてやるよ」
レオの叫びに対して、僕は静かに終わりを告げる。
すでにレオの目は正気ではなかった。
何かに導かれるように背を向け、闇に飛び込もうとする。
「私を核として、全てを吸い込め。ブラックホール!」
「自ら自爆を選ぶか?!」
足を踏み出した、その時。
「ご主人様!」
リュシアが腕を伸ばし、僕の前に展開された防壁が呪のような魔力に焼かれた。
「……結界が……!? レオじゃない、これ……別の力が介入してる!」
「くっ……!」
レオの背後から、空間が裂ける。
黒い円環。魔界へのゲート。
我が使徒よ、今は退け……あの悪魔、ソド=メグル!
「リュシア?!」
「うん。確かに現世に留まったあいつを消滅させたわ! だけど、悪魔はまた生まれる」
「やっと来たか、悪魔!」
レオと悪魔が手を取り合う。闇が開いて全てを吸い込もうとする
「逃げるわ!」
「黙れ、リュシア。僕を誰だと思っている? ここで終わらせる!」
「……っ……私は、まだ、負けていない……私の存在を、証明するまでは……!」
光が収束する。
視界が暗転する直前、レオが振り返った。
その顔は、哀しみと怒りと悔しさと……ほんの一滴の涙で濡れていたように見えた。
「《冥哭》よ。全ての魔力を飲み込め」
レオの発生させたブラックホールも、悪魔の存在も、魔力の塊にすぎない。
なら、僕がすることは一つだ。
「『影滅の剣閃』、喰らえ!」
吸収する互いの力がぶつかり合い、互いを消滅させようとする。
次の瞬間には、互いに力がぶつかり合って爆発が起きる。
残されたのは、砕けた地面と、沈黙。
リュシアが肩を叩く。
「……あいつ、もう後戻りできないところまで行っちゃったわね」
最後の瞬間、僕とレオの体に激しい衝撃を受けた。
レオの半身が吹き飛んでいるのが見えた。
あれが生きていると言えるのか僕にはわからない。
どれほど深く堕ちようとも、闇に飲まれようとも。
僕はレオの心と触れ合った。
それでわかったことがある。
「レオは最初から僕を友人だとは思っていなかった。悪魔と契約をして、数多くの者たちを犠牲にして、未来の力を手に入れていた。それが真実なのだろう」
「……ご主人様」
「あのっ?!」
リュシアは、僕を呼ぶだけだった
だが、エリスが声を発する。
「どうして、ヴィクター様があの男を気にしているのか分かりませんが。あんな人のことをヴィクター様が気にかける必要なんてないと思います!」
「……」
「気にかけるだけ時間の無駄です! 執着する必要なんてないほどに最低な人間です。今回のことを公にして、レオ・シュバルツの罪を知らせ、被害にあった方々のご家族やそして、罪を犯した者を育てた家に問うべきです!」
断罪された僕が知りたい真実をエリスは知らない。
だからこそ、今を見ている。
僕にとっては興味はないが……。
「時間をかける価値のない存在か……くくく、そうだな」
「アハっ?! ご主人様が笑ったわ。エリス、ナイスよ」
「ふぇっ! ヴィクター様の笑顔!!! 尊い!!!」
確かに、レオがどうなろうと僕には関係ないことだ。
断罪された真実はわかった。
ならば、すでにレオへの興味はもうない。