朝から俺様は愉悦を味わっていた。
いよいよだ。
いよいよヴィクター・アースレインを殺すことができる。
初めて会った時から、目障りな存在だった。
美しいアリシアを婚約者に持ち。
アースレイン家として、剣神の力と、人々を導くカリスマ性。
だが、他者を顧みることなくマイペースな方法で勝手に進んでいく。
ずっと比べられて、同年代の中でヴィクターと俺様は双璧だった。
だが、それも今日で終わる。
その日、王都は歓声に満ちていた。
ヴィクター・アースレインが断罪される日。
剣神。英雄。王国を救った男。
だが、裏切り者として罪を着せられ、処刑された。
滑稽だ。
ここまで全てを整えた男が、婚約者に裏切られ、仲間だと思っていた者たちに次々と裏切られる。
そして、俺様は……。
「私は頂点に立った」
王家が打倒され、それを打倒した奴もいない。
レオ・シュバイツとして、俺は王国の頂点に立った。
玉座に腰を下ろし、王冠をかぶった。
黄金の間。臣下たちの称賛。栄光。
ついに、手に入れた。
誰もが俺様を見上げている。
あのヴィクターすらも殺した男として。
くくく、勝手に墜落して、勝手に全てを失った。
ああ、なんて滑稽だ。
「……は?」
四日目の朝。議場にて突如読み上げられたのは、各地の領主と軍幹部からの謀反通告だった。
「なっ! 貴様ら何を言っている?!」
「我々は、あなたを王とは認めない。ヴィクター殿の断罪は誤りであるとの報が各地に届いています……!」
一人の議員が声をあげると他の者も立ち上がる。
「何よりも、ヴィクター殿の遺書が見つかりました」
「英雄ヴィクター様は王にならず、議会をもって国を主導すると書かれていました」
「そのような考えを持たれておられた方が、裏切るなどあり得ない。我々は英雄様たちを洗い流すことにしました」
こいつらは何を言っている? 我が王になって、まだ三日だ。
いや、ヴィクターが幽閉されている間に調査をしていたというのか?
「貴族会議は、王権の停止を決議した。レオ・シュバイツ、貴様こそが反逆者だ。ヴィクター・アースレイン様を貶め、罪を着せたのだ。我々はお救いすることができなかった」
「黙れッ!! 誰がこの国を救った!? 誰が、最も力を持っていると思っている!? 私は王だぞ!!」
その叫びは虚空に散り、民衆はもう俺様を王として見てはいなかった。
王としての俺様は、ただの傀儡としても認められない。
計画の中核にいただけで、信望も覚悟も持たなかった道化に過ぎないというのか。
「悪魔よ、願いを……! こんな国などどうでもいい! 国の者全ての魂を捧げる! 俺様を崇める国を作るのだ!」
『すでに貴様の願いは叶えた』
「な……に……?」
『お前は力を手にいれ、宿敵であるヴィクターを殺し、王にもなった。その代償に対して、貴様の魂はすでに器ではない』
「まだだ! 私はまだ……!」
悪魔の手が、彼の胸を貫いた。
「なっ?!」
『欲にまみれた醜い人間よ。貴様はすでに浅ましさを極めた。貴様の醜悪さはすでにもういらぬ』
魂が抜かれる感覚。
いや、魂そのものを掴まれて引きずられる痛みが全身を襲う。
「グアアアアアアアアア!!!」
目を開けた時、そこは地獄だった。
暗黒の空。血の海。歯車のように回る肉の牢。
『さあ、始めよう。ここからは貴様の魂に直接代償を払ってもらう。七日間の拷問を』
皮膚を剥がされ、骨を砕かれ、脳を煮えたぎる液に晒された。
心臓を握られたまま、鼓動の速さを悪魔に笑われながら、生きながら殺され続けた。
『次は、七十二回の蘇生拷問だ。殺しては生かす。七十二回様々な方法で殺してやろう。希望と絶望を交互に与える、それこそが最高の味だ』
喉を裂かれた。
腹を切り裂かれた。
血を抜かれ、脳をすり潰された。
そのたびに、俺様は蘇り、息を吐き、また苦しんだ。
そして、七十三度目の死の直前。
『……さあ、そろそろ、いただこうか』
悪魔は言った。
『お前は魂の味が熟成した。だがそれだけじゃない。お前は絶望という芸術の完成形だ』
俺様の口から洩れたのは、最期の言葉だった。
「ヴィクター……どうして……お前だけ……死んだ後も崇められる」
魂は喰われた。
跡形もなく、虚無の中に消えた。
王冠は砕け、名は歴史からも消えた。
残されたのは、地獄の底で繰り返された一つの記録。
♢
愚かなる愚王、レオ・シュバイツ。
英雄を妬み、王を夢見て、悪魔と手を結び、地獄を買った男。
だがその地獄こそが、彼の望んだ存在証明だったのかもしれない。
誰にも理解されず、ただ一人で、永遠に味わう絶望の証明。
そして、彼の魂が消滅した場所には、悪魔の嘲笑がいつまでも木霊していた。
その事実を知る者は誰もいない。
だが、悪魔と契約するということは簡単に許されるものではない。
最大の苦しみと絶望を味わったのちに、レオ・シュバルツは歴史に名を刻まれた。
三日天下の愚王として。