学園を離れ、僕はリュシアとドイル、それにエリザベスを連れて王都を離れた。
「こうしてヴィクター様とどこかにいくのは久しぶりですね」
「ドイルは、普段は屋敷で王都の執事たちに鍛えられているからな」
「はい! アースレイン家の執事たるもの、鍛錬を怠るわけにはいきません。強さを兼ね備え、優雅さと執事の仕事を両立できてこそ、アースレイン家に仕える意味があります」
ドイルなりの夢があり、僕の専属になっている。
最近では、執事として身の回りの世話をよくしてくれていた。
「そうか、お前が成長しているのは良いことだ」
「はい! ありがとうございます」
王都から南に下った街道沿い、薄汚れた石畳の街並みの中に、傭兵たちの拠点と呼ばれる宿屋がある。
酒場と訓練場を兼ね備えたその建物は、昼間でも怒号と喧噪に満ちていた。
荒くれ者と呼ぶのが最も似つかわしい男たちが剣を振るい、武器を磨き、金と名誉のために日々を消耗している。
この時代、まだ人の領域の外には魔物が多く棲んでいた。
討伐依頼は尽きず、傭兵業こそが若者たちの生きた証とされる時代。
王族を相手に戦うまでは、それほど人同士の大きな戦争はなかったというのもあり、人の敵は魔物か盗賊程度だった。
そして傭兵として、その中に一人の少年がいた。
年齢は十七。僕たちと同じ年だ。
ジェイはかつて僕の軍師だった男であり、戦略と知略においては群を抜いていた。
今はただの下働きとしてこの傭兵団に籍を置いている。
だがそれは表の顔だ。
ジェイがただの傭兵で終わるような男ではないことを、僕は未来で知っている。
訓練場の片隅で、一人の少年が木剣を手に、無言で模擬戦の相手をしていた。
彼の姿は目立たない。背は中背で、体つきも普通。灰髪に灰色の目。どこか影のある顔つき。
だが、その立ち振る舞いには、異様な洗練がある。
敵の動きに無駄なく対応し、相手の足運びに合わせて間合いを調整する。決して無駄に剣を振らず、流れるように立ち回る。
それは計算によって成立した戦い方。
「……変わってないな、ジェイ」
僕はそう呟いた。そして一歩、踏み出す。
訓練を終えたジェイが水桶で汗をぬぐい、ふとこちらに気づいた。
その瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。
「……なんだ? 貴族坊ちゃんが俺に用事か?」
ぶっきらぼうな言い方は、懐かしい。
「傭兵のジェイだな」
僕は歩み寄る。それに対して、ジェイは距離を取るように一歩後退する。
「なんだよ……」
「お前を雇いたい」
「はっ?」
「僕はアースレイン家のヴィクターだ。アースレインの名前は聞いたことがあるだろ?」
ジェイは顔を伏せたまま、水を一口飲む。
「ああ、四大貴族を知らない奴はいないだろ? ……俺を雇いたいって、傭兵隊の下働きにそんな大貴族様が何のようだ?」
「お前の知能の高さを評価して、雇いたいと思っている」
その言葉に、ジェイの目が鋭くなった。
「はっ! 知能の高さって、どうしてお前にそんなことがわかるんだ?」
「体は小柄で、剣術は独特。それでもうまく立ち回ることで生き残る術を心得ている」
「はっ! そんなものは傭兵なら当たり前だ」
彼は静かに木剣を置き、僕の方へと歩み寄ってくる。
「……何が狙いだって聞いてんだ?」
「……」
相変わらず頭の回る奴だ。
「大規模魔物討伐作戦」
「ッッッ!!!」
それはジェイが、名前を売ることになる大戦だ。
「今、お前はその作戦を控えているのだろ?」
「それがわかっているからなんだ?」
ジェイは、表情はクールにしかし、こちらを品定めするように見つめていた。
「……僕が貴様の作戦に乗ってやる」
「あぁ?」
「下っ端のお前が作戦を考えていても、誰も聞いてくれない。なら僕が従うことで多くの傭兵に命令できるようになるぞ」
「……面白いじゃねぇか」
ジェイは笑った。乾いた、感情のない笑みだった。
「僕の手を取るか?」
「いいぜ、大規模魔物討伐作戦。俺はお前の軍師になってやる」
僕が差し出した手を握るジェイ。
こいつはこういう男だ。
合理的に、もっとも効率の良い方法を選択する。
「……なら、今から傭兵を雇い入れる。貴様が目につけている者たちを集めよ。僕の名前と金を使っていい」
「いいのか? 遠慮はしねぇぞ」
「アースレイン家を舐めるなよ」
「はは、いいねぇ〜だが、俺は合理的なんだ。決まった値段で、武器も防具も、人も集めてやるよ」
ジェイは顔を上げ、まっすぐ僕を見た。
「……やってみろ。大規模魔物討伐作戦。そこでお前と僕の名前を轟かせろ」
「くくく、あいよ。大将」
「ドイル、ジェイと資金の話をしてくれ」
「かしこまりました。ヴィクター様」
レオと違って、ジャイは悪友だと思える人間だ。
ジェイが考えた悪巧みを、あの頃の自信のなかった僕を変えてくれた。
こうして肩を並べているからこそ思い出す。
彼が、どうして僕を裏切るに至ったのか? その真意を、僕はこれから確かめにいく。
今までの悪友と過ごした日々が、偽りであったなら、全ての真実を知ることができるような気がする。