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第83話

 学園を離れ、僕はリュシアとドイル、それにエリザベスを連れて王都を離れた。


「こうしてヴィクター様とどこかにいくのは久しぶりですね」

「ドイルは、普段は屋敷で王都の執事たちに鍛えられているからな」

「はい! アースレイン家の執事たるもの、鍛錬を怠るわけにはいきません。強さを兼ね備え、優雅さと執事の仕事を両立できてこそ、アースレイン家に仕える意味があります」


 ドイルなりの夢があり、僕の専属になっている。


 最近では、執事として身の回りの世話をよくしてくれていた。


「そうか、お前が成長しているのは良いことだ」

「はい! ありがとうございます」


 王都から南に下った街道沿い、薄汚れた石畳の街並みの中に、傭兵たちの拠点と呼ばれる宿屋がある。


 酒場と訓練場を兼ね備えたその建物は、昼間でも怒号と喧噪に満ちていた。


 荒くれ者と呼ぶのが最も似つかわしい男たちが剣を振るい、武器を磨き、金と名誉のために日々を消耗している。


 この時代、まだ人の領域の外には魔物が多く棲んでいた。


 討伐依頼は尽きず、傭兵業こそが若者たちの生きた証とされる時代。


 王族を相手に戦うまでは、それほど人同士の大きな戦争はなかったというのもあり、人の敵は魔物か盗賊程度だった。


 そして傭兵として、その中に一人の少年がいた。


 年齢は十七。僕たちと同じ年だ。


 ジェイはかつて僕の軍師だった男であり、戦略と知略においては群を抜いていた。


 今はただの下働きとしてこの傭兵団に籍を置いている。


 だがそれは表の顔だ。


 ジェイがただの傭兵で終わるような男ではないことを、僕は未来で知っている。


 訓練場の片隅で、一人の少年が木剣を手に、無言で模擬戦の相手をしていた。


 彼の姿は目立たない。背は中背で、体つきも普通。灰髪に灰色の目。どこか影のある顔つき。


 だが、その立ち振る舞いには、異様な洗練がある。


 敵の動きに無駄なく対応し、相手の足運びに合わせて間合いを調整する。決して無駄に剣を振らず、流れるように立ち回る。


 それは計算によって成立した戦い方。


「……変わってないな、ジェイ」


 僕はそう呟いた。そして一歩、踏み出す。


 訓練を終えたジェイが水桶で汗をぬぐい、ふとこちらに気づいた。


 その瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。


「……なんだ? 貴族坊ちゃんが俺に用事か?」


 ぶっきらぼうな言い方は、懐かしい。


「傭兵のジェイだな」


 僕は歩み寄る。それに対して、ジェイは距離を取るように一歩後退する。


「なんだよ……」

「お前を雇いたい」

「はっ?」

「僕はアースレイン家のヴィクターだ。アースレインの名前は聞いたことがあるだろ?」


 ジェイは顔を伏せたまま、水を一口飲む。


「ああ、四大貴族を知らない奴はいないだろ? ……俺を雇いたいって、傭兵隊の下働きにそんな大貴族様が何のようだ?」

「お前の知能の高さを評価して、雇いたいと思っている」


 その言葉に、ジェイの目が鋭くなった。


「はっ! 知能の高さって、どうしてお前にそんなことがわかるんだ?」

「体は小柄で、剣術は独特。それでもうまく立ち回ることで生き残る術を心得ている」

「はっ! そんなものは傭兵なら当たり前だ」


 彼は静かに木剣を置き、僕の方へと歩み寄ってくる。


「……何が狙いだって聞いてんだ?」

「……」


 相変わらず頭の回る奴だ。


「大規模魔物討伐作戦」

「ッッッ!!!」


 それはジェイが、名前を売ることになる大戦だ。


「今、お前はその作戦を控えているのだろ?」

「それがわかっているからなんだ?」


 ジェイは、表情はクールにしかし、こちらを品定めするように見つめていた。


「……僕が貴様の作戦に乗ってやる」

「あぁ?」

「下っ端のお前が作戦を考えていても、誰も聞いてくれない。なら僕が従うことで多くの傭兵に命令できるようになるぞ」

「……面白いじゃねぇか」


 ジェイは笑った。乾いた、感情のない笑みだった。


「僕の手を取るか?」

「いいぜ、大規模魔物討伐作戦。俺はお前の軍師になってやる」


 僕が差し出した手を握るジェイ。


 こいつはこういう男だ。


 合理的に、もっとも効率の良い方法を選択する。


「……なら、今から傭兵を雇い入れる。貴様が目につけている者たちを集めよ。僕の名前と金を使っていい」

「いいのか? 遠慮はしねぇぞ」

「アースレイン家を舐めるなよ」

「はは、いいねぇ〜だが、俺は合理的なんだ。決まった値段で、武器も防具も、人も集めてやるよ」


 ジェイは顔を上げ、まっすぐ僕を見た。


「……やってみろ。大規模魔物討伐作戦。そこでお前と僕の名前を轟かせろ」

「くくく、あいよ。大将」

「ドイル、ジェイと資金の話をしてくれ」

「かしこまりました。ヴィクター様」


 レオと違って、ジャイは悪友だと思える人間だ。


 ジェイが考えた悪巧みを、あの頃の自信のなかった僕を変えてくれた。


 こうして肩を並べているからこそ思い出す。


 彼が、どうして僕を裏切るに至ったのか? その真意を、僕はこれから確かめにいく。


 今までの悪友と過ごした日々が、偽りであったなら、全ての真実を知ることができるような気がする。


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