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第86話

 森を包んでいた霧が、突如として裂けた。


 地鳴りと共に現れたのは、獣魔の群れ。


 体高二メートルを超える四足獣、空を裂くような咆哮を上げる飛行種、そして瘴気を纏った無貌の異形ども。


 その数、百を超える。


 獣魔は、自分たちの縄張りが荒らされることを察知して動き始めた。


「前衛、盾を構えろ! 後衛、詠唱急げ!」


 ジェイの怒号が飛ぶと同時に、傭兵たちが整然と動き出す。


 だが、その右方、丘を挟んだ一段下の位置に展開していた下級貴族の軍は、開始早々に混乱を始めていた。


「な、なんだあれは……聞いてないぞ!? あの量はなんだ!?」

「弓兵! 魔法を撃て、いや下がれ、やっぱ前へ……っ、ち、ちがう! 統率が……っ!」


 命令が二転三転し、軍は一塊の混乱と化していた。


 流石なのは傭兵たちだ。彼らは個々の力を理解している。


 貴族の指揮官は、金と権威で雇った兵を前に立たせ、自らは後方の馬上で呆然と立ち尽くす。


「突っ込んできたぞォォ!!!」


 森から現れた一頭の獣魔、甲殻に覆われた巨大な猪型魔物が地を蹴り、戦列に突撃した。


 それだけで、大規模討伐作戦に参加していた下級貴族の軍は前衛が崩れた。


 槍が折れ、盾が吹き飛び、兵士の悲鳴が木霊する。


「駄目だ、下がれ! 後退ぐ、うああああっ!!」


 指揮官が叫ぶより早く、頭上から飛びかかった飛行種に馬ごと押し潰され、そのまま爪に引き裂かれた。


 血しぶきがあがる。


 貴族の紋章を掲げていた旗が、泥と血にまみれて倒れた。


「……一つの部隊が消えたな」


 丘の上、僕は剣を抜きながら呟いた。


 下位の獣魔たちは統制を持たず力だけの獣だ。


 だが、上位種である魔喰獣の存在によって本能的な戦術を持ち、連携すら始めている。


「ヴィクター様、後衛の弓兵隊、合図を待っております!」


 ドイルの声が背後から飛ぶ。


「ヴィクター様、ご指示を!」

「魔法隊、放て! 三発目に全軍突撃。左右を固めろ! リュシア、弓隊で上空の飛行型を削れ!」


 僕が命令を下すと同時に、兵たちが動き出す。


「聞いたか! 坊ちゃんは本気だぞ! くくく、いい指揮官じゃねぇか、乗るぞ!!」


 ジェイが笑う。だがその目は戦場の全貌を見ている軍師だ。


「アハっ! 獣魔の頭、あれね……面白い形してるわ」


 リュシアの魔力が空気を震わせ、上空の飛行種に光の閃光を浴びせかける。


「射線が通ったぞ! 弓兵、撃てえぇぇっ!」


 ドイルの指示により、放たれた無数の矢が獣魔の前衛を貫いた。


 その一角が崩れる。そこを、僕が率いる傭兵部隊が一斉に雪崩れ込んだ。


「突撃ッッッ!!!」


 魔物の咆哮が、森全体を震わせる。


 その中心へと向かい、僕らは剣を振り下ろす。


「乱舞!」


 ここまでの乱戦に、技など必要ない。


 剣を振るう体に強化魔法を使って、長く戦う体力を示す方が大切だ。


 王都の下級貴族の部隊はいくつも半壊していた。


 だが、僕たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。


 瘴気の泉、魔喰獣、精霊の伝承。


 その全ての核心に、戦火の中をくぐり抜けて辿り着くのは、これからだ。


 森の中に轟く咆哮と悲鳴。


 開戦から一刻も経たぬうちに、下級貴族たちの部隊は壊滅的な損害を受けていた。


 だが、それを盾代わりにしていた傭兵部隊が前に出て獣魔たちを討伐していく。


「傭兵もやるじゃないか! 俺たちも負けてはいられないぞ。全員、前進しろ! 後衛は矢を弾幕として集中射撃、獣魔の誘導に使え!」


 ジェイの怒号が響く。


 彼の指示には寸分の迷いもなかった。


 魔物の突進を正面から受け止めず、あえて側面に囮を置くことで進行方向を操作し、伏兵を配置した谷間へと誘導する。


「狭所に詰まらせろ! 囲んで叩くな、弓と魔法で遠距離から削れ!」


 巨躯の獣魔が前進を止めたその瞬間、僕たちが構えていた魔術と矢の嵐が、頭上から降り注いだ。


 断末魔の雄叫びを上げ、魔物の前衛が崩れる。


 その隙を逃さず、戦槌を持つ傭兵が一気に突撃、足元を砕き、前線を押し返す。


「な、なんて……戦術だ……!」


 ドイルが呆けたように呟いた。


「獣魔の数は倍以上あるのに、押されていない……いえ、押し返している……!」


「……これがジェイだ。正面からぶつかるんじゃない。動きを読み、誘導し、反撃の準備をしてから叩く」


 僕はそう告げて、再び剣を抜いた。


 リュシアが肩越しに笑う。


「アハっ、こっちも動くわよ。ご主人様が一番目立たなきゃ、部下たちの士気が上がらないもの」

「当然だ。前線は僕が切り開く。ジェイの計算に、僕の無効化が合わされば、突破口になる」


 この感覚は、久しぶりに味わう戦場の空気。


 それを描いたのがジェイだ。


 戦場の盤面を動かし、そこに配置された僕という駒。


 その意味を今、結果として示す時だ。


 咆哮がまた森に響いた。けれど、それはもはや恐怖ではなかった。


「誰一人死ぬことを許さない。僕に背中に続けば勝利は目前だ」

「アハっ! ご主人様に火が付いたわね」

「ヴィクター様、さすがです!!」

「はは、面白いじゃねぇか! 俺たちも絶対に生きて帰るぞ。あのバカに続け!」


 僕が久しぶりの戦場に楽しくなって、獣魔を狩る側に回っていく。


 こうして僕は幾度の戦場を超えて、剣神になっていった。


 そして、わかる。この戦いが終われば僕は五段階を突破する。


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