《side:ジェイ》
レオとアリシアが、俺の元にヴィクター暗殺計画を持ってきたのは、王都陥落前の夜だった。
最初は反発したが……。
「今の王国は危険な状態よ。このままヴィクターに支配されて、王家と同じように支配の時代が来たら誰が彼を止められるの?」
アリシアの言葉は間違っていない。
ヴィクターは、誰よりも強くて、常に前を向いて歩いて行くやつだ。それは強い推進力を生んで人々を惹きつける。だが、一度、道を踏み外した時。誰も奴を止めることはできない。
もしも、ヴィクターが力を持ったまま、過去に戻れたなら俺が叶えられなかった。精霊の森を救うこともできたかもしれない。
今では、汚染され、死の森と化したあの場所にヴィクターの力があれば……。
「ジェイ」
「マーベ様! どうしたんだよ?」
「あなたもレオとアリシアに声をかけられた?」
「うん? ああ、ヴィクターの一件か?」
「そう、私は……ヴィクターを助けようと思う」
「……珍しいな。あんたが、興味のあること以外に、動こうとするなんて」
「可能性」
マーベは俺の前に、ある二つのアイテムを提示した。
一つは、ヴィクターの無効化魔法を無効化するアイテム。あれは結局魔力だ。体内の魔素をなくしてしまえば発動できない。一時的にアリシアとヴィクターの食事を行う際に、無効化魔法が発動できなくするだけで、毒が効果を発揮する。
ずっと、ヴィクターを研究していたマーベだから見つけることができた。
そして、ヴィクターに毒を効かせて眠らせて、俺はヴィクターが拷問されるのを黙認してもう一つのアイテムをヴィクターの体内に仕込んだ。
「どうだ、相棒。今回の計画は全て俺が考えたんだ」
お前を殺せるのは、俺だけだ。他の誰でもない。俺しかこんなこと考えつかない。
あの断罪の夜を、俺は忘れない。
灰のような月が空に浮かび、王都の大路が凍りついたように静まり返っていた。裁定の鐘が三度鳴る。それは、英雄ヴィクター・アースレインが罪人として首を刎ねられる。
中央広場に立つヴィクター。観覧席から俺は感情のない瞳で見ていた。
俺はヴィクターを断罪した。理由は一つ。ヴィクターの存在を過去に戻すために。
いくらでも俺を恨んでくれていい。だが、お前はやり直す必要があるんだ。世界には絶対にお前が必要になる。だけど、今回の世界ではお前は失敗した。
「ヴィクターは世界の裏側を知らない」
「世界の裏側?」
賢者マーベの話を聞くまで、俺も知らなかった。
王家も、アイシアやレオも、魔族や悪魔によって操られている。
はは、俺はヴィクターと同じだ。何も知らなかった。何もできなかった。だから、このクソみたいな命を捧げてやる。
「ヴィクター。バカな俺を利用してくれ」
ヴィクターは純粋すぎた。俺は世界に興味がなさすぎた。だけど、お前が俺を恨んで俺を殺すために近づいてくれれば、きっと俺はお前に従うようになる。
周囲には、利用する者、傾倒する者、染まりきってしまう者が集まっている。
ヴィクターが断罪された後。俺は一人一人の罪を暴いていった。
アリシア、表面上は高潔な聖女。だが、妖精に拐かされて、王妃の夢を見たい。さらに裏では信者に過激な献金を煽り、反対勢力に圧力をかけていた。彼女にとって、ヴィクターは聖遺物であり、都合の良い象徴だった。だから全てを暴いて聖女でも、王妃でもなくしてやった。
レオ。悪魔と契約をして、王を目指した。ヴィクターと学園時代の仲間でありながら、反体制派との情報を通じて私腹を肥やしていた。だから、証拠を議会に投げかけて、三日で失脚させた。
「お前がいなくなった世界に英雄は必要ない。だから、俺が断罪したぞ」
かつて、ヴィクターが集めた仲間たち。俺とマーベ以外の者たちはヴィクターの断罪から一ヶ月で全員が命を落とした。
あの場では、ヴィクターは一言も言い訳をしなかった。ただ、自分の罪としてすべてを受け入れた。
「アハっ! ……で、あなたの後悔は? ジェイ」
俺はマーベの隣で、全てを教えた魔族を見つめた。
「ない。俺は、必要な判断をしただけだ。リュシア。これで、ヴィクターの側にいた者たちは……マーベを除き、すべていなくなった」
言葉にした瞬間、背中に冷たい風が走った。自分で言っておきながら、それがどれだけ空虚なことか、胸に残っていた。
ヴィクターは、確かに世界を変える男だった。
俺が断罪し、捨てた英雄。だけど、今でもどこかであの未来を背負ってくれていると信じたい。
そう、マーベが俺に言ったあの言葉を、俺は忘れたことがない。
「ジェイ。あなたが背負うのは、英雄の失墜ではない。世界の選び直しよ。ヴィクターがいなければ、確かに人々は自分で選び直せるから」
あの賢者は、唯一、俺とヴィクターを知っていて、なお彼を見送った。
そして、俺にはまだ一つ、やるべきことがある。
「……世界に、新しい秩序を築く」
ヴィクターがいなくなったからこそ、人は自分で道を選べる。
その基準を、俺が作る。軍も、魔法も、信仰も、そして国家という幻想さえも。彼が斬った常識の残骸のうえに、新しい理を築くのが、俺の戦いだ。
一年後、王国に新たな法律を作った。
そして、俺はヴィクターが飲んだ毒を致死量まで一気に飲み干した。
「アハっ! 契約は成立ね。あなたの魂は私がもらうわ」
もう一度……お前の前に立とう。
そしてその時こそ、敵でも味方でもなく、ただ一人の友として、対等に立てるように……。