目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第96話

 ジェイとの戦いから一年の時が流れようとしていた。


 断罪した六人の調査を終えて、僕は新たな人生を歩むために様々な準備を始めていた。


 朝露が石畳を濡らし、塔の上から差し込む光が学園の中央広場を照らしていた。


 今日で、僕はこの学園を卒業する。


 始まりは、失墜した貴族の末子。


 誰も期待せず、誰も注目しなかった存在。


 戻る前の世界ではアリシアに手を引かれ世界に怯えながらも体を鍛えた。


 だが今、僕は堂々と学園の頂点に立っている。


 成績、実技、対人格闘、魔術制御、すべてにおいて首席、誰もが納得する結果だった。神聖魔法や、攻撃魔法という自分では使えない分野では、フレミアとエリスが主席になり。マーベの研究所に所属する者たちで首席を独占した。


 その成果を支えたのは、一年間の修行だった。


 精霊の祠から戻ったあの日、僕はすでに何かが変わったことを感じていた。瘴気に触れ、精霊の意思に触れ、ジェイと共に戦った日々。


 それは、ただの経験や戦闘技術だけでなく、己の中にある枷を外す契機となったのだ。


 断罪の真実は、完全に分かった分けじゃない。


 各々がリュシアに伝えられた、魔剣、妖精、悪魔、夢魔、精霊に操られていたのかもしれない。


 だが、それは一因に過ぎないと僕は思っている。


 全ての計画を企てた裏があるように思えてならないのだ。


(力とは、知識とは、何のためにある)


 そう問い続けた一年で、僕はさらに力を伸ばすことにした。


 六段階。


 常人では到達に十年かかるとされる能力向上の極地。


 だが僕は、それを一年で成し遂げた。ジェイが精霊から授かったのなら、僕は決意と過去がくれた知識で補う。何より、僕の中に宿る呪いは力を欲するものだ。


「ヴィクター=アースレイン君、首席卒業、おめでとうございます」


 壇上で名前が呼ばれ、拍手が鳴り響く。だが、僕の視線は一人の人物を捉えていた。


 王国学園の卒業式にだけ現れるアルゼンティス国王。


 威厳と威圧、両方を兼ね備え、これから数年後に悪政を行い民衆の大量虐殺などを実行した人物だ。


「首席卒業おめでとう。ヴィクター」

「ありがとうございます! 国王陛下にお声かけいただけて嬉しく思います」

「うむ。貴殿の益々の飛躍を期待しておるぞ」

「はっ! ありがたき幸せ」


 互いに形式的な言葉かけと、礼を口にする。


 だが、ヴィクターは国王の顔を見れたことに満足した。


 リュシアと共に、今日まで調べてきた相手の顔を見ることが今回の卒業式に参加した目的だった。


 この一年、常に僕のそばにいてくれた仲間たちは、エリスとフレミア、ドイルにリュシア。その者たちと新たな未来に向かう。


 卒業式が終わると、僕は学園長に呼ばれて、ある文書を渡された。


「アースレイン本家より通達だ。貴殿に当主継承権の参加が正式に認められた」


 無言で受け取ったそれは、重く、そして意味深だった。


 アースレイン家の当主争い。


 長兄であるグレイスとの戦い。


 当主を決める最後の決定戦。王国の四大貴族の一角を決める上層にまで影響を与えるこの争いに、僕は名を連ねた。


 未来では、僕は力によってアースレイン家の地位をグレイスに決まった後に奪った。だが、今回は正式な場で決闘を行う権利を得た。


「……あの日から、ずいぶん来たものだな」


 思わず独り、声に出してしまう。


 背後から軽い足音が返事をしてきた。


「アハっ! そうね。廃棄されたような部屋に一人いた坊っちゃんが、今じゃ王国の未来にすら関わる存在ですもの」


 リュシアだった。相変わらず、妖しい笑みを浮かべているが、その声色はいつになく穏やかだった。


「そして、あなたは六段階に到達した。いったいどれだけ人間離れすれば気が済むのかしらね?」

「必要だった。王族と並び立つには、このくらいの足場がないと話にならない」

「……なら、ここから始まりなのね」


 リュシアの問いかけに、僕は答えなかった。だが、それこそが答えだった。


 あの日、精霊の森で交わしたジェイとの会話。未来で僕を断罪したジェイの、あまりに強い意志。彼が人の願いの象徴となる未来を選ぶなら、僕は人の業を背負う者として立たなければならない。


「王国との争いが終わったら、あなたはどうするの?」


 リュシアが妖しく笑って、問いかける。


「さあ、わからない」

「次の魔族の調査? それとも、マーベの次元研究の監視? どれも面白そうね。でも、あなたが望むなら、どこまでも付き合ってあげるわ」


 卒業式も、学園長からの呼び出しを終えた、学園は、卒業式のパーティーが開かれて賑わいを見せていた。


 女性たちはドレスを着て着飾り、僕は、その光の下で、再び誓いを立てる。


 たとえこの世界が再び僕を拒絶しようとも。


 僕はもう、迷わない。


「ヴィクター様!」

「ヴィクター」


 エリスとフレミアが現れる。二人とも月明かりに照らされて、とても美しい女性に成長を遂げた。


 断罪されるはずだった。僕はエリスやジェイという、かつての仲間たちと手をとっている。


 フレミアやドイルという新たな仲間と歩み。


 弱さではなく、王家の本質を見極める。


 戦いは、まだ終わっていない。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?