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第101話

《side:ヴィクター・アースレイン》


 朝靄が薄くなり始めた頃、屋敷の執務室に、控えの者が駆け込んできた。


「ヴィクター様、王都よりお客様が……いえ、特使ご来訪でございます」

「特使?」


 ドイルに視線を向けるが、首を横に振り、エリスやリュシアも知らない様子だった。


 椅子から立ち上がると、控えの者は声を落として名を囁いた。


「……聖女フレミア様でございます」


 控えの者の言葉に、空気が弛緩する。


「なんだ、フレミアか〜」


 リュシアは相手が公爵家の令嬢や、聖女という意味が全く関係ない様子だ。


 控えの者は、そんな態度に驚きを見せた。


「フレミア・カテリア様ですよ! 王国教会が認めた聖女であり、現在はカテリア公爵家の後継者として公にも政治的な発言力を有する女性です!」


 僕が、こちらに戻っている間にフレミアにも変化があったようだ。


 彼女は、投手争いの前にこちらに来ると言っていたが、彼女自身も何かしらの思惑があってくるようだ。


 応接間を開けば、窓から白銀の光が射し込んだような輝きが放たれている。


 深紅と白の法衣を纏い、青の聖印を胸に抱く女性。


 凛とした立ち姿に、視線が自然と引き寄せられる。優美でありながら、その眼差しにはまったく揺るぎがない。


「ヴィクター、会いたかったです。ふふ、あなたの瞳は深淵のままですね」

「ああ、久しぶりだな。フレミアは、随分と聖職者の装いが豪華になったな」

「カテリア家の正装ですから。今回はヴィクター・アースレインの婚約者としてではなく、当主候補のあなたに会いにきました」


 変わらぬ声。穏やかな笑み。そして、まっすぐに僕を見つめる彼女。


「そういうことか」

「察しが早くて助かるわ。私は、カテリア公爵家の当主候補として、貴方を支持するために来ました」


 彼女はためらいもなく、そう言った。


「カテリア家は、貴方を次期アースレイン当主として正式に後ろ盾に据えます」


 言葉の意味を、咀嚼するよりも早く。


 これまで僕がしてきたことに、フレミアが後ろ盾となった。


「……策士だな」

「ええ。でも、それだけで十分でしょう? 私があなたを当主に押します」


 フレミアは歩み寄り、声を潜めて続けた。


「貴方が積んできた実績を、私は知っています。それに六段階への到達。学園の首席卒業。領民の信頼。精霊の森の異変解決。そして、魔剣と共にある光の力。教会の目から見ても、貴方は選ばれし者に相応しい。そして王家の一部があなたに目をつけている」

「……」


 王家の一部と言われて、僕は不信感を持ってしまう。けれど、フレミアは否定しなかった。


「必要なのは、正しき力と意思を持った者が、正しい位置に立つことよ」


 彼女の眼差しに、教義的な信仰だけでなく、政治的な計算が宿っているのがわかった。だがそれは、嫌悪すべきものではなかった。


「本当に、それで公爵家が納得するのか?」

「もう承認は得ているわ。……というより、グレイス様にこれ以上王政寄りの振る舞いをされては、貴族派としても動かざるを得ないでしょ?」


 つまりこれは、王国のバランスが崩れかけているということだ。


 兄グレイスが王族との距離を縮めすぎているが故に、貴族側が新たな軸として僕を必要とし始めた。


 自分が担がれるということに、吐き気にも似た違和感がないわけではなかった。


 それでも。ここで退けば、僕が知りたい真実に辿り着けない。


 それに王家が僕に興味を持っていることも気になる。


 未来では、僕が王家と関わることはほとんどなかった。アリシアに言われるまま、王家を打倒した。


 僕は短く息を吐いた。


「……分かった。受ける。だが、貴族派の顔色ばかりを見るつもりはない。僕は僕の目的のために動く。それだけは、忘れないでくれ」

「ええ。だからこそ、貴方に決めたのです」


 フレミアの目に、かすかな安堵が浮かんだ。


 その横顔を見ながら、僕は心の奥で一つの覚悟を決めた。


 兄の策略はすでに動き出している。きっと、僕を貶めるための罠も仕掛けられているだろう。けれど、それでも構わない。


 それに、こんな時に頼りになる者に僕も手紙を送ってある。


 聖女フレミアと、セレスティア家が味方に回った。


 だが、まだ足りない。


 奴の頭脳が僕には必要になる。


 剣ではグレイスにも負けないだろう。だが、当主になるということは、強いことは当たり前であり、それ以上の力と強さを示したい。


 この戦いは、単なる家督争いではない。


 王国全体を揺るがす、権力と信念の争いであり、僕が新たな存在へと成長させる事象でもある。




「お頭? 何を笑ってるんだ?」

「くくく。ああ、面白い誘いがきやがったからな。あれから一年。俺がどれだけ成長したのか、見せてやる時がきたようだな」


 手紙を受け取った男は不敵な笑みを浮かべながら、親友からの遊びの誘いに対して笑っていた。


 そして、彼の前には数百名の部下たちが酒の飲み食いをしていた。


「お前ら! デカい仕事が入った。最高に面白いことをやりに行くぞ」

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」


 今、また一人参戦する。


 アースレイン家の当主争いに……。


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