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第103話

 ジェイからの伝令が深夜に届いた。


「会わせたい奴がいる」


 グレイスに知られることなく、会わせたい人物。


 今の僕に、仲間以外の声をかけてくる者はいないと思っていた。

 もしかしたら、ジェイの知り合いだろうか? 指定された場所は、アースレイン家と王都の間にある国境の街だった。


 すぐに移動をして、街の古い劇場跡。その廃墟で落ち合った。


 ジェイたちがアジトの一つにしている様子で、街の者たちは誰も近づかない。


「……妙な場所だな」


 だがジェイの策略に意味のない動きはない。僕は未来で何度もジェイの戦略の重要性を味わった。


 だから、身を隠してフードを深くかぶり、ドイルとエリスには、僕が領地の屋敷にいるように偽装させた。


 一人で、廃劇場の扉を押した。


 中は闇と埃にまみれていたが、舞台の奥に一つの灯火が見えた。


 小さなランタンの下、椅子にちょこんと座る、中性的な容姿をした青年が待っていた。見た目だからな女性と間違えそうだが、声を発したことで男だと確信した。


「お、おおおお! 来た! 本当に来てくれたのですね、ヴィクター・アースレイン殿!」


 落ち着いた低い声、だが動きが騒々しい。


 身なりは上等な織物のローブ。胸元には……王家の紋章。


「……お前は?」

「あっ、申し遅れました! 私、第五王子オーランド・ラ・フューネ・アルゼンティスと申します! どうか、お手柔らかに……!」


 王子? どうして? 細い体躯、弱々しい見た目。貴族の三男坊のような印象で、王家の風格は感じない。


 だが、ジェイが僕をここに呼んだということは何か意味があるはずだ


「ジェイが引き合わせたということは……」

「私はあなたの兄、グレイス殿に不信感を抱いています……あの方々は恐ろしいのです!」


 彼の肩が震える。


「あの方々?」

「……王家の中心にいるお方々です。私たち兄弟すら、その正体を知りません。が、彼らは……血を欲する。古代契約とやらを今なお引きずっていて……正統な者以外を調律しようとするのです」


 意味深な言葉だった。


 だが、そこに嘘はない。目の奥に宿る恐怖だけが、本物だと訴えている。


「……それを、なぜ僕に話す?」

「なにせ、私は、もう家の中では命がないも同然だからです!」


 いきなり椅子を蹴り倒して床に正座するオーランド。動きが……うるさい。


「お願いします! ヴィクター殿、私をお守りください! あなたしかいません、ほんとうに!」

「……落ち着け。深呼吸して話せ」

「は、はぁっ……はぁっ……ふぅぅぅ……。あああ! ダメです落ち着けませんっ!」


 こいつ、ダメだ。ジェイが何を思ってこんな人物をよこしたのか、少し頭が痛くなる。


 だが、ふと気づいた。彼の服の袖口、そこに隠された刺青のような文様。


(……抑制紋? 魔性の刻印か?)


 王族の中でも、何か特別な術式に囚われている? そういう可能性がある。


「ヴィクター殿。私は、あなたが当主になるべきだと本気で思っております。アースレイン家と王家の均衡を保つには、あなたのような理と力のある人物が……」

「……第五王子オーランド・ラ・フューネ・アルゼンティス。お前は僕が盾となったら、何を差し出せる?」


 彼は真剣な顔をした。


「……王宮の地下図。王族にしか知らされぬ魔力流路の配置。そして、グレイス殿が時折出入りしている禁書の間の情報です」


 口を開けたまま、僕は一拍、呼吸を止めた。


「君、案外使えそうだね」

「有能なのですよ!」

「自分でいう者はあまり信用できないが、いいだろう。契約を結んでもいい」

「本当ですか?!」


 ばっ、と立ち上がる。余計な動きだが、間違いなくこれは切り札になりうる。


「ジェイからは、王家の影を調べるように言われたのですね? 私こそ、その鍵になります。……お願いです、見捨てないでください……」


 僕はフードを下ろした。彼に正面から目を合わせる。


「いいだろう、オーランド。君の情報は確かに有用だ。だが、裏切ったら」

「ひぃっ、死ぬのですね!? 分かっております!」


 身を縮こまらせて全力で頷く王子。どうしようもない気弱さと、不思議な覚悟が混在していた。


 だが、王家にいても、この場で僕と契約しても、彼が迎えるのは死だ。


 その塞がれた道の中で、自分が選んだ道を進もうとする気概が、奇妙な信頼感を芽生えさせていた。


 この男は、間違いなく何かを背負わされている。そしてその何かが、僕の求める真実に繋がっているのかもしれない。


「隠れる場所はあるのか?」

「いえ」

「ならば、こちらで用意しよう。ジェイに連絡を入れる。しばらくはこの建物にいるがいい」

「はい! 彼が用意してくれた物で身を隠せます」


 夜風が廃劇場に吹き込む。


 僕は、ジェイに連絡を入れて、オーランドの今後の護衛を頼むことにした。


 未来で、オーランドという王家は存在しなかった。それは僕と出会う前に死んでいたのだろう。


 彼を殺させない。


 それが、今回の当主争いに新たな結果をもたらすことになるかもしれない。


 いよいよグレイスの背後にいる影の正体に近づける。


 そしてこの第五王子は、想像以上に使えるかもしれない。



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