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第106話

《side:ジェイ》


 情報収集ってのは、どうしても人を使う。傭兵団の連中はもちろん、村の奴ら、商人、冒険者、騎士にその辺の花屋まで、全てを人の目で見て情報を集める。


 だが、夜明け前の薄暗い時間に地を這う頃、俺は傭兵団〈黒牙の誓〉の拠点で最後の策を確認していた。


 地図の上に駒を並べ、すべての可能性を再検証する。


 ヴィクターは正面から決着をつけると言った。それはつまり、敵に手の内を見せる覚悟だ。だが、裏で俺が支えなければ、背中から刺される未来が待っている。


 面白いじゃねぇか、大将を活躍させるために、俺が戦略を練って、最強の剣を使えるんだ。


 負けるはずがねぇ。俺はヴィクターという最強を知っている。


 だから、それを最後に相手の喉元へ届けるのが俺の役目だ。


 だが、相手も絡めてを忘れはしない。


 今、狙われているのはオーランド。


 王家の情報をこちらに漏らしてくれた男だ。


 王家の内部構造や、地下の配置図、王族が触れたがらない「禁書の間」の存在まで把握している。グレイスが利用している存在をオーランドが知らせてくれたおかげで、俺たちは対策が取れる。


 だが、それをグレイス側が黙って見過ごすわけがない。


「お頭。南側の塔、気配あり。奴ら情報通り、灰を使ってくるぜ」

「予想通りだな。囲いを閉じろ。三分後に包囲、五分後に殲滅。王子は絶対に生かして返すぞ。魔術的な処置である以上は、こちらもそのつもりで対処する。秘密兵器も大将から借りているからな」

「おう!」


 命を受けた団員たちは次々と動き、仕掛けられた罠を起動させる。


 影が走る。空気が震えた。


 灰の従僕、殺すことだけに特化した化け物が現れた。


 人間の形をしているが、魂はない。斬っても倒れない。炎でも焼き切れない。死の命令だけを追い続ける亡霊の兵だ。


「王子、伏せろ!」


 俺は空中から跳ね下りた従僕の剣を受け止め、腕ごと斬り飛ばす。


「ひぃぃっ!? こ、怖いですジェイ殿っ!」

「落ち着け、王子! 後ろに下がってろ! お前はこの戦の鍵なんだ!」


 叫びながら二体目の従僕を斬り裂く。


 敵の狙いは明確だ。混乱の中で王子を排除し、ヴィクターの王族との繋がりを断つこと。


「おい! 秘密兵器のお嬢さん方、本当に大丈夫なんだろうな?」

「任せてください」


 エリスとフレミア、大将が推薦した最強の魔法使いと、神聖魔法使い。


「フレミア様、浄化の力はどうですか?」

「もう少しで結界が完成するわ」

「わかりました。その間は、私が持たせます。大気よ敵を近づかせないように風の壁を! ヴィクター様が、相手は灰である以上、重みはなく軽い。風によって吹き飛ばせると言っていました」


 たった一人の魔法使いが風を発動しても、かまいたちのような小さな刃を作るのが精々だと傭兵仲間の魔法使いたちは言うが、俺の目の前で起きている現象はどう説明すればいいんだ?


「竜巻かよ!」


 砦の前に竜巻ができて、灰の従僕共を近づかさせない。


 そんなことできるのかよ。


「おいおい、化け物かよ。このお嬢さん」

「結界が完成しました。浄化を行います」


 もう一人の公爵家のお嬢様が、今度は真っ白い魔力を放って砦を包み込む。

 砦内に入り込んだ。灰の従僕が消滅していきやがる。


 外に竜巻、中に浄化の結界。


 これは灰の従僕にとっては最悪だな。


「スゲーやるじゃねぇか」


 俺の役目は「影」として全体の均衡を保つこと。


 相手が「闇」を出してくるなら、こっちは「罠」と「理」で返す。


 だが、それを大将の女たちが、全てを吹き飛ばす。


「俺も負けてらんねぇな」


 それで全てが解決すればいいが、完全に太陽が出るまでは、敵の攻撃はトマらねぇだろう。


 隠していた地雷型の魔力爆弾が起爆し、従僕三体が爆煙に包まれる。


「弓兵!」


 弓兵が一斉射撃。火矢が夜明けの霧を貫いて、空を真紅に染める。


「仕上げだ!」


 俺は前に跳躍し、残っていた一体の胸元に剣を突き刺した。


「……戻って伝えろ。ここにいるのは、王子一人じゃねぇ。俺たち傭兵と、大将の女たちが絶対に王子を殺させねぇ」


 従僕は再生しきる前に、太陽に焼かれて灰となって消えた。


 静けさが戻ったのは、その直後だった。


 焚き火の音だけが風に揺れている。遠く、鐘の音が鳴った。


 正門の広場に、ヴィクターが姿を現す。


「くくく、大将。おせぇぞ」

「お前に任せていれば問題ないだろ?」

「当たり前だ。準備は終わったぜ」

「ああ、ご苦労だった」


 俺はやり遂げた。


 グレイスの陣営が現れて、民衆が二人を囲み、無数の視線が交差する。


 他にも三人の当主候補が姿を見せるが、彼らが次々と口にする。


「私は辞退する」

「私もだ」

「俺も」


 三人の当主候補たちは、グレイスとヴィクターが自滅することを望んでいたが、戦場に来ては勝ち目がないと判断した。


 そのため、陣営としては二組。


 中央には戦場を示す紋章。かつての英雄たちが一騎討ちを行った「誓いの輪」が描かれていた。


「……ここが戦場か」


 俺は拠点の屋上に上り、剣を背に組んだ。


 フレミアが壇上で静かに祈りを捧げている。その光が、広場全体にゆるやかに拡がっていく。


 そして、仲間たちは皆、持ち場についていた。


 誰もが動く準備を整えた。誰もが、今日を終わらせるつもりでいる。


「……さて、大将。お前の時間だ。俺たちは、すべて整えてきた。あとは、お前が勝つだけだ」


 俺は空に向かって吐き捨てる。


 決戦の朝は、静かで、冷たくて、どこか美しい。


 けれどこの静けさの裏で、いくつもの命と想いが交錯している。


 この戦いは、ただの家督争いじゃない。


 王家と貴族の権力構造。禁術と信仰。未来を変える戦だ。


 面白しれぇじゃねぇか。決めてくれよ。



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