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第113話

《side:ヴィクター・アースレイン》


 アースレイン本城の執務室。


 広い部屋の中には円卓のテーブルが用意されて、四人の僕が認めた者たちが席についている。


 その円卓の正面に座り、眼前の地図に目を落とす。


 王都アルゼンティスから放射状に広がる各地の領邦。


 中央に位置する王都を囲むように四大貴族の領地が存在する。


 剣神の家系であるアースレイン侯爵家。

 聖女の家系であるカテリナ公爵家。

 賢者の家系であるシュバイツ侯爵家。

 魔導の家系であるフェルディナンド侯爵家が領地を統治している。


 カテリナ家のフレミアが僕に協力することを表明したことで、剣神のアースレイン家とカテリナ家が協力関係になり、シュバイツ侯爵家は王家に服従を示した。


 北の大地を管理するフェルディナンド侯爵家だけが沈黙を守っていた。


 アースレイン家とは真逆の位置にあるフェルディナンドは不気味な存在でもある。


「……王家は、まだ我らを甘く見ている。グレイスの敗北は内紛にすぎないと考えているようだ」


 僕は静かに口を開くと、傍らのジェイが小さく鼻で笑った。


「ならば、そう信じていてもらった方が都合がいい。次の一手はこちらが握る」


 ジェイは正式に軍師として僕の配下に加わった。頭の回転が速く、なにより結果を最優先するその冷酷さが、今のアースレイン家に必要だった。


「使える駒を明確にする。ドイル」

「はっ」


 後方に控えていた筆頭執事が進み出る。


「旧グレイス派の残党は?」

「大方処理しましたが、貴族派の一部にまだ灰の影の影響受ける者がございます。根絶やしにするにはもう少し時間を要します」

「リュシア、灰の処置は頼めるな?」

「ええ、任せて」

「ドイル、他に外部に繋がっている者は?」

「はい。王家、あるいは……あちら側に通じていた者もいたようです。現在は調査しております」


 僕は地図の上で、王都周辺を赤い駒で囲む。


 マリスティーナ王女、あの女は今も王都の中枢にいる。そして、こちらの動きを察知しているなら、間違いなく次の刺客を放ってくる。


「いいか。アースレイン家は、もう防衛に徹するだけじゃない。奴らは再び我々の内部に因子を流し込み、腐らせようとするだろう」

「つまり、王家を先に切り落とせと?」

「……やるなら確実に王家を終わらせる」


 僕は剣を握りしめたまま、窓の外を見た。冷たい風が吹き、夜明けの星が薄く瞬いている。


「エリス。聖遺物の封印状況は?」

「研究は順調です。王家が保持していた聖遺物の複製体を解析し、魔族に対抗する白因子の干渉を可能にしました」


 アースレインの魔法使いとして、エリスには白の計画に対抗する術の構築を命じていた。


「聖女の祈りに反応する因子だ。王家はそれを神の降臨と喧伝している。だが、実際はただの人間兵器の起動装置だ」


 王家がわざわざ宣言したからこそ、動くことができたが、どういうつもりだ?


 フレミアが、聖女として王家の次の装置になる。


 それを止めるには、先手を打つしかない。


「リュシア」

「何? ご主人様」


 私の背後から、彼女の声が響く。


 記憶と力を取り戻しつつある魔族。


「王家に潜ませていた因子が壊滅した以上、敵は次の計画、白の因子へと移行する。だが、その発動条件は聖女の祈り。フレミアだ。我々は王家の教会を潰さなければならない」


 ジェイが眉をひそめた。


「それをやれば、完全に反逆となるぞ。いや……既にその枠にあるか」

「反逆とは、支配されている者が行うことだ。今この瞬間から、王家こそが反逆者として歴史を終わらせる」


 僕は静かに立ち上がり、剣の柄に手をかける。


 僕は知っている。


 アースレイン家はもはや、ただの貴族ではない。


 だがそれでいい。力なき正義に意味はない。力ある正義を手にした者だけが、次の時代を選べる。


 僕は王家を否定し、神の力さえも否定して、歩く。


「エリス、ドイル、ジェイ、リュシアに命じる。王都への根回しを開始する。協力関係を結ぶ家を精査し、こちらに引き入れろ。拒否する者は交渉を行え。横柄な者は切り捨てよ。それでも動かぬ者は、次の代でやり直せ」

「了解しました、当主」


 各人が応え、部屋を出ていく。


 この国を守るためでも、正義のためでもない。


 これは、僕が自らの意志で生き残るための戦だ。


 そして、すべての真実を明るみにして、未来で起きたことの全てを暴くためのに必要なことだ。


 どうして、アリシアに妖精がついていたのか、レオはどこから悪魔を手に入れた? 王家を操る影、それを突き止め、未来で変わり果てた王家の姿。


「ヴィクター」


 執務室から、仲間たちが立ち去る中で、フレミアが代わりに現れる。


「フレミア、今後の方針を決めた。そして、君に伝えたいことがある」

「何?」

「結婚式を行う」

「えっ?」

「正式に、アースレイン家の当主になった。そして、フレミア・カテリナを妻として迎える。問題はないな?」

「ええ、嬉しいわ」


 フレミアを僕の手に入れ、カテリア家を掌握する。


 その上で、沈黙を守るフェルディナント侯爵家との交渉に入る。


 ヴィクター・アースレインの名のもとに動き出す。


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