王都の城門が見える丘で、風が揺れている。
その先に広がるのは、未来で僕がアリシアやレオと共に戦った王都へ続く道がある。
未来では僕はただ戦うだけのマシーンとして、誰よりも先頭に立って人を切っていた。剣の神と言われるほど多くの血を魔剣に吸わせることで、僕は10段階への扉を開いた。
しかし、今は違う。
様々な魔族の手引き、妖精、夢魔、悪魔、様々な策略が王家によって行われていたことをリュシアが突き止めてくれた。
そして、王国からの悪政も始まろうとしている。
王が死んだ今こそ変革が訪れる時なのだ。
朝霧が晴れると同時に、ジェイが馬上から静かに告げた。
「合図は三つ。第一の狼煙で左翼の弓隊が陽動、第二で斥候が市街に潜入。第三で本軍の突撃を仕掛ける」
ジェイほど背中を任せられる相手はいない。
大群を率いてその表情は一つも動揺していない。命を預けるに足る男だ。
感情より結果を優先する、軍師としてジェイほどの男を僕は知らない。
「王都軍の戦力は?」
「約三万。防衛線を敷いてはいるが、主力はまだ城内に籠っている。……マリスティーナの指揮が徹底しているのか、民の避難誘導と並行して動いているようだ」
「シュバイツ家は?」
僕は賢者の家系であり、レオの家が不審な行動をとっていることは理解している。
「残念ながら、数名は兵に紛れて魔導士として組み込まれているが、シュバイツ家本体はどこにいるのか不明だ」
「不気味だな」
フェルディナンド家は僕たちアースレイン家の動きに合わせて北側から強襲する手筈になっている。
僕は南から王都へ。
呼吸を合わせて行うのがセオリーだが、長距離で連絡を取り合う手段が存在しない。
「進軍を開始する。僕たちは一気に叩き込む。包囲ではなく、突破する」
「……最短距離で王宮を目指すってことか?」
「ああ。正面をこじ開け、誤魔化しようのない『開戦』を叩きつける」
ジェイが微かに口元を動かす。笑ったのだ。戦場でしか見せない、悪巧みを思いついた笑み。
「その言葉を待ってぜ。大将なら、そうするんじゃないかって思ったからな。最大火力を正面に向けている。全軍、配置につかせてあるぜ」
さすがは僕の軍師だ。
「なら、あとは任せる」
「おいおい、大将のくせにどこに行こうってんだ?」
「もちろん、最前線だ」
「アホか、お前は最後尾にいてどっしりと構えていろよ」
「いいや、それじゃダメだ。今、この戦いは、国に対する反逆だ。兵は不安に思っている。それを後ろから構えるだけの大将に誰がついていきたい?」
僕は知っている。
その大将として後で構えるのは、僕の役目じゃない。
「フレミア、僕の代わりに大将の席へ」
「えっ?! 私ですか?」
「ああ、僕の旗として、そこにいてほしい」
「ふふ、かしこまりました」
「ドイル、フレミアを頼むぞ。エリス、リュシア、僕に続け!」
「かしこまりました!」
「はい!」
「アハっ! ご主人様は人使いが荒いね」
合図の旗が翻り、狼煙が一つ、二つと空を裂いた。
第一の狼煙に応じて、左翼の山林から弓兵隊が一斉に矢を放つ。
空が黒く染まるほどの射線が、王都外郭の塔を襲い、騎士たちの動きを強制的に引き出す。
「突撃!!!」
僕が叫び声を上げて、軍の戦闘で王都に向けて攻撃を仕掛ける。
敵が防衛の布陣を崩して応戦に出た。そこを狙って、ジェイが第二の狼煙をあげる。
「斥候、突入」
都市内に仕掛けた密偵たちが、各門の錠を破る。裏門、下水路、街区の通路。ジェイの指示で用意された経路が、すべて一斉に開かれる。
「本軍、突撃!」
ジェイの号令に合わせて、鉄の蹄が地を砕いた。
僕は剣を掲げ、黒馬にまたがったまま、魔剣を抜いた。
「突き進め! 玉座は我らが奪う!」
叫びとともに、アースレイン軍が吼えた。
王都の城壁が、怒号と火矢と鉄騎に包まれる。門はすでに内側から開かれていた。
「敵は市街防衛に集中し、正門の防衛を縮小」
城内へ突入した先には、王国の騎士団がすでに展開していた。
青銀の鎧を身にまとい、王家の象徴たる獅子の紋章を掲げる精鋭たち。
未来では、王家の地盤が整ってから戦いを行った。
しかし、今回は王の崩御に合わせて軍を動かしたことで、王家の動きは全て遅い。
「王国騎士団か……派手に迎えてくれるな」
僕は息を吸い込み、馬上から跳ねるように地を蹴った。
剣がうなる。敵の隊列を切り裂くと、後続の兵たちが雪崩れ込む。
「この道を通るのは、僕たちだけでいい! 他の部隊は、回り込んで制圧せよ!」
叫びながら、僕は王都の心臓へと向かっていく。
剣を振るうたびに、背後の兵がそれに続く。
ジェイの隊が分岐路を封鎖し、後続の増援を遮断する。
「今は叩くな。誘い込んで、城内に引きずり出せ!」
ジェイの声が飛ぶ。アースレイン軍の分隊が市街へと展開し、あえて火を上げず、住民の誘導と騎士の分断に専念している。
「勝つために汚さを恐れない」
それがアースレイン軍の牙となり、王都の鉄壁を切り裂いた。
その瞬間だった。
前方、中央大通りにて、馬を駆る白銀の騎士が現れた。
王女親衛隊。マリスティーナの直属の護衛。
敵将が姿を現したのだ。
「面白い……行こうか。ここが開戦の檻だ」
僕は剣を構え、正面から走り出す。
この戦は、始まったばかり。
だが、この戦を制する者が、次の王となる。