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虹色の塔

 出発の日まで、カレンダーに印をつけた。

 とてもシンプルだけど、一日が過ぎてゆく。それでいい。三月が、なぜこんなに長く感じるのかわからないまま、大人になった気がする。セーラー服の子は、希望に満ちてるよね。三月が別れ惜しくて、辛いけど、四月がきっと楽しく思えるはず。

 自転車を漕ぐ姿が、自分と重なって、切なくて、時計の針なんか戻るはずないと叫んでる。大人になった気はする、じゃなくて、子供の手が私を引っ張ってるだけ。行かないでって。あなたは手を引っ張るけど、私は行かなきゃいけない。一人で、知らない場所へ行かなきゃ合格しない。そう、合格がほしかった。ため息に変わる一言がほしかった。

 薄暗くて、誰もいない部屋で身をすくめる暇なんてない。初めて地球にやってきた宇宙人じゃないし。そんな暇あるなら、空腹の自分に問いかければいい。大丈夫って言えるのは、母でもなくて、名声のない私だけ。

 ハンバーガーでも食べる? チーズバーガーでも食べる? ポテトは? コーラは? ほら、人間なんだから、お腹いっぱい食べなきゃいけないよ。わかるでしょ、あなた、ラブドールじゃないんだから。ちゃんと食べなきゃ、愛されないよ、わかるでしょ。

 友達がそう言ってるんじゃない。私の声。ロフトから降りたばかりの私が言ってる。お金がなくて、見る見るうちに痩せてしまって、自分で起き上がれなくなりそう。子供みたいに軽くて、軽くて、萎んでるだけ。

 首を振った。夜、布団に横たわっても眉間に皺が寄る。振り払えないせいだ。どうして、お金なくなったの、私みたいになるよ、いいの、私みたいに醜く朽ちて、誰にも発見されずに死ぬんだよ、死ぬんだよ、それでもいいの? ねえ、お姫様、どうなの? 

 首をもう一度振った。声は消えなかった。 

 ロフトで息をしなくなったら、どんな形になるのだろう。縮んで、蛆が沸いて、大家さんと管理会社に迷惑をかけて、母が卒倒する。愛する子がミイラ。愛する子がミイラ。でも私には、一番近いコスプレかも。

 夜が更けて、目を閉じることを恐れた。口を開ければ、誰かがスプーンで栄養を入れてくれる気がした。

 二十六歳を超えたんだよ、私。祝福の声が嘘みたいに映る。おめでとう、おめでとう。二十六歳の誕生日、おめでとう。

 姉がメールをくれた。母からも。父と弟からは、何も声がなかった。

 どうして。

 なんて言えない。私は、そういう生活をしているんだから。青年になった弟に、何も言えなくなった。姉貴がバカみたいに動けない。バカみたいに動けない。そうだよね、バカみたい。

 急いで洗面所に向かったんだ。一応、鏡を見る気力はあるの。


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