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N氏の休日 人妻ゆきの挑戦 10

「恥ずかしいけど、みんな通るんだ」

 Nの言う通り、まだ〈開帳前の極細ドリル〉がいよいよ膨らみ、目覚めてパンツを汚す少年もいる。

隣で聞き耳を立てる春野は、教育実習生のように頬を赤らめていた。

 男の子のからだ。その変化と感傷的な夏の断片。かつて春野も教室で騒いだ男子たちと同じ年だったのだ。おちんちんが、本人にも思いもよらぬ変貌を見せ、ついにはパンツさえも汚す神秘の瞬間に、 今、初めて触れている。

 Nは思う。俺が今、十二歳だったら……。

 何をやってるんだ、この助平。夏の午後はとうに過去の産物なんだ。これ以上聞くと、セクシャルハラスメントになりかねない。

「先生、彼氏いるの?」

 続けてNは言う。

「よかったら、夕食一緒にどうかな?」

 完璧だった。夏の夜のナポリピッツァ。今晩こそ、夕食に招待しよう。

 Nの胸は躍った。市民プールには歓声が上がり、セミの合唱が始まったばかり。初めて姉のビキニを近くで見る、純情な弟もいる。

 店内にはカップルの他、OLらしき二人の客もいた。隣のテーブルから会話が勝手に聞こえてくる。だから、そんな男と別れなさいってば。でも婚期逃しちゃう。もう、全然人の話聞いてない。だってさ。ほら、また言い訳。

 Nの耳はピンと立った。人の話し声を聞く猫のようである。目の前に他人の妻、そして隣には仕事帰りのお姉さん。トイレに起きる親を恐れた真夜中と状況は似ていた。視線はさっきから同じテーブルにいる女性の服に注がれたままである。

 なんとシャツのボタンが外れている! 夏期講習を受ける男子生徒さながらの目線で、Nは春野の胸元を凝視した。冷静さを保とうと会話を続ける。あえて欲望とは名付けず、社会見学の一種だと言い訳しながら。

「たくさん飲んじゃった」

 春野は言う。慌しい日頃の職務から解放された顔だった。美酒のおかげで紅くなっていた。二人で乾杯をしたためか、笑顔が絶えない。ワインよりビール、と決めてグラスを合わせたあの瞬間、互いの頬が緩んだせいだ。

「ところでベルナルド・ベルトリッチの映画なんだけどさ」

 始まった。Nの小さな映画劇場。自分が観たイタリア映画を紹介したい。もっと観てほしい。酒が入ると、Nはラテン男性さながらの饒舌を誇った。

 店の外に出ると、急に湿った風が押し寄せた。ついさっきまで話したテーブルが、まるで南極の氷の上にあるようだ。金曜日の夜、街は仕事帰りの人々であふれている。原始人がカメラを回せば、何かのパレードだと思うだろう。さすがに冬よりマスクの住人は少なかった。男女問わず、首筋にアナコンダの如く汗がまとわりつき、熱気は足の裏にも、背中にも離れようとしていない。肥えた人肉が闊歩し、痩せた裸同然の少女がところ構わず往来を繰り返す。そんな美しい未来都市、ディス・イズ・トーキョーは眠ることをまだ知らない。

「……すみません。私、ほんとは飲めなくて。でもせっかくご馳走になるなら飲まなきゃ失礼だと思って。頑張って、飲みました……」

 これは、期待できる。

 Nは胸のざわめきを抑えた。半ズボンのオタマジャクシ養成から二十年以上経っている。今度はスラックスの下から、夏の一揆が始まろうとしていた。

「あの、Nさん」

「どうしたの」

「……来週も、頑張ります」

 あ、紅い頬。優秀な画家なら、絵の具でさらに塗りつぶすだろう。これが既婚者の余裕か。Nは心の中でつぶやいてみる。まだあげ初めし前髪の、雑誌に載った女神たち。大股を広げ、未知なる穴を黒い森で覆っていた。記憶の途中に、春野と似た女性がいる。

 さらに思った。裸エプロンで後ろから抱きしめたい。どこかの家庭で、思春期を迎えた夫の連れ子に同じ行為を受けるさまを描いた。和風ハンバーグに、オムライスに、カレーライス。それから豚汁も、すべて胃の中に収めよう。目覚めた瞬間から、エプロン姿の春野がちらついて離れない。よう、旦那。そろそろ俺の出番だぜ。そう毒付いてみるのも束の間、一人暮らしの部屋を見渡すのみ。手料理が食べたいと、今なら叫ぶことができた。林檎の下に、鈴虫が鳴く前に。

「酔い、醒ましちゃいます。今夜は、ごちそうさまでした!」

 夜風に髪が揺れても、春野の頬は紅いままだった。片足では到底立っていられず、オーディションに遅れたバレリーナのようである。

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