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35「限界温度」


 ――条件の達成を確認。

 ――キーアイテム【第二階層通行許可証】を進呈。


 目の前に浮かんで現れたガラスのような板には、そんな文字が書かれていた。

 文字の下には四角い枠の中で何か札のような絵が描かれている。


『この階層の突破条件は鋼鉄巨兵ガーディアン十機の撃破です。それを達成したため次の階層へ移動する転移装置の使用が許可されたのでしょう』

「まだ十体も倒してねぇぞ?」

『いえ、マミヤ・カエデが討伐した数を合計すれば全十匹の討伐が完了しています』


 俺が鋼鉄巨兵ガーディアンと戦っている間に他の鋼鉄巨兵ガーディアンがシルヴィアたちを狙った場合はカエデが迎撃していた。

 その数を入れて十体ってことか。


 だが、カエデが倒した数が俺の討伐数にカウントされるってことは……


「話には聞いてたけれど、これで次の階層に入れるのね」

「お嬢様、私にも許可証が与えられたようです」

「坊ちゃま、わたくしにも同様に」

「私もです。ただミラエルは既に第四階層までの許可証を持っていると言っていました」


 なるほど、全員許可証を獲得したらしい。


「つっても現物が何かでてくる訳じゃないんだな?」

『許可証という名称こそされていますが、個人に付くタグのような物のようです。指紋か声紋か、魔力の性質か、なんらかの生体認証により許可証を付加された人間はこのダンジョンの転送機能を一部使用できるようです』

「で、どうやって使えばいい?」

『【ゲート】の詠唱と階層を指定することでその場所に転移できるようです。ただしゲートの生成には三十秒ほどのタイムラグが発生すると思われます』

「シェルターデザインだっけ? 結構有用な情報があるもんだな」

『いえ、他の冒険者も知っていることでしょうから』


 冒険者はミラエルを担いでる。

 協力は期待できない以上ビステリアの存在は俺にとってデカい。


 さて、ミラエルが寝てる状況でこれ以上進むのは微妙だな。

 時間もそれなりに経ったし。


「帰るぞ、第二階層はまた明日だ」

「かしこまりました」

「分かりました」


 クラウスとカエデは頷く。

 シルヴィアは俺に少し近づいてきて、


「ネル、私と組む気は湧いた?」

「感想は昨日と変わらねぇよ。メリットを持ってこい」

「そうね、確かに今日は私なんにもしてないし。また誘いに来るわ」


 そう言って俺を見るシルヴィアの瞳が淡く魔力を帯びているような……気がした。


 俺たちは帰路へつき、そのまま解散となった。

 ミラエルは最後まで寝てた。

 呑気っつうか豪胆な奴だ。


 外に出ると夕暮れが浮かんでいた。

 とは言え、鋼鉄巨兵ガーディアンの数が少なくて中々見つからなかったせいだ。

 第一階層では実力的な限界は全く感じなかった。


「坊ちゃま、銀庫の第六階層へ挑むのですか?」


 城への帰り道、不安気にクラウスはそう聞いてきた。

 クラウスには既に王位継承戦の内容は伝えてある。


「いいや、俺は銀庫の最奥へ至るんだ」



 ◆



 翌日。


「坊ちゃま、わたくしはここで待っております。昨日見た坊ちゃまやカエデ殿の戦闘に、わたくしは介入する手段を持っておりませんでしたから、これ以上は足手纏いでしょう」

「分かった」

「ご武運を……」


 俺は一人でダンジョンに入る。

 その攻略は始まった。


 第二階層は【草原】という見晴らしのいいフィールドだった。

 その分鋼鉄巨兵ガーディアンに発見される確率が高い。

 時間を掛けて戦っているとすぐに増援がやってくる。


 そこには第一階層のような魔獣と鋼鉄巨兵ガーディアンに加えて、より上位の鋼鉄巨兵ガーディアンが何種類か出現するらしい。


『攻撃力重視で二十から二十五メートル級の大型ギガント。速度重視で五から十メートル級の小型スモール。身体の色を変化させる能力を持つ迷彩型カメレオン。足裏から炎を吹かすことで加速力と跳躍能力を強化した跳梁型バウンサー

「レパートリー豊富で楽しそうだ」

『第二階層の突破条件は各上位種を全て十匹ずつ倒すことです』


 だが通常種も含めて第二階層からは鋼鉄巨兵ガーディアンが武装してくる。


 剣、斧、槍、盾……それ以外もレパートリーはかなり豊富だ。


 だが戦争では頻繁に使われるはずの一つの武器だけが、異質に思えるほど全く出現しない。

 その名は【弓】だ。


 魔術以外の飛び道具の中では最強を誇るはずのそれを、鋼鉄巨兵ガーディアンは誰も装備していなかった。


 代わりに――


『ネル、すでに照準されています。回避してください』

「あ?」


 鋼鉄巨兵ガーディアンの一体が持っていたくの字に曲がった筒状の何か。

 その先端が俺を向き、穴の中が僅かに光ったと思ったその瞬間、俺の頬を何かが掠めて行った。


 頬に赤い線が引かれ、血が垂れる。


 何かが放たれた……?


 魔術か? いや、魔力の弾なら流石に魔力感知で分かるはずだ。

 そもそもあそこまで発射速度の速い魔術は見たことがない。


 今の攻撃の到達速度は、俺の龍太刀に匹敵している……


 集中してその筒を見ていると、鋼鉄巨兵ガーディアンの指がくの字に曲がった部分を指で押し込んでいるような……


「痛っつ……」


 今度は足を何かが掠めた。

 そして俺の少し後ろの地面が爆ぜた……

 止まってたらやられる!


「身体強化【蒼爆】」


 俺に出せる最高速度、ビステリアの言う通り照準があるならあいつが狙えない速度で動けばいいってことだろ。


 カエデほどじゃないが高速機動で空を移動し続けながら観察を続ける。


 やはりあれはあの筒の延長線上を攻撃する能力だ。

 形状はレイピアなどの刺突に近い。

 だが射程は数十メートル以上ある。

 魔術の宣言はなく、魔力を使っている形跡はない。


『ネル、あれは【銃】と呼ばれる兵器です。火薬の爆発力を利用して小さな鉛を弾丸として発射し、その発射速度は秒間数百メートルに及びます』


 なるほどね。


『魔術の関与しない戦闘においてはほぼ最強の――』

「大した力じゃないな」


 幻影術式【陽炎】。

 炎の揺らぎを利用して俺の姿をその場へ残す。


 そして俺は、自分の放出する魔力を極限まで抑え、同時に全ての術式もキャンセルした。


 第一階層での戦闘でこいつらの知覚能力はほぼ把握した。

 こいつ等は通常の視界と共に『魔力』と『熱』で対象を知覚している。

 陽炎には魔力と熱量の両方の反応がある。

 だが、今の俺本体には熱の反応しかない。


 そうなれば、あのポンコツが確実に陽炎を俺本体だと認識する。


「ピ――」


 銃の照準が俺の陽炎へ吸い寄せられた。


 幻影へ弾丸が発射されると同時に、股下から上へ向けて、


「終奥――龍太刀!」


 股から脳天へ向けて亀裂は一機に広がり、一刀両断は完遂される。


 傷口からスパークしながら倒れた鋼鉄巨兵ガーディアンはすぐに消失現象を始めた。


 幻影術式【陽炎】は少し使い難いイメージだったが、魔力感知の精度が上がったお陰で色々と使い道が増えたな。


『未知の兵器をこうもあっさりと……』

「使い手次第でポテンシャルはあると思うけどな。そもそも鋼鉄巨兵ガーディアンが弱い」


 まぁ、汎用性や破壊力では魔術に劣る。

 だが殺傷能力と発射速度は大したものだ。

 一発目が頭に直撃してたら多分死んでた。

 鋼鉄巨兵ガーディアンからは殺気も感じないしな。


「一発目を外した時点であいつの勝ち目はゼロだったよ」

『あの一撃目が外れたのはネルが私の声に反応して少し首を逸らしたからです』

「そうか、無意識だったな。ってことはお前のお陰だ、助かった」

『……』


 何故か何も応えなくなったビステリアを無視して、俺は次の獲物を探し始める。

 草原のフィールドは見晴らしがよく、次の敵は直ぐに見つかった。




 四種類の上位種を十体づつ、計四十体を討伐するのに二カ月ほど掛かった。

 ナスベ龍街の管理とかの問題で毎日ダンジョンに入れた訳じゃなかったから。


『第三階層、冒険者からの通称は【海】。シェルターデザインによると魚類や海藻の養殖場としての役割を持つ階層のようです』


 第三階層に移動するとそこは海岸のようなフィールドだった。

 しかし砂浜のエリアはあまり広くなく、周囲には今から海中へ向かうであろう準備中の者たちや、海中から戻って来たであろうびしょ濡れの冒険者たちがちらほらと見える。


「養殖場?」

『はい。第一階層は植物や森林に住む動物の繁殖によってその素材を生産する役割を、第二階層も同じように草原という環境で草食動物を飼育していたようです』


 なるほどね、そしてここは海産物を取るための階層ってことだ。


鋼鉄巨兵ガーディアンにはその自然サイクルを設計者の意図通りに管理する役割もあるようです』


 森の果実や植物、草原の草食動物、そしてこの階層の海産物。

 もっと奥の階層にも色々と生産している品があるんだろう。

 シェルターの中ってのも随分と居心地が良さそうだな。

 まぁ、そのお陰で冒険者も儲かってるんだろうから文句はねぇけど。


「つっても海か……海中で活動できるタイプの魔術なんか持ってないしな……」


 水属性の使い手で付与系統が得意な奴でも居れば別なんだが。

 クラウス……は多分戦闘系の魔術しか使えない。

 そもそもあいつは魔術師じゃなくて元騎士なんだから。


 それに水中戦になると俺の火属性の魔術がほぼ機能しなくなるのが辛い。

 術式自体は魔力を燃焼させる構造上発動はするだろうが燃え広がることはないし、魔力の伝達が途絶えた瞬間、つまり身体が離れた瞬間消えるだろう。


 何気にこの環境そのものが俺に対してのカウンターだ。

 だが、だからこそこの弱点を克服すれば俺はもう一段階強くなれる。


「今から水属性の開発でもするか……?」


 基本属性は一人一つまでなんてことはない。

 エルドやミラエルやカエデは副属性を持っていたし、俺の【恐解の約定ゾルドルート】だって闇属性の術式だ。


 そもそも俺は基本属性は一応全て使える。

 だが、戦闘に使えるレベルとなると火属性に限定される。

 相性有利だったとしても、他属性と火属性の間には数倍の威力の差があるから使う意味がない。


「なんかアイデアあるか? ビステリア……」

『ここでも第一階層と同じように周囲に居る人間は何もしていなくとも指定機兵の討伐カウントが入る。ならば水属性の術式が得意な別の人物にやらせ、ネルはそれに同行すればよいのでは?』

「却下。俺が倒す」

『では、水属性の他者指定の耐水術式が使える人間を探すか、もしくは耐水系の魔道具を使うしかないかと』

「魔道具か……」


 確かに周囲を見れば、海に入っていく冒険者には水属性の魔術師と同行してない奴らもいる。

 そういうのは大抵、耐水系の魔道具を装備しているようだ。


「はぁ……」



 ◆



「お早いお戻りですね、坊ちゃま」

「耐水系の魔道具を探しに行く」

「了解いたしました」


 何もせず数分でダンジョンから戻って来た俺に、澄ました顔でクラウスは一礼した。


「お前、こうなること分かってたな?」

「坊ちゃまはあまり人の話を聞か……ご自身の見た物しか信じない主義かと思いまして」


 ……まぁ、そうだけど。


「一応聞くけど、お前は他者指定の耐水系術式は使えるか?」

「いいえ。わたくしの使用できる術式は近接戦闘を補助する程度のものです」

「だよな。取り合えず魔道具屋に行くか……」

「かしこまりました」



 魔道具とは術式が刻まれた道具の総称だ。

 魔力を込め、刻まれた術式を実行することができる。


 その最大の利点は、術式効果が使用者の能力に左右されないという点だ。

 そこらの村人が使おうが、大魔導士が使おうが、同じ結果を得ることができる。


 その分普通の術式より魔力消費は多いが、それでも俺が水属性の術式を使うよりずっと効率的に『水中呼吸』や『水圧緩和』などの耐水効果を得られる。


 無論、転生してしまえば消えてしまう魔道具で弱点を補ったところで俺が強くなったとは言えない。

 最終的には地力で水の中で活動できるような魔術を習得したいが、凡人たる俺には手本も無しにそんな魔術を開発するのは無理だ。


 ベフトとソナが造った練習剣によって【魔剣召喚】を会得した時と似た状況だな。


 俺は魔道具屋を目指した。

 レイサム王国は世界から見てもかなり大きな国で、ここはその王都だ。

 魔道具屋に関しても最先端の品揃えを誇る店が幾つもある。


 そして俺には金がある。

 何せ王子だから。


「王都で一番の魔道具屋に連れて行け」


 という俺の言葉に従ってクラウス先導のもと向かった店の看板には、こう書かれていた。


『ミカグラ商会一等魔道具店』


 と。


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