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34「鉄と鉛の宝物殿」


 鉄拳が振り下ろされる。

 それは比喩でも何でもなく、物質的に『鋼鉄』によって形成された拳。

 サイクロプスにも勝る体躯に搭載された拳の質量は数十キロにも思え、大地と拳に挟まれれば人間の肉体など圧死以外の選択肢はない。


 そんな破壊を体現したかのような拳は、しかし――


「――【疾風迅雷シップウジンライ】」


 誰もいない大地を抉った。


 俺の魔力感知でも追えない超速。

 音や光の速度に匹敵するようなその移動は、線ではなく点として捉えるのがギリギリだった。


 後方。鋼鉄巨兵ガーディアンの後ろ数十センチ。

 刃渡り七十センチ程度の刀が届く、ギリの間合い。


 雷を纏った刃が振り抜かれた……のだろう。

 剣に遅れて稲妻が走り、更に遅れて首が切断された。

 まるで世界がその剣技を反映するのが遅れたような絶技だ。


「魔奥――【雷切】」


 その呟きは完遂したという宣言ではない。

 今からその本領を行うという実行の宣言。


 またもカエデの姿が消える。

 そしてまた現れ、見えぬような速度で斬り付け、雷撃と共に鋼鉄を割く。


 多分【雷切】ってのは雷を飛ばす技じゃない。

 雷を纏うことで剣速を限りなく速くした――連撃・・だ。


 そに加えて風と雷の混合身体強化術式による高速移動……いや瞬間移動とも言える速度によって、その斬撃は鋼鉄巨兵ガーディアンを全方位から切り刻んで行く。


 一体だったはずの鋼鉄巨兵ガーディアンが、二百近いパーツに分解される。

 何秒も前にその機能は完全に喪失していた。

 このゴーレムに死があるのかは分からないが、状況は完全にカエデの勝利を示す。


「おい、俺の出る幕なかったじゃねぇか」

「すいません。思ったより私、イラついていたみたいです。貴方がミラエルにもたらした成長は、本来なら私が導かなければならないものだったので」


 そもそも俺のストレス発散目的だったのに、結局俺ってまだ一回も戦えてなくね?


 まぁ、ミラエルの覚醒やカエデの今の術式は目を見張るものがあった。

 その現象を見れただけで意味はあったか。


「それで、今のがミラエルの不完全な術式の完成版なのか?」

「はい。ミラエルの【迅雷イナズマ】は一秒間の身体動作の入力遅延があります。それは生物にとっては致命的な弱点となりうる、そう考えているのでしょう?」

「あぁ、あれじゃあ動きを読んでくださいって言ってるようなもんだ」

「では、通常の人間の入力遅延は何秒だと思いますか?」

「通常の人間の……どういう意味だ?」

「つまりは反射速度です。身体が情報を受け取り、脳がそれを認識し、肉体が対応を開始するまでの時間」


 言葉に詰まる俺を見て、カエデは答えを続けた。


「平均的には250ミリ秒……つまり0.25秒と言われています」


 なるほど、なんとなくやってたけど俺の【骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン】が相手の行動の先読みしているのも考えてみればそういう理屈だ。


 相手は俺の動きを見て対応を始める。

 脳から身体への電気信号による命令遅延。

 だけど命令が出された時点で体内の魔力は動き始める。

 【骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン】はその動きを知覚することで、相手が次にどういう動きをするか推察しているんだ。


「確かに反射神経が通常の人間の四分の一になるミラエルの術式は不完全でしょう。ですが今見ていただいた通り、この術式の本当の目的は通常の人間より反射から行動までのプロセスを加速させることにある」

「なるほど……」


 あの速度で動き続け、一秒間の動き全てを入力していては対応能力に致命的な遅れが出る。

 動いてる相手に対して予め入力した動きで全ての攻撃を当てるなんて予知能力でもなければ不可能だ。


 さっきの戦闘でも、万が一鋼鉄巨兵ガーディアンのラッキーパンチが当たったらそれでカエデは終わりだ。

 剣聖がそんなギャンブルみたいな剣術を使う訳がない。


「じゃあお前の入力遅延は何秒なんだよ?」

「私の術式使用時の遅延は約0.002秒です」

「……は?」

「五感から脳への電気信号、そして脳から肉体への電気信号の合計伝達速度が0.002秒まで加速すれば、雷と風属性の加速術式と合わせ、あらゆる状況で確実な後の先を取れる。つまり、敵の攻撃を見てからその攻撃が到達するより先に反撃できる」


 やべぇ、何言ってっか分かんねぇ……

 いや、術式の効果内容は理解できる。

 だが実際にそんなことが可能なのか?


「術式の入力速度が人間の反射神経を越えることによって、あの術式は完成へ至るのです。貴方はミラエルの反射神経や感覚器官を私の術式が損なっていると評しましたが、彼の卓越した認識能力を完全に生かすためには、認識速度と行動速度を超加速させるこの術式が最適だと私は思っています」


 ヨスナとの戦いで進化した俺の身体強化術式は、属性の力を込めることで強化の段階を深める物だった。

 だが、こいつの使う『疾風迅雷』はそれより更に上の段階の術式だ。


 そもそも込められた属性は二種類で、効果は単純な筋力の向上だけではなく神経や脳機能の強化に及ぶ。

 身体強化という当たり前で単純な術式にも……むしろ、だからこそ、こんなにも応用の幅があるんだな。


 昨日、あのまま戦っていれば負けていたのは俺の方かもな……


「お前、俺の師匠より強いかもな……」

「さぁ、それはどうでしょう? もし貴方の師が人間だったなら、全霊を出すことができる年齢には限りがありますから」


 ……確かに、オーガロードと戦った時の師範代の年齢は七十八。

 真面に戦えるとは思えない年齢だ。

 それに数年は俺たち弟子の稽古しかしてなかったから、実戦は久々だっただろうしな。


「少なくとも、貴方が最後にミラエルへ放った剣技は一つの到達点でしたよ」

「さっきとは違って、素直に喜んどくよ」

「進みましょう。礼代わりにこの階層の攻略くらいは手伝ってさしあげます」


 そう言いながらカエデは俺に笑みを浮かべる。

 俺もそれに笑みで返した。


「ふざけんな、これ以上俺の獲物盗んじゃねぇ」


 そう言うと、カエデは微妙な顔でそっぽを向いた。


「全く、可愛くない男ですね」



 ◆



 目の前には鋼鉄巨兵ガーディアンが二体。

 俺以外は全員少し下がった場所に居る。

 カエデが護衛してるなら後ろのことは気にしなくていいだろう。


「やっと俺の番だ」


 近づいてみると、内部から細かく「ピピッ」という音がしているが理由は分からない。

 見た目は鋼鉄。さっきカエデがぶっ壊した鋼鉄巨兵ガーディアンの断面から中が少し見えたが幾つもの管がひしめいてた。

 とは言え、ダンジョンに生存する通常の魔獣と同様に倒した傍から消失が始まったため詳しい見分はできていない。


 なんとなく、ビステリアに似てる気がする……


 こんなゴーレムを造る技術はレイサム王国にはない。

 もし鋼鉄巨兵ガーディアンの死体が手に入ったならこの国の科学は数百年分は発展しそうだ。

 それで王様のお題はクリアなんだけどな……


 何事もそう簡単にはいかないってことか。


「ま、考察したって仕方ねぇか。来いよ?」


 俺の意志を感じ取ったわけではないだろう。

 鋼鉄巨兵ガーディアンはただ敵を攻撃するという指令を完遂するためだけに、拳を振り上げる。

 カエデにやった時と同じようなパンチ……いや、俺の位置に合わせて拳の向く角度は変わっているか。

 だが、それ以外は全く同じだ。


 全く同じ人間の動きをトレースしているのか?


「坊ちゃま!」


 押しつぶされた俺の【陽炎】が掻き消える。

 飛行術式で空中を飛んでいた俺は、一時的にそれを解除し鋼鉄巨兵ガーディアンへ向けて落下を始める。


「なるほど、大体分かった」


 動きは単調だが、魔力の動きが全く無いからそれで動きを先読みするのは不可能。

 それに意識的な要素が欠落している。

 見つけた敵を全力で攻撃してるだけだ。


 行動パターンもそれほど多くはなさそうだが……


「ピ――」


 その音が聞こえた瞬間、目が光った。

 俺を向いたそこに魔力が集中していく。


 なんか来る。


「魔力障壁」


 下を向く顔の前に三枚の魔力障壁を相対的に展開。

 すると、そこを目掛けて光線が放たれた。

 威力は大したことはない。魔力障壁一枚が割れ、二枚目が少し欠けた程度だ。


 俺の落下が止まらないのを見て、もう一体の鋼鉄巨兵ガーディアンが俺へ向けて腕を薙ぎ払う。


「付与――【溶鉄】」


 マグマのように滾る刀身を飛来する巨腕に宛がう。

 が、完全に切り裂くには至らない。

 刀身が傷口に挟まり、そのまま俺は腕に押されていく。


 両手で剣を握り、角度を変えて切っ先を中へ抉り込む。


 普段は超近接用の魔術だが、『この魔術』は手の平からだけじゃなく剣の切っ先からも発動できる。


「【蒼炎螺玉そうえんらぎょく】!」


 鋼鉄巨兵ガーディアンの肘の内部で蒼い炎が爆ぜる。

 俺が付けた亀裂が内部の爆発によって広がり、そのまま腕が千切れて落ちる。

 二メートルはありそうな前腕が地面へと落ちていった。


「強度は理解した」


 俺は飛行術式によって姿勢を制御しながら、残った上腕を駆け上がる。


天馬の加護ペガリレス 千の夕凪サイレス 皇の星イットウセイ


 眼前に迫る赤い瞳を光らせる顔面へ向け、拳を握り締め、振りかぶった。


「蒼炎、螺玉!」


 渦巻く蒼い炎を拳へ宿し、鋼鉄巨兵ガーディアンの顔面へ練り込ませる。


 その蒼い爆発の熱量と衝撃に任せて鋼鉄巨兵ガーディアンの身体は大きく後ろに吹き飛んでいった。


 十五メートル以上あるその体躯は顔面から吹き飛び、地面を二度バウンドしてぶっ倒れた。


 俺が殴りつけた顔面が抉れ、中からイナズマが発生しているが動きは完全に止まっているようだった。


「ピピ」


 それを見たもう一匹が、空中に居る俺を捕まえようと拍手の要領で俺を狙って動き出す。


 速度、パワー、反応、攻撃パターン、耐久性。


 こいつの性能は大体分かった。


「終奥――」


 もう終わらせよう……そう思った瞬間、胸ポケットが震えた。


「あ?」


 疑問の声と共に俺の動きは止まるが、敵の攻撃は止まらない。


「付与――【蒼炎】」


 蒼い炎によって切断性能と衝撃力を上げ、迫って来る両手の手首をを断ち斬った。

 二つの腕が地面に落ちていき、鋼鉄巨兵ガーディアンの拍手は手首同士をぶつけるという無様な結果に終わる。


 飛行術式でその場に滞空した俺は、胸ポケットの中の物を取り出し耳に付けた。


「なんだ?」

『邪魔をして申し訳ありません。その機兵を調べたいのですが』


 インカムからはビステリアの声が響き、俺にそんなことを提案し始める。

 ッチ、どんだけ俺の戦いは邪魔されるんだ……


 つっても一匹目でわりとストレスは発散できた。

 それにこいつの知見は役に立つ。


「あれはダンジョンの魔獣だぞ? 倒せば消える。どうしろってんだ?」

『生け捕りにしてください』


 ふざけんなよこいつ。


「俺にメリットあるんだろうな?」

『このダンジョンの成り立ちや構造ついて、少しは情報を提供できると思います』


 クソが……


「そりゃ……十分過ぎるメリットだな! 魔剣召喚【龍太刀】」


 鋼鉄巨兵ガーディアンの優れる点は多々るが、一番のメリットは通常の生物と違って出血で死ぬことがないってところだ。

 だから腕や足が落とされても活動は完全停止しない。


「どこ壊せば死ぬか分かるか?」

『心臓部の蓄電機構。それに脳部分に存在するであろうCPUと命令を受けるための通信装置には傷を付けないでください』

「注文多いな……」


 魔剣を構え、魔力を込める。

 狙うは接合部。


 肩と、股関節――


「ぶっ壊れろ」


 放った龍太刀の数は四つ。

 右肩、左肩、左右の足の付け根へ一撃づつ。

 鋼鉄の装甲が相手でも龍太刀は龍の鱗すら切り裂く剣技。

 抵抗は全くなく、意図した通りに両腕両脚が削ぎ落された。


『ぶっ壊さないでくださいね?』


 分かってるよ……


「はぁ、これでいいのか?」


 達磨になり仰向けに倒れた鋼鉄巨兵ガーディアンの腹へ着地する。


『ネル、気を付けて――』


 ビステリアがそう言った時には既に、鋼鉄巨兵ガーディアンの両眼に光が集約されていた。


「分かってる」


 しかし、後ろ手に展開していた火球の魔術を投げつけ両目を焼いた。

 それでどうやら光線を撃つ能力は破損したようだ。


 脳の部分を傷つけずに目を壊せってめんどくさい話だ。

 火力の調整はあんまり得意じゃないんだ。


『ありがとうございますネル。それではこの端末をその機体に接触させてください』


 言われたとおりにインカムを鋼鉄巨兵ガーディアンの腹の上に置く。

 その瞬間、インカムから魔力とは違う波動のようなものが放出され、それは鋼鉄巨兵ガーディアンの体表を走り抜けていく。


 インカムから声が響く。

 それは耳に入れていなくとも聞こえる音量で、確か『すぴーかー機能』とかビステリアが言ってた気がする。


『接続開始……プロテクト解除……侵入成功……マザーコンピューターへのアクセスを開始……内部データのインストールを開始……高度な魔術的プロテクトを確認……突破は不可能……母機領域のアクセスを途絶…………』

「どうだ?」

『広告用のシェルターデザインに関する情報とこの機体に関する情報を収集しました』

「シェルターデザイン?」

『どうやらこのダンジョンは、過去の文明が造り出した対厄災用のシェルターだったようです』


 迷宮じゃなく砦だったって訳だ。

 何かから最奥にある何かを守るために存在するのだとすれば、攻略の報酬は期待できそうだな。


 というかこいつ、どうやって今の一瞬でそんな情報を入手したのか全く意味が分からん。


「けどやっぱりこの鋼鉄巨兵ガーディアンとビステリアは結構似てる存在って訳だ」

『似ている……? 私とこの機体ポンコツには数百世代の差があり、あらゆる機能において私が上位互換です。これと私を同一に扱うことは様々な誤解を生じさせる要因となるため推奨できず、この機体ポンコツと私には人間と原生生物ほどの複雑性の差が存在しており、それを同一視するというのは現実的な思考として矛盾が生じる可能性が極めて高い……』

「うるさい」

『……はい』


 すねんなよ……

 何をキレてんのか全く理解できねぇんだよ俺は。


「で? 機体情報ってのは?」

『この機体、貴方が鋼鉄巨兵ガーディアンと呼ぶ存在の構造情報です。非常に単純です。以上』


 なんなのこいつ……?

 会話拒否してきやがった。

 ビステリアにしては珍しい人間っぽい反応だ。


 とは言え、こういう態度になった女を素直にさせるのは大変だしめんどくさい。


 この鋼鉄巨兵ガーディアンの話はもう諦めよう。


「対厄災用のシェルターって言ってたけど厄災ってなんだよ?」

『それはおそらく――禁止事項です――かと。失礼、どうやら私には貴方にその情報を語る権限がないようです』

「言えないこと……ね。お前一回俺を裏切ったの忘れてねぇだろうな?」

『申し訳ありません。私が完全な権限を取り戻せば別なのですが……私の――禁止事項です――が施した――禁止事項です――用のプロテクトを解除する権限が私にはないのです。――禁止事項です――や――禁止事項です――があれば少しは話せることも増えると思うのですが……』

「……なるほどな、喋れないのがお前の意志じゃないってことは分かった。もういい」

『それと、浅い領域に一つの音声データがありました。再生しますか?』


 音声……まさかこのダンジョンの製造側の声ってことか?


「聞かせてくれ」

『了解しました』


 インカムが沈黙したと思った次の瞬間、インカムから明らかにビステリアのものではない声が流れ出す。

 それはしわがれた老爺ろうやの声だった。


「初めまして、私はこの場所の設計者マカベル・ハウストという者だ。

 私がこのシェルターに閉じこもってから百二十年が過ぎた。

 なんとか延命してきたが、それでも私はもう直死ぬだろう。

 だからこの音声データを遺書代わりにしようと思う。


 何年後か、何十年後か、もしかしたらもっと途方もない時間が経っているのかもしれない。

 きっと……人類は負けたのだろう。

 君達の文明がどれほどの段階にあるかは分からないが、この音声を聞ける程度には文明を復興したということだろう。

 ならばこの場所は君たちにとって凍結された過去の宝物殿だ。

 中の物は好きにして構わない。きっと君たちの役に立つものだ。

 だからどうか私の願いを一つ聞い欲しい。


 私たちのことを記憶し、記録して欲しい。

 私たちのことを覚えておいて欲しい。

 印象強く、人の中に残るために、少し自慢させてくれ。

 私たちの文明はこんなものを造れるほど凄かったんだぞ、ってね?


 楽しんでくれよ新人類。

 魔術を含める科学の全てを集めたここは、私たちの最高傑作であり【最強】の防衛機構シェルターだ」


『以上』


 シェルター、厄災、百二十年……

 外が安全か分からず出られもしなくて、だから待っていたのか……


 ずっと、助けが来るのを……


 そしてきっと、お前が死ぬまで助けは来なかったのか……


「ビステリア」

『はい』


 顔を見せねぇで一方的に喋ってくなんざ失礼な奴だ。

 骨か灰か知らねぇが、お前のご尊顔を見てやるさ。


 それに『最強』なんて言葉を口にされて、黙っていられる訳がねぇ。

 マカベル・ハウスト、お前の最強シェルターは俺が砕いてやる。


「この砦を落とす。手伝え」

『了解』


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