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40「自己承認」


 二、三時間ほど歩き回ってみたが出てくるのは『鉱収蜥蜴ジュエル・リザード』を含めた魔獣のみ。ガーディアンはゼロだ。


 それに午前中を使って第三階層うみの攻略をしたからダンジョンに入って結構な時間が経ってる。


「そろそろ切り上げるか」

「そうですね、もうすぐ夕方ですし」


 剣を納め杖を下ろし、俺たちは同時に呟く。


「「ゲート【第一階層】」」


 これで三十秒後に俺たちは第一階層にあるこのダンジョンの出入り口に戻れる。


 そう一息ついた瞬間だった。



 ――グラリ。



 大地が揺れた。

 下半身に力を込めてバランスを取りながら、体勢を崩しかけていたヤミを抱き寄せて支える。


「なんだ……?」

「強力な魔力反応が――」

「方角を言え!」


 俺の魔力感知じゃそんな反応は確認できない。

 というかこの階層には魔力を含有する鉱物が多すぎて魔力感知が攪乱される。


 だが、おそらくヤミには視えている。

 俺の魔力感知とは別の方向の進化。

 超広域かつ詳細な分類が可能な魔力感知、こいつのは索敵特化の魔力探知・・だ。


「下!」


 その方向に魔力感知を絞ったことでようやく俺にもその存在を検知できた。

 確かに大きな魔力が動きながら接近してくる。

 完全に俺ら狙いだな。


 ギリまで引き付けて……


「蒼爆」


 右手でヤミを抱えたまま、左手から起爆してその推進力で右へそれる。

 その瞬間、俺たちがさっきまで居た場所から巨大な鉄の塊が姿を現した。

 第一階層から第三階層までのガーディアンとは全く異なる様相。


 巨大なミミズを彷彿とさせるその形状は、されど通常のミミズとは違って大きな口がついている。

 口内から回転するブレードが複数飛び出していて、それによって洞窟の中を掘削して移動しているのだろう。

 もしかしたら俺たちが通って来た通路ももとはこいつが造った物なのかもしれない。


『第四階層突破条件――地質改造型採掘機兵【アースワーム・エンペリオン】。別名を鉄蠕龍兵ワーム・ガーディアンです』


 巨大ミミズといった形状をしたそれは俺たちが居た場所を通過し、そのまま天井を掘削して進んで行く。

 だが、魔力の反応は捉えている。

 逃げる気じゃねぇな、もう一回突っ込んでくる気だ。


『転移まで残り25秒です。耐えてください』


 冗談抜かせ。

 あんだけ歩いても遭遇できなかったんだ。

 またここでぐるぐると無駄な時間使わされてたまるか。


「ヤミ、詠唱を始めろ」

「……倒す気ですか?」

「当たり前だ、二十秒で完成させろ。その間は俺がお前を守ってやる」


 腰を抱いていたヤミの身体を両手で完全に抱える。

 ヤミの目を見てそう言うと、ヤミは俺の首に手を回し、瞬きを一つして――


金色の炎帝ジルレイドは……」

『計測を開始します。23……22……』


 すぐに詠唱を始めた。

 体格が増してて良かった。

 五年前じゃこいつを抱えながら戦うのは無理だっただろうからな。


千の夕凪サイレスを越えて、」

「ピピ」

『20……19……』


 天井から機械ミミズの追撃が降って来る。


「蒼炎球」


 爆炎を三メートル近くありそうな顔面にぶつけ、反動で追撃をズラす。

 ミミズは俺たちの横の地面の中へ潜っていった。


 視覚情報だけじゃ敵の位置が分からない。

 魔力感知を切らすわけにはいかねぇ。

 龍太刀は無理だな、魔剣召喚も少しタメが居る。

 その間に攻撃されたら終わりだ。


 基本術式と合成術式だけで凌ぎきるしかない!


理想の桃都シャングリラは……」

「ピピ――」


 また天井から追撃が来た。

 下に潜ったくせに大周りして上からきやがった。

 知能がある……?


『14……』


 だが魔力感知で視えている。


「幻影術式【陽炎】」


 熱と魔力を持つ虚ろなまやかしは、機械の魔力感知とサーモセンサーを完全に騙す。

 からの、側面に周り込んで蹴り飛ばす――


「蒼爆!」


 頬を爆発させたミミズは、そのまま壁の中へ入っていく。

 一本道だったはずが交差点になっちまった。

 上下含めて八方向行けるって交通の便最高だな。

 整備士としては一級品じゃねぇかクソミミズ。

 問題があるとすれば、ここはダンジョンで、俺たちの目的はここでウロウロすることじゃなくてお前をぶっ壊すってことだけ。


空隙くうげきを埋めた。……」


 詠唱魔術の致命的な弱点。

 それは圧倒的な発動遅延だ。

 だが、誰かがその時間を稼ぐ前衛を熟すのであれば……


「ただそこに道を切り啓けゴルディアス・ノット!」

『10……9……』


 その発動はイコールで、画一的あなたりまえな結果を示す。


「ピピ――」


 最後は通路に身体を出し、壁に身体を擦りながら真正面から突っ込んでくる。

 壁に身体を支えさせることで軌道変更を防ごうってわけか。


「学習能力でもついてんのか……? まぁ、もう意味ねぇけど」


 ――黄金が、周囲せかいを照らす。


「【虹魔天剣こうまてんけん】」


 巨大な光の宝剣の顕現。

 それは振り下ろすのではなく、伸びる。

 光は刃の形状へ集約され、前方へ構えられたヤミの杖の先端から絶対切断の結界術が領域を拡張させる。


 ミミズに為す術は何もなかった。

 突っ込んでくる猪突猛進ミミズマシンは自分から曲がれない一本道に入ったのだ。

 身動ぎして進行方向を変えようとしている間に光の絶剣は、顔へ切り込みを入れて尾の先まで抜けきった。


 すぐに魔獣の消失現象が始まる。


『2……1……』


 ――条件の達成を確認。

 ――キーアイテム【第五階層通行許可証】を進呈。


『0』



 ◆ 転移の待機時間が完了し、俺とヤミは第一階層へ戻って来た。



「その……もう離していただいて大丈夫です」

「あぁ、悪かったな」

「いえ……」


 抱えていた体を下ろし少し距離を取ると、ヤミは心臓に手を当てて大きく息を吐いた。


「ふぅ……あの、お一人で倒さなくてよろしかったのですか?」

「まぁ時間なかったしな。てかよく詠唱を止めなかったな」


 詠唱術式は精密な魔力操作を必要とする。

 あのミミズの脅威を感じながら唱え切ったこいつの胆力は大したもんだ。

 五年前から成長したのは詠唱や基礎技術だけじゃなさそうだな。


「ネル様が守ると仰ったので」


 こういう覚悟のキマった目が俺は好きだ。

 タガレ・ゲンサイを始め、俺が認める多くの人間が同じ目をしていたから。


「暇なら第五階層も手伝えよ?」

「構いませんよ。コーズ殿下にダンジョンの素材を少し提供して欲しいと言われていますし。明日も朝から来られるのですよね?」

「その予定だな」

「では明日もここで待ってます」

「分かった。八時くらいに来るから」

「かしこまりました」


 そんな会話をしてヤミとはその場で解散した。

 ヤミは今回採取した鉱物素材をコーズに届けるらしい。

 素材はヤミと俺で山分けしたが、あまり多くはない。


 そもそも量を持てないし、要らない。

 全部ヤミに上げても良かったが、頑固めに断られた。


「売るか」


 そう思い、俺はミカグラ商会へ向かう。

 総合支店というのが王都にはあるらしく、大きめのテナントに日用品や雑貨や低級の魔道具など幅広い商品を置いてある店だ。


 そこを選ぶ理由はシュリアが居ることが多いから。

 あいつは少なくとも継承戦が終わるまでは王都に居るらしい。



 ◆



 総合支店にはよく通ってて、従業員も俺が王子でシュリアの知り合いってことを知ってるからすぐに奥の会長室へ通された。


「よぉ」

「前に来たのは一週間前だった? 最近はよく顔を見せるわね」

「嫌か?」

「いいえ、それで今回はなんの用?」

「普通にダンジョン素材の売却」

「わざわざうちにこなくても冒険者ギルドに持ち込めばいいじゃない」

「ついでになんか買おうかと思って」

「前もそんなこと言って冷やかして終わったじゃない」

「そうだっけ? まぁいいじゃん」

「そりゃあ……いいけどさ」


 鉱物って言っても宝石が少しある程度だ。

 王子の金銭感覚で言えば大した額にもならなかった。


「ていうか、あんたが欲しいなら魔道具なんて幾らでも用意してあげるわよ?」

「いや、魔道具頼りになっても良くないからな。アクアヴェールも捨てちまったし」

「はぁ? 私の上げた魔道具を勝手に捨てたの? ひっど」

「元々第一王子に上げる予定だったんだろ? それにそんな値段のするもんじゃねぇって言ってたじゃん」

「まぁそりゃそうだけど……じゃあこれ上げる」


 そう言ってシュリアは俺に腰に巻くタイプのポーチを投げて寄越した。


「なんだこれ?」

「収納用の魔道具よ。普通のバックパックじゃ入る量に限界あるでしょ? それなら5㎥の30kgくらいは入るから。戦闘用じゃなければ魔道具に頼ってもいいでしょ?」

「へぇ、便利だな。ありがたく貰っとくよ。でもなんでそんなもんがこの部屋にあるんだ? 売り物だろ?」

「…………別に、たまたまだけど」

「そうか」


 ベルトの長さも丁度いい。

 まるで俺の体格のために調整されてるみたいだ。

 もしかして俺のために用意してくれたのか?

 ありがたく貰っとこう。


「そういやリンカとネオンは元気か?」

「私も最後に会ったの数年前だから今は分からないけど、リンカさんはストレ大迷宮で修行中。ネオンは世界中を旅するって言って別れた後は知らない」


 二人共頑張ってるんだろうな。

 俺も追い抜かれるわけには行かない。

 リアとヨスナって前例があるし、めてるとすぐ抜かされそうだ。


「あいつは? 第一王女シャルロットはお前の理想に近付いたのか?」

「最近さらに落ち込んでるみたい。自分じゃ何もできないって諦めてる。私も困ってるところよ」

「早々にリタイアってわけか」

「そうなるかもね」


 目を伏せて、残念そうにシュリアは呟く。


「また来るわ」

「えぇ、いつでも」

「あと、ここの壁もっと厚くした方がいいと思うぜ」

「ん? どういう意味?」

「まぁ、言葉通り」


 部屋を出て扉を閉める。

 視界の端に廊下を横切っていく影が見えた。

 今の俺の魔力感知ならこの建物全域を感知対象にできる。


 いや、五年前に初めて会った時から憶えている。

 あの会議の中でこいつの魔力は少しだけ俺にとって特別だったから。


 そいつが走っていったのは出入口じゃない。

 誰もいない倉庫の中だった。


 なんでそこに向かったのか、理由はなんとなく察せた。


「向こうにはお前の護衛が待ってるもんな」


 倉庫の扉を開けると、蹲ったその女は俺の声を聴いてビクリと肩を震わせた。


「なにしに来たのよ?」

「別に、俺もただ一人になりたかっただけだ。入り口にはクラウスが待ってるからな」

「悪いけど使用中よ。どっか別のところ行ってくれる?」


 少し震えた声で顔も上げずに彼女はそう応える。


「まぁそう言うなよシャルロット。少し俺の話を聞いてくれ」

「何よ……無様な私を笑いものにでもしたいの? そりゃ可笑しいでしょうね、第一王女がこんな落ちぶれて、継承戦に参加してる王族の中じゃ私が断トツで最下位だし、なんの成果も出してない。才能ないなんて、自分で一番分かってる……」

「才能ね……」

「私はただ生まれがいいだけの凡人なのよ……」


 確かに『才能』って概念は存在する。

 生まれながらの特性として生存に有利な手札を引いた人間は居る。

 人によって必要な修練の量や感じる苦痛の量も違う。

 他人の何倍も頑張らないと、人並みのことすらできない奴は居る。


 それでも……


「俺は凡人でも天才に勝れると信じてる」

「……ミラエルにも勝ったお前が天才じゃないわけないでしょ」

「まぁ、そう見えるよな……」


 ミラエルは今の時点できっと二百歳の俺より強い。

 そんなことこいつに言っても信じて貰えるわけないか。


 周囲を見渡すとコーヒー豆や茶葉なんかが見えた。

 ここ嗜好品がある倉庫か。

 基本一般市民向けの店だからあんまり高いものはないけど、それでも別にいいか。

 ワインと葉巻を少し拝借しよう。


「お前も吸う? つうか飲め」

「アルハラやめなさいよ……」

「王子様の酒が飲めねぇってのか?」

「はぁ……なんなの急に……」


 そう言って、ワインを注いだグラスをシャルロットは手に取った。

 やっと顔が上がった。


「乾杯」

「はいはい。ってマズいわねこれ」

「流石王女、舌が肥えてらっしゃる」

「ていうかあんた未成年じゃないの?」

「そうだな、普通に犯罪だな。誰か来たらお前が全部やったことにしてくれ」

「それでも窃盗罪だけどね」


 マジでシュリアの知り合いで良かった。

 謝って許して貰おう。


 しかし酒なんて久しぶりに飲んだな。

 そういやこんな味だった。

 酔っぱらうと修行にも実戦にも影響でるし、次の日も頭痛が持ち越されたりするから控えてたんだ。

 葉巻も内蔵を病むから止めてた。


 最後に飲んで吸ったのは何百年前だろうな。


「で、話って何?」

「お、聞く気になったのか?」

「話題振ってやってんだからさっさと話しさないよ」


 いや、そもそも俺が振った話題じゃね?


「さっきまでメソメソ泣いてたくせに高圧的な態度は相変わらずだな」

「泣いてないし……」


 じゃあ聞いて貰うとするか。


「これは俺が尊敬してる女の話だ。そいつは偉い奴の娘だった。だけど幼い頃に離れ離れになって、数年後にやっとの思いで再会したんだ。だけどその偉い奴はそいつを娘だと周りにも本人にも言わなかった。再会した後も負い目があったんだ。だけど娘の方は賢くてその女が自分の母親だってことに早々に気が付いてた」

「……」

「母親は娘を贔屓にしてた。誰から見ても娘のことを跡継ぎにしようとしていた。それを血縁も知らない周りは娘のことをよく思わなかった。無視したり、仕事の邪魔をしたり、まぁ色々を嫌がらせをされてたんだ」

「……」

「それでも娘は折れなかった。母親の跡を継げる立派な人間になるために。周りの連中を見返し、自分を跡継ぎだと認めさせるために努力を怠らなかった。疎まれても、妬まれても、悲しくても、ただ自分がその母親の娘であることを証明するために」

「それで、どうなったの?」

「そいつは母親の跡を継いだ。継いで、継いだ商会を国一番にした。周りの全てを実力で黙らせたんだ」

「……シュリア。やっぱり凄い人なのね、私とは大違い」


 自笑するようにシャルロットは顔を歪ませる。


「お前と逆で血縁関係は今も公には無いことになってるけどな……」


 そういう意味じゃお前の方が条件は良いな、っていう俺の意図は伝わったらしい。

 シャルロットの視線が少し険しくなった。


「それに元孤児だ。因みに母親は元奴隷」

「それでも才能があったって事実に変わりはないでしょ」

「そいつらが持ってない生まれをお前が持ってるってのも事実だ」

「そうね……だから期待される。だから勝手に失望される。王族で長女だからそれに伴った品格と才覚を持っている高尚な人間だと思われる」

「嫌なのか?」

「望んでここに生まれたわけじゃない。でも本当に嫌なのは期待に応えられない自分」


 他人のために、他人の期待に……

 そんな他者貢献なんて感情は俺にはない。

 あったとしても、それは俺に相当近しい人間に対してだけだ。


 けどこいつは多分、国民全ての期待を勝手に背負ってる。


 馬鹿みたいな奴だ。

 理解できない。


 それでも。


「じゃあその期待、俺が貰ってやろうか?」

「……は?」

「俺を推せばいい。俺が王様になってやるから、お前は俺を支援したっていう結果を出せばいい。お前の協力で王様になれたって言ってやるよ」

「意味が分からない……」

「不服か?」

「そんなことをしてあんたになんの得があるって言うの?」


 訝し気にシャルロットは俺を見る。

 シュリアは俺がこいつと組まなくても俺に協力してくれるだろう。

 そもそもそんな協力がなくても俺は最初に第六階層へ向かう気だ。


 今のこいつの能力な、確かに俺には必要ないものだ。


 『得』か……

 たしかにねぇな、そんなものは。


「話の続きだ。幼い自分を捨てて、顔も憶えてなかった母親のためになんでそんなに頑張るのか俺は不思議だったから、なんでそこまでするのか聞いたんだ。けど、そいつはこう言った」


 その言葉がフラッシュバックしたから、俺はこいつを追いかけて来た。


 この感情が精神に由来するものなのか、それともこの身体のものなのか……最早俺には分からない。

 けどそんなことは関係はない。

 すでに全てを含めて俺なんだから。


「たった一人の家族なんだ、それ以上に大切に想うための理由なんか必要なの? ってな。俺にとってお前はたった一人なんかじゃないけど、それでもれっきとした姉ちゃんだ」

「一応言っとくけど私とあんたって母親別よ?」

「だからなんだよ?」

「……馬鹿ね。ほんと馬鹿。マジで馬鹿。クソ馬鹿。アホ。まぬけ……」


 子供染みた罵詈雑言を吐きながら、シャルロットは膝を丸めてそこにまた顔を埋める。


「五年前、お前を玉座の間で見た時に思ったよ。お前は一般人より少しだけ動きがよくて、少しだけ魔力の制御ができていた。それは、お前の挑戦の証だ」


 俺が魔術を始めた時、同時期に始めた天才を見て絶望した時と同程度の練度。

 俺が剣術を始めた時、タガレ・ゲンサイの剣を初めて見て絶望した時と同程度の練度。


 それがこいつの魔術と剣術の腕前だ。


「でも、諦めた挑戦よ。武技も魔技も、人望も可愛げも私には身に付かなかった。あるのは無意味なプライドだけ……」

「俺にもあるぞ、無意味なプライド。だけどそれは俺の『夢の形』だ。だから捨てるわけには行かない。捨てればもう、俺は俺じゃなくなっちまうから」

「あんたと私は全然違う。私はただ高圧的なだけで実力なんか全く伴ってない、勘違いなんてしない」


 目元を拭い顔を上げたシャルロットは、さっきよりも少しだけ血色のいい顔をしていた。


「でも……その……」

「なんだよ?」

「ありがとう……それだけは言っとく……」

「別に、俺はただお前を懐柔しようとして失敗しただけだろ?」

「似合ってないこと言ってんじゃないわよ。あんたの生意気具合で私を仲間にしようなんて思う訳ないでしょ」


 戦闘中のブラフやフェイントなら息を吐くようにできるのに、何百年生きようが嘘を吐くのは上手くならないもんだ。

 顔を隠すように俺はグラスに残ったワインを飲み干した。


「決めた。私はこのままいく。このままの私で、このままの傲慢さで、必ず証明して見せる。私には私が期待できるだけの『何か』があるんだって」

「まぁ勝つのは俺だけどな」

「言ってろっての、馬鹿弟」


 葉巻の火を消して、俺は倉庫を後にする。


「そんじゃあシュリアに謝っといてくれ」

「フン、まぁいいわ。それと私からも良いことを教えて上げる」


 俺を案じたようにシャルロットはゆっくりと言葉を吐き出す。


第二王子ケネンが……いや、魔術協会が何か企んでるみたいだから気を付けた方がいいわよ」

「そりゃあ、楽しみだな……」


 俺はその倉庫を後にした。



 ◆



 独りの夜に、耐え難い自己嫌悪に襲われるようになったのはいつからだろう……


 自分が嫌いだ。

 醜くて、みすぼらしくて、能力もないのに怒声だけは一人前で。

 結果を出せない私を私は大嫌いだ。


 でもあいつの言葉は私を慰める。

 あいつと一緒に居るだけで自分も強くなったように錯覚できる。

 あいつの差し出した手は、黄金のように眩しかった。


「きっとあいつの手を取っていれば、私は独りの夜を乗り越えられたんだろうな……」


 あいつとお酒を飲むのは思いの他楽しかった。

 あいつの隣に居られればあいつの功績のお零れを貰える。

 きっと私の矮小な心なんて、それくらいで満足する程度の器だろう。


 あいつは私が欲しいものを全て持っている。

 自分が強者であるという自信。

 そして自分よりも上の相手にすら臆さず挑める度胸。

 迷いなく自分のために突き進むことができる勇気。


 きっとあいつは第一王子ダジルが相手でも、そんなこと気にせず当たり前に挑むんだろうな。


 あいつのもたらす成果は確かに私が何より求めているものだ。

 だけどあいつが私を見る目がそういう物を見る目に変わるのは耐えられない。


 私に優しくしてくれたネルに、恰好の悪いところを見せるわけにはいかない。


「こんなの脅迫と同じ……ほんと、サイアクな弟だこと……」


 男の成果を自分の持ち物だと認識するクソ女に落ちぶれるわけにはいかない。


 だから私はあいつの手を取れない。


 私はあいつの【姉】だ。

 弟や妹は姉の後ろをただ付いてくればいい。

 追い抜かせるわけにはいかない。

 ネルがダジルにすら臆さないような弟なら、それを越えるために私も誰にも臆すわけにはいかない。


 甘えるな。

 使えるものは全て使え。

 才能がないのなら、能力が追い付かないなら、他人を使ってでも追い越せ。


「王になるのは私だ」


 ――王子も王女も全員ひれ伏せさせてやる。



『ふわぁぁぁ……やっと起きたんだね』



 その声は音ではなかった。

 部屋に響いたのではなく、私の中から響いたようなそんな声。


「誰!? 出てきなさい!」

『やぁシャルロット、僕は君の【特別】だ』


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