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43「第五階層」


「それで、一週間も待たされた私の気持ちは分かりますか?」


 第五階層へ向かうとヤミが待っていた。

 あまり感情を表情に出さないこいつが、明らかにキレていた。


「まぁ、落ち着けって。毎日事情聴取されてたんだからしょうがないだろ?」

「それは知っています。城内でも話題になっていましたから。けれどならば一言くらい会ってもいいと思いませんか?」

「……まぁ」

「そのポーチはなんですか?」

「これ? ミカグラ商会の会長に貰った収納系の魔道具だよ」

「他の女に貰った物を身に着けて私とデートするつもりですか?」


 したり顔をしたヤミはそう言って俺の胸に人差し指を立てた。


「お前、さてはそんなに怒ってないな?」

「バレましたか。ネル様の多忙は分かっていたので約束した日の翌日以外は来てませんよ」

「なるほど。まぁけど一日でも待ちぼうけさせちまったのは俺の落ち度だな、言うこと一つくらいは聞いてやるよ」

「本当ですか? なんでも?」

「まぁ、できる範囲のことならな」

「分かりました、考えておきます」

「じゃあ【銀庫】第五階層の攻略といくか」

「はい」


 周囲を見ればそれは今までの階層よりかなり広大に見えた。

 今までの階層には明確な区切りがあった。

 数キロか数十キロかは分からないがその程度の直径で空間が形成されていて、それ以上外に行こうとすれば魔術的物理的に突破できない壁に阻まれていた。


 だがここに関してはもっと広さがありそうだ。

 太陽の下、山岳と森林が半々を占めるこの階層にはあからさまなオブジェクトが複数見える。


 塔のような建造物が四つ。

 半球ドーム型の建造物が一つ。

 塔はドームの四方に等間隔で存在している。

 塔とドームの距離は数km。


「どういう意図だ?」

「この階層に来たことがあるのは高ランクの冒険者や軍人の中でもエリートの方々だけですから中々情報が出回ってないんですよね」

『申し訳ありません。これ以降の階層の状況は鋼鉄巨兵ガーディアンをハッキングして得た情報には記載されていませんでした』

「そうか。まぁ取り敢えず近いとこから行ってみるか」


 環境的には第一階層に近いが通常の魔獣が一匹も居ない。

 現れるのは機械の魔獣『ガーディアン』だけだった。


 しかしその種類はこれまで出てきた物と大差ない。

 多少兵装が違うのも混ざってはいるが、基本的には第二階層で見たことのある種類だ。


 他の魔獣が居ない分密集率は高い。

 連携力も高い種であることは脅威だ。

 しかし、一度倒した相手であることは変わらない。


 俺とヤミなら問題なく薙ぎ倒して先に進むことができた。


「着いたな」

「はい。塔の高さは五十メートルといったところでしょうか……」

「そうだな。けど細いから中はそんなに広くなさそうだ」


 塔には門もなければ結界の類もなく、普通に中に入ることができた。


『なるほど……これは自己修復機能付きの機械の塔ですね。これは内部に存在する機兵へ常に電力を送信することで規格越えの出力パワーを持つ機種を運用するための大規模装置のようです』

「この中でしか使えない強いガーディアンが居るってことか……」

「ネル様、既に破壊されています」


 歩みを進めていけば内部の全貌が露わになる。

 足を捥がれ、顔面を削がれ、運動を停止させられた八足の機兵。

 『蜘蛛』を彷彿とさせたであろうその形状はすでに見る影はなく、地へ伏せたその個体は完全に破壊されていた。


 その巨大な蜘蛛型のガーディアンの上には幾つもの影がある。

 全身を黒い装束で覆った幾人もの人間。

 黒い騎士団……いや、暗殺者みたいだな。


 それが数十人。既に動かなくなった機兵を弄ぶように、その身体を尽くまで破壊していた。


 そして、それを少し離れたところから見ている男が一人。

 褐色の肌に少し大柄な体躯、鋭い眼を光らせて戦闘の様子を傍観していた男は塔に入って来た俺たちに視線を向ける。


「ネルか、お前にしてはここまでくるのに随分時間が掛かったようだな」

「お兄サマはこの階層で沼ってるって聞いたわりには余裕そうじゃん」

「その呼び方やめろ。虫唾が走る」

第一王子ダジル、なんでこの階層を突破しない?」


 ダジルの後ろに控えていた黒装束の集団がダジルを守るように、その周囲に集まっていく。

 その動作を見ただけでこいつらが手練れであることは一目瞭然だった。

 当然か、ここに居る全員が前の四階層を突破してきた猛者なんだから。


 そういやシルヴィアが行ってたな。

 ダジルの後ろ盾は軍そのもの、そして王家直属の暗部を統括してるとか。

 こいつ等がその暗部ってわけか……


 俺はいつでも【恐使の喚騒ゾルドアーミ】を発動できるようにしながら話を聞く。


「単純に突破できていないだけだ。俺はここで十二年止まっている。この階層を少し探索すればお前にもその理由が分かるだろう」

「そんな前から継承戦やってたのか?」

「馬鹿かお前、継承戦など関係ない。国益をもたらす、それが王族の務めだ」

「興味ねぇ理屈だな」

「これが王族とは嘆かわしいことだ。悪いがこの塔の『限界突破種オーバーガーディアン』は俺が貰った。次に出現するのは一時間後だ。他の塔に行くか、外の雑魚を狩るか、一時間ここで待っていろ」


 ダジルがそう言い終えた頃には、すでに蜘蛛型のガーディアンは消失していた。

 残った魔核を回収し、ダジルは俺とすれ違い塔の外へ出て行った。


「キヒヒ」

「キキキ」

「カヒヒ」


 俺とヤミを見ながら品性の欠片も感じない笑い声を小さく洩らしながら、黒装束の集団もその後を追っていく。


「ヤミ?」

「ッ……ハ……」

「喋んなくていいから。息吸え」


 後ろから、パタリと膝が地面に付く音がした。

 そして、ヤミは「ハァ……」と大きく息を吸い込む。


「なんですかこれ……?」


 ヤミの体は震えていた。


「大した魔力は感じませんでした」


 相手は暗殺者や密偵の類。

 魔力を隠すのは必須技能だろう。


「なのに、ナスベ龍街の元領主よりずっと……怖い……」


 ヨスナにはヤミを殺す気が無かった。

 俺の連れだから手を抜いてたのは明白だった。


 だがあいつらは違う。

 理由があればいつでも、何の躊躇ちゅうちょもなく、俺とヤミを殺せる。

 むしろ『殺してやりたい』という気持ちが全身から滲み出ていた。


 それは――


「殺気だ」

「向けられた気持ち一つで人間の身体はここまでの拒絶反応を示すものなのですか?」

「殺気は気持ちじゃねぇよ。今まで潜って来た死線から構築された予備動作だ」


 相手を殺す気でそこに立つなら、そのための構えや歩法には必ず変化が現れる。


「無意識レベルで動きの機微を受け取り相手の意志を感受して脳が揺さぶられる。それが今お前を襲ってる感覚の理由だ」


 勿論、鍛錬によって付けた力からくる自信や、何を置いても相手を殺してやるという言葉通りの意味の殺意にも相手に恐怖を抱かせる効果はある。


 だが殆どの場合、殺気は人の死に関わった数によって増していくものだ。

 そして、あの集団は俺から見ても異常に見える殺気を全員が放っていた。


 戦い慣れてなく、おそらく人と殺し合ったことがないヤミが腰を抜かしても不思議はない。


 そして、そんな殺気を放っていたのは第一王子ダジルも同じだった。


「ダジルの言う通りならここに居ても意味ねぇし別の塔に行くぞ。もう動けるか?」

「……はい」


 俺たちはドームから北側の塔を出て西側の塔へ向かった。

 すると……


「こいつヤバいって、全然動き読めないし!」

「ミラエル、もっとよく視てください。一件不規則に見える動きの中にも予備動作が存在しています。今の貴方の魔力感知精度であればその機微を捉えられるでしょう」

「そりゃ加速する瞬間とか跳ね返る瞬間に魔力が放出されるのは分かってるし、それに魔力を充填するような挙動があるのも分かってるけどさ! それやりながら回避は無理!」

「無理ではありません。貴方はあの生意気な弟から魔力感知の真骨頂を得たのです。そしてこの五年、それを我が物にするために努力してきたはずです。実戦で使い物にならない力など価値はない。今ここで極めなさい」

「そんなこと言ったって……!」


 そこには球体型のガーディアンと戦闘中のミラエルと、それに後ろかガヤを入れているマミヤ・カエデの姿があった。


 はぁ…………

 なんで二連続で使用中なんだよ……


「行くぞヤミ」

「はい」


 塔を出て少し考える。

 北はもう討伐済み、西は戦闘中。

 残るは東と南。


 だが、ダジルはどこに行った?

 帰った?

 いや、別の塔のガーディアンを倒しに行ったんじゃないのか?


 じゃあ今から行っても無駄骨になるかもしれない。


「ダル……ドーム行ってみるか」

「分かりました。あ、お水要りますか?」

「さんきゅ」


 ヤミから受け取った水筒で水分補給しながら、俺たちは更に歩いた。


「ロクな敵も出てこねぇし、今のところ過去一で退屈な階層なんだけど」


 ドーム状の建造物の前まで来ると、それが大規模な結界に包まれていることが分かった。

 それにドームは地面の中まで完全な球体になっているようだし素材もかなり硬そうだ。


「これは私の【五神盾アランテス】にかなり近い結界術式です。私の完全詠唱の虹魔天剣でも傷も付かないでしょう。解除するには各塔に配置された魔法陣を破壊する必要があるのだと思います」

『ドームの材質は衝撃、斬撃、熱をほぼ無効化する合金です。破壊するには純粋かつ莫大な魔力による攻撃が推奨されます。それとヤミの説明に補足すれば塔の魔法陣は破壊から一時間で復元されるものと考えられます』


 物理と結界の二重防壁か……

 解除するには四つの塔を一時間以内に全て攻略する必要があるってわけだ。

 どれだけ移動を速めても上位個体のガーディアンの討伐時間を縮めないことにはこの階層は突破できない。


 それがダジルがこの階層を十二年突破できない理由。

 そして、この階層に兵士を集めてる理由か……


「ヤミ、結界が無ければドームに亀裂を入れられるか?」

「え? はい、おそらくは……」

「じゃあ頼む」

「しかし結界が……」

「それは俺が消す」

「……分かりました」


 ヤミが俺の隣に並び、杖を掲げる。


 物分かりのいい女だ。

 けど、なんでここまで俺に尽くそうとする?

 会いに行って飯を作ってやったから?


「お前さ、俺のこと好きなの?」

「……はい」

「そうか」


 なんでだろうな、不思議な感じだ。

 俺の身体は今十六歳。

 五度目の人生でリアと似た空気になった時は普通に嬉しかったし、最強という目的を一瞬だが忘れかけた。


 なのに今は……こいつに応える気がまるで湧かない。


 ヤミの才覚はあの時点のリアにも並ぶはずだ。

 それは俺の好みに一致しているはずだ。

 いや、好きなのは間違いない。

 なのに俺の意志は揺らぐ気配がまるでない。


 そうだ。俺はこの十度目の肉体へ至るまで沢山の経験を経てきた。

 その度に心を揺さぶられてきた。

 そしてその度に、同じ結論へと帰結し続けてきた。


 俺の目的は結局一つ。

 最強。それに邪魔なら恋愛なんかする理由は欠片もねぇ。

 やっと、そうなれたんだ。


「俺も普通にお前が好きだ。けど、俺って人間には誰と添い遂げる権利つもりもない。だから――」

「それでも、貴方だけが私に幸福を与えてくれた。魔術師らしからぬ愚かな思考回路だとしても、私はこの多幸感に身を任せたいのです」


 手段と方法が入れ替わった俺は人に理解されることはない。

 転生をという手段を持つ俺に誰かと添い遂げる選択はない。


 我ながら最低だな。

 ケネンとは真逆だ。


 だけど最強になると決めた時から、俺はそれ以外は捨てている。

 他人の好意だって俺にとっては最強を得るためのものでしかない。


 そもそも最初から俺はヤミにそういう目的で近付いた。

 最強へ至る。そのために俺はヤミを使う。


「お前の詠唱を聴かせてくれ」

「はい」


 ヤミは嬉しそうに頷いていた。


 詠み上げが始まる。

 鮮明で綺麗な声と真っ直ぐで綺麗な瞳。

 紡がれるはこの世界を変革する創造の言葉。


金色の炎帝ジルレイド千の夕凪サイレスを越えて、理想の桃都シャングリラ空隙くうげきを埋めた――」


 合わせて俺も剣を呼び出す。


「聖剣召喚【加具土命カグツチ】――」


 白い炎と灯す刃を携えて、飛行術式で天より刃を振り下ろす。

 結界へ滑らす刃は、その強靭な結界を紙の如く焼き斬った。

 残るは内部の壁だけだ。


「ただそこに道を切り啓けゴルディアス・ノット――虹魔天剣!」


 七色に輝く宝剣の切っ先は壁へ向き、斬撃ではなく刺突としてドームへと突き刺さる。


「こういうゲームあるよな、黒い髭のおっさんが飛び出る奴」


 ヨスナの部屋にあった気がする。


「そうなんですか? 付き合ってあげてもいいですよ」

「気が向いたらな~」


 宝剣の術式が解除され、その穴が露わになる。

 焼き切れた結界の穴から中へ、宝剣による斬撃によって空いた穴から更に中へ入っていく。


 薄暗い内部で、赤い瞳が二つ光った。


「ガハハハハハハハハ! 我は【魔王機ディザスターゴーレム=アガナド】である!」


 ヤミの空けた穴から差し込む陽光がその全貌を露わにしていく。

 人型、全長は十五メートル程度。

 通常種と同じくらいのサイズだが何かあるのは間違いない。

 丸太のように太い手足を持ったそれは巨大な大剣を一本背負っていた。


 紫色のマントのような外装を纏い、金属の顔面はその表情を鮮明に映し液体のような変形を繰り返す。


「なんだこいつ……?」

「喋るガーディアンですか……」

「よくぞ参った勇者共、いざ尋常に……ふむ、お主らズルをしたか?」

「ズル? あぁ結界のことか。まぁ無理矢理壊したけど、想定してなかったのか?」

「否、あれは我を封印するための物。それを強引に突破した者に待つのは罰である」


 そう言った瞬間、奴を守るように二体のガーディアンが突如として出現する。

 浮遊する三角錐のガーディアン。

 そして刀を持った鉄の兵士。


『【光線百瞳ハンドレットカノン】及び【機械剣豪ソードマシタリー】の転送を確認』

「おい、塔の中でしか機能しないんじゃねぇのか?」

『このドームにも同じ仕掛けがされています』


 ッチ、転送なんてふざけた術式をどうやって……

 いや、俺たちだって階層間を転移で移動してる。

 そしてそれはそもそもダンジョン側に与えられたもの。

 敵がその力を使ってくることに不思議はない。


 ってことはこいつらは……


「残りの塔二体分の『限界突破種オーバーガーディアン』か……」

「然り、我が四天王を倒さずしてここへやって来る卑怯者への返礼よ」

「卑怯者? めんどくせぇ仕掛け造らずに最初から五体いっぺんに掛かってこいっての。負けた時の言い訳か?」

「ほう……では、尋常に――」

「あぁ、こいよ――」


 骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン燃身ねんしんを起動しながら剣を抜く。

 ああは言ったがこいつ等は油断できる敵じゃない。


「――ピピ」


 ボス以外は喋んねぇのな。

 最初に突撃してきたのは剣士型の機械。

 第二階層で見た小型に近く、サイズも五メートル程度。

 だがこいつ……


「ッチ」


 単純な斜め上への袈裟斬りからの振り下ろしという二連撃。

 一太刀目を剣を宛がって流し、二撃目は身体を逸らして回避する。

 それでも、俺の左上腕と右頬に避け切れなかった傷ができていた。


 剣技の練度キレが卓越している……

 本物の剣豪と対峙してるみたいだ。これが人工物とかマジかよ。

 それにあの剣、薄く魔力を纏うことで攻撃力を上げながら――


「蒼炎球」


 投げた蒼炎は、しかし機械剣士によって一刀両断され、はるか後方で爆発した。


 魔術攻撃に対する対策も十全か……


「「「「「「「ピピ――」」」」」」」


 それに三角錐ピラミッド型の方も面倒だ。

 パズルみたいに分裂して、細かい大量のガーディアンになる。

 そして、その一体一体が光線による遠距離攻撃を放ってくる。


 燃身による回避力と骸瞳魔覚アンデッド・ビジョンの危機察知がなければ開始一分で終わってた。


 何より面倒なのが……


「魔力障壁……」


 全方位を魔力障壁で囲んだヤミへ数体のピラミッドが一体に纏まった数メートル級のピラミッドの光線が放たれる。


「魔力障壁!」


 それをカバーするために俺が魔力障壁を集中展開してヤミを守ってやる必要がある。

 ヤミの完全詠唱はおそらく他の魔術と併用できない。

 そして、ヤミの詠唱術式以外の戦闘能力は並み以下。


 身体強化もろくに使えず、幾ら術式の発動速度が上がったといってもまだ重点型の魔力障壁を高速展開できないヤミは全身への魔力障壁を纏っただけのちょっと硬い的でしかない。


 回避系の術式くらいあるだろうが、敵の数が多すぎる。

 魔力感知に優れていようとも、ヤミには回避するイメージが湧かないレベルの物量だろう。

 俺が守るしかない。


「申し訳ありません……ネル様……」

「いいから、隅に寄っとけ」


 つってもまぁちょっとまずいな。

 併用しねぇとならない術式の量が多い。

 タメの必要な大技を使う余裕はない。


「――ピピ」

「「「ピピ」」」


 そう考えている間にも剣士による斬撃とピラミッドの光線が同時に俺を襲う。

 燃身による曲芸染みた動きで何とか回避するが、俺が反撃するより早く剣士の追撃がくる。


 バランスが徐々に崩れていく。

 余裕が削られる……

 それにあのボス機械はまだ何にもしちゃいねぇ。


 詰むのか?

 俺が?

 死ねば転生、ここに戻ってこれるかは分からない。


 こいつらという経験値は捨てるには惜しすぎる。

 だが、詠唱術式という特別を持つヤミを死なせる選択を取る気はない。


 けど、どっちもは無理か……


「仕方ねぇか」

「ネル様……」


 ヤミの傍まで走り、その身体を抱える。


「む? どうするつもりだ?」

「悪ぃけど逃げるわ」

「フ、フハハハハハハ!! 好きにせよ。だがタダで返す訳には行かぬ。我が餞別を受けていけ」

「そうだな。お前の実力には興味があるぜ」


 大剣が構えられる。

 異様に高まった魔力を感じる。

 何かが放たれようとしていた。


「ネル様……私はまた……」

「気にすんな」


 大剣が紫色の稲妻を纏い振り上げられる。

 あいつの間合いは精々十メートル程度、俺には全く届いてない。

 龍太刀みたいな遠隔斬撃か……?


 いや、魔力の集中場所は刀身じゃない。

 斬撃を放つ場所に対して予め魔力による幕のようなものができている。


 なんだ……?


「――我が前に首を垂れよ。【虚空斬首】」


 ――刀身が消えた。


「後ろッ!」


 ヤミのその絶叫が耳に入ると同時に、俺は反射的に屈んでいた。

 頭上スレスレを巨大な剣が通過していく。

 絶大な質量攻撃は建物の壁に激突する。

 それは純粋な魔力による爆発を起こし、壁面にヤミの完全詠唱で空いた穴より更に巨大な穴を開けた。


「食らったら即死だな……つうか今のは……」


 こいつの術式は……まさか【転移】なのか?


「行け。我が一撃を回避した褒美をとらせる。次は正規の手段に置ける侵入を推奨しよう。お主とはよい一騎打ちができそうだ」

「すぐぶっ壊してやるから覚悟しとけ大怪物デカイブツ

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!!!!」


 いつまでも続く高笑いを背に受けながら、ヤミを抱えた俺はドームの外へ出た。


「やはり、お前でも勝てなかったか」


 そこにはダジルが待っていた。


「俺たちを尾けてたのか……?」

「あぁ、俺の影たちは優秀だろう?」


 そうダジルが言った瞬間、その後ろからあの黒い兵士たちが何十人も現れる。


 それを見て俺はヤミを地面に降ろす。

 両手をフリーにしとかないとこいつを守り切れない。


「あの、ネル様……」

「ちょっと静かにしててくれ」

「はい……」


 さっき見た時あいつの兵士たちは魔力を隠蔽していた。

 けど、それは多分最大隠密じゃなかったんだろう。

 本当はもっと微弱にすることができた。

 だが、俺たちにそれが限界の隠蔽だと誤認させることで、他の機械の魔力に紛れて俺たちを尾行した。


 やはり手練れだ。


「『お前でも勝てなかった』ってことはテメェがここに十二年とどまってる理由は……」

「そうだ、結界など問題ではない。四つの塔の限界突破種オーバーガーディアン、あいつの言う四天王など人海戦術を取れば十分で全て撃破できる。……俺も、あの魔王が倒せないのだ」

「そりゃ、期待できるメインディッシュだな」

「ここで笑うのか、やはりお前は狂っているようだ」

「そっちこそ、こんなところまで直に来る馬鹿な王子様はミラエルくらいだと思ってたよ」

「継承戦に勝つのは俺だ。何をしてでも俺が勝つ」

「だから、お前自身がここに居るって?」

「そうだ」

「そりゃたくましい王子様だな」


 継承戦の会議に初めて参加した時、俺の魔力にビビらなかったのは二人。

 ミラエルとこいつだった。

 そして俺の感覚が正しければ、俺の肩に先に触れたのはこいつだった。


「それで? わざわざ逃げてきた俺を煽るためだけに出てきたわけじゃねぇんだろ?」

「一応確認して置こうと思ってな」

「何を?」

「俺に下れ。お前が俺に協力すればこの階層は突破できる」

「断る。テメェの力なんかなくても俺はここを越える。このダンジョンが何階層あるか知らねぇが、全部俺が攻略する」

「王位はどうした? そのためにこのダンジョンに来たのだろう」

最初ハナから興味ねぇよ。俺はただ国王オヤジにムカついて来ただけだ」

「禁書庫に入りたいのではなかったのか?」

「お前以外の誰が王になっても入れる」


 第一王女シャルロットならシュリアを使えばいい。

 第二王子ケネンには恩を着せた。

 第二王女シルヴィアには固有属性がある。俺の心を読み、俺を入れないことで起こる被害を考えればあいつは俺を禁書庫に入れるだろう。

 第三王子コーズの場合はヤミを使う。

 第七王子ミラエルはなんでもいい。一騎打ちしてやるとか言えば入れてくれるだろ。


「そしてお前が王になって、俺を入らせないなら――」

「なら?」

「ダジル、テメェを殺せば済む話だ」


 あのクソ国王オヤジに会ってから俺はずっとイラついてる。

 俺の心の中にある王子の部分が、その存在を否定したいと騒ぎ立てる。


 これ以上キレると何してもいいような気分になりそうだ。


「まるで鬼だな。その形相、王とは真逆の存在だ」

「だったらなんだ?」

「俺はお前が嫌いだ。いやお前だけではない。他の王子も王女も嫌いだ。どいつもこいつも自分のために王になろうとしている。自分を認めるためだとか、誰かに愛されるためだとか、知的好奇心や孤独からの解放……そしてお前が一番くだらない。何が【最強】だ、子供染みた思想で王位を汚すな」

「テメェの意見なんか知るかよ。俺は俺のためにしか生きねぇ」

「やはりお前も、それ以外の王子や王女も王には相応しくない。あの方の意志を継げるのは俺だけだ」

「勝手やってろファザコン野郎。俺に勝てるならな?」


 形相を浮かべダジルは俺を睨む。

 だが、キレてるのは俺も同じだ。


 お前の正道を押し付けてくるな。

 俺とお前はどうしたって交わったりしねぇよ。


「……その言葉、もう飲み込めんぞ」


 そう言い残し、ダジルは森の奥へ歩いて行った。


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