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49「滅亡の増殖」

「ヤミちゃん、いつの間にか杖が増えてるんだけど?」

「お前らが馬鹿みたいな話をしとる間に、こっちはとっくに準備整っとるで。もっと憎悪とか嫌悪とか嫉妬とか劣情とか、そういう話が聞きたかったんやけどな……待って損したわ」


 その声は増えた杖の全てから発されていた。

 術式名と詠唱を唱えるだけのはずのその杖は、明確に何者かの意志を宿した言葉を発していた。


「ヤミちゃん、あれ喋るの?」

「いや、そんなはずない」

「術式の解除を……」

「う、うん!」


 発動している【悪魔の受聲杖】を解除する、したのに……消えたのは私が最初に召喚した九本の【悪魔の受聲杖】だけ。


 他の杖は私の制御を離れている……?


「そもそも疑問に思わへんかったんか? ヤミおまえくらい術式の制御できる奴やなかったら、術者と同じ術式使える杖が一本増えるだけや。そんなもんが禁術って、アホかいな?」


 禁術はその術式一つで術者の力量に関わらず街一つを滅ぼせるような規格外のものだ。

 禁書庫にあった魔術の中でこの術式は私に相性が良かったし、覚えるのもそこまで難しくはなかった。


 その効果は、確かに禁術の定義に合っていない気もする……


「こいつの真価は【悪魔の受聲杖】を【悪魔の受聲杖】によって召喚することや。そもそもおかしいやろ、発動する術式はランダムって……運なんてのは無知な人間の幻想、世界には必然以外は存在せんのやから」


 そんな声が響く間にも杖の数は増えていく。

 おかしい……【悪魔の受聲杖】が【悪魔の受聲杖】を発動できるとしてもこんなに同じ術式が連続するわけない……


「ヤミ、お前の術式もオレ様が選んでやっとっただけやし、術式の制御が不必要なのもオレ様が代わりにやってあげとっただけ。自分の力やとでも思っとったんか?」

「ふざけないで、そんなことあるわけ……」

「魔術に不可能はない。魔術師のクセにそんなことも知らんから、お前の心は簡単に折れるんや」

「何者なんですか、貴方……」

「位相に漂う魔力が生命を獲得した存在。お前らの言葉で言うところの【悪魔】や。『ラプラス』とでも呼んどいてくれ」


 悪魔。

 そんなもの、伝承とか伝説とかそんな絵空事の中でしか聞いたことがない。

 でも、もしもこいつの言っていることが全て本当だったとしたら……


 異界からこの世界に干渉するための方法が【悪魔の受聲杖】という魔術だったのだとしたら……

 もしも、【悪魔の受聲杖】が無限に数を増やすとしたら……


 私は、とんでもない扉の鍵を開けてしまったのかもしれない。


「理解したか? 【悪魔の受聲杖】は無限に数を増やし、何れこの星の体表はこの杖に包まれ、世界は魔術の嵐に包まれる。動植物は駆逐され、環境は破壊され、惑星は崩壊する。【悪魔の受聲杖】は世界を滅ぼす魔術で、そんでオレ様こそが魔王や」


 増えていく。

 【悪魔の受聲杖】が【悪魔の受聲杖】を召喚し、その数はネズミ算式に増加していく。

 今止めないと……止められなくなる……


「はぁ……」

「リンカちゃん……?」

「さっきからごちゃごちゃと……そもそも私たちが話してたのに、勝手に入ってこないでくれませんか? 貴方、キモすぎです」


 そう言った彼女の拳が白く輝く。

 諦めていないのだ。

 諦める理由がないのだ。


「キモいやと? 誉め言葉やな。で、ほなどないする?」


 だってリンカちゃんは、強いから――


「要するに、増えるより早く壊せばいいってことですよね?」


 そう言ってリンカちゃんは小さくジャンプした。

 着地するその瞬間、彼女の姿は掻き消える。

 私の魔術を避けていた時以上の速度に乗って、その姿は近くの杖を斬り裂く。


 いつ取り出したのか、リンカちゃんの左右の手には短剣が二本握られていた。


「剣術も使えるんだね……」


 それは幻想的で、それは芸術的で、戦闘というよりは舞いのようだった。


 獣人の身体能力。

 白い魔力による一撃必殺。

 そして、あの圧倒的な攻撃範囲を持つ突きが放たれる。


「聖鎧終奥――【龍魔一擲りゅうまいってき】」


 次々と杖が切り裂かれ、無効化され、消失していく。


 杖の増殖速度は三秒ごとに倍。

 今の数は約五十。

 だけど、リンカちゃんは三秒ごとに五十以上の杖を破壊していく。


「なんや……笑えてくる速度やな……」

「あれ、禁書庫だとか色々と詳しそうだったからヤミちゃんの記憶でも覗いたのかと思ってましたが、私の力は理解してないんですね?」

「表層の記憶を読み取っただけやからな。まぁええわ、忘れとるかもしれんけどこの杖は増殖以外の魔術も使えるんやで?」


 悪魔ラプラスの声が【悪魔の受聲杖】ではない術式の名を詠む。


「【下級悪魔召喚ヴォカティオ・ディアボリ】」


 なに……それ……?


「ヤミちゃん、この術式何?」

「知らない……そんな名前の術式、聞いたこともない……」

「当たり前や。すでに【悪魔の受聲杖】はオレ様の術式なんやから、発動される術式もオレ様が使える術式になる。まぁオレ様が【悪魔の受聲杖】に使わせる術式はランダムなんかやないけどな」


 ヤミちゃんの剣技によって四十本ほどまで減った杖の内、半分は【悪魔の受聲杖】を発動したが残りの半分は【下級悪魔召喚ヴォカティオ・ディアボリ】という未知の術式を使った。


 おそらくその術式の効果なのであろう。

 杖の周囲の地面から何かが召喚されていく。


 黒い皮膚に覆われたそれは人型ではあったが、蝙蝠のような羽を持ち、山羊のような巻角を持ったそれはとても人間と呼べる造形ではなかった。

 局部はなく、体毛も全く見えない。

 生物かすら怪しいが、それは殺意を持って行動を開始する。


「ッチ、雑魚が何体増えたところで……」

「まぁその認識は間違ってやせん。が、雑魚には雑魚の使い方があるんやで?」


 召喚された悪魔たちが一斉に同じ動作を始める。

 両手を前に出し同一の術式を発動させる。


 無言であったが、その術式は基本的な無属性術式の一つであり、発動に大した労力はない。


 だからこそ、大人数で重ねることに優れている。


 二十枚の『魔力障壁』だ。


「無駄ですよ」


 そうだ。あの白い魔力は魔力自体を対消滅させる。

 それが術式である以上、魔力障壁なんて容易く切り裂かれる。


「無駄やないやろ。確かに魔力を完全に無効化するお前の術式は脅威やが、無反動ってわけやない。魔力障壁一枚に付き約〇.二秒。二十枚割るのに四秒。そんだけあれば次の魔力障壁を張れる。更に杖も発動する。更に更に、お前の魔力は一体いつまで持つんやろうな?」


 強い。

 というか賢い。

 こっちの手札を読み切って、最善な戦術を選び実行する。

 多分戦い慣れしてるんだ。


「こっちの勝利条件はハナから時間稼ぎやし」

「ッチ、ウザ、キモ」

「敬語使えや、余裕ないんか?」

「はぁ……殺してあげるので、少し待っていてください」

「時間くれるんか? ありがたいわ」


 リンカちゃんは魔力障壁を砕くのを止めて、大きく距離を離した。

 まるで、私に近付くみたいに。


「ごめんね、私のせいで……」


 私が禁書庫なんかに入ったから。

 私があんな魔術を会得してしまったから……


「謝らなくていいよ。強くなるためには危機は必須だから。だからヤミちゃん、手伝って欲しい。ここを乗り越えれば私たちはもっと強くなれるよ」


 どうして……

 どうしてリンカちゃんは、ネルあいつみたいなことを言えるの……


 私は……


「無理だよ。私なんかじゃ……」

「それでいいの? 停滞を認めるの? ネル様を殺すんじゃないの? あんな悪魔ザコも倒せないでネル様を殺せるの? 頑張るって言ったのに」


 だけど、私は倒せなかったんだ。

 アガナドから逃げ帰り、ダジル王子の近衛に臆し、リンカちゃんに完封された。

 悪魔には利用されて、そんな私はネル様にも勝てる気がしない……


 そもそも私の『頑張る』は誰かに勝とうって感情じゃなくて、新しい魔術を覚えようって感覚だ。

 だって今まで、私はそれしかやってこなかったんだから。


 私は……勝利の方程式を知らない……


「そっか……」


 そう言ってリンカちゃんは前に進んで行く。

 百以上に増えた杖に向かって、召喚された百近い悪魔に向かって、単身で進んで行く。


 相手はこれだけの魔術を使っても疲弊していない。

 世界中を杖で埋めるというあの言葉が本当なら、その魔力総量は神のようなものだ。


 勝てるわけな……


「ダッサ、私。というか、なにが怖いんだろ」


 禁書庫に入った時点で、自分の命とかどうでもよかったのに。

 ネル様を殺すためなら死んでも良かったのに。

 今更、何をビビってるんだろう。


 勝てないから戦わない?

 弱者の理屈だ。そんなものであの男を不幸には堕とせない。


 ――こんな悪魔ザコにも勝てなくて、ネルに勝てるわけがない。


 そう思えば、いとも容易く私は立ち上がることができた。


「ごめん。私も戦う」

「いいの?」

「命を懸けてでもネルを殺したいのに、ここでビビる理由なかった」

「そーゆートコ好きだよ。ヤミちゃん」

「はいはい。もうええて。状況は悪化しかしとらん。ヤミおまえが加わったところで何もできん。さっさと殺したるわ」


 こいつの言うことは何も間違っていないのかもしれない。

 でもそれは、私がここで全力で戦わない理由にはならないから。


 私は自分の杖を構える。

 リンカちゃんも双剣を構える。

 悪魔たちが魔術を構える。


「行くよヤミちゃん」

「うん」

「杖を召喚してくれた礼に生かしてやろうかと思っとったけど、そんなに死にたいならそうしたるわ」


 戦闘が再開されると、この場の全員が予感した。


 でも、その瞬間――


 何かが頭上より高速で落ちてきた。


「クソが! あの触手野郎、ぜってぇぶっ殺す!」


 世界で一番好きダイスキで、世界で一番嫌いダイキライな人間が、空から落ちてきた。



 ◆



 シルヴィアの手を振り払った俺は飛行術式を起動し、巨大クラゲへ向かう。


『どうするつもりですか? アガナドに使った術式は対策されていますよ』

「じゃあ炎魔術で押し切る」

『火力は足りますか?』


 正直なところ、俺の炎属性術式だけじゃ足りないだろう。

 仮に【蒼炎龍咆】を撃ったとしてもあの触手一本焼き尽くす程度が関の山。


「なら聖剣で倒す」

『届かせられるのですか?』


 あの巨大クラゲはアガナドの転移術式を継承している。

 接近せずとも触手を操って無限に攻撃してくる。

 その対処をしながら接近するのは困難だ。


「今の俺じゃ倒せねぇってことかよ?」

『最初から私はそう言っています』

「そもそもあいつは何なんだ?」

『あれは女神の破片を取り込んだことによって、限界リミットを超えた出力パワーを獲得しています。神の力を取り込んでいる以上、本来は人間が相手にしてよい存在ではありません。がしかし、【聖剣】を持つ者は別です』

「はっ、まるで聖剣はあれを殺すための道具って言ってるみたいだぜ」

『――その通りです。聖剣を含めた【聖具】は女神が力を取り戻すための鍵。世界中に散らばった破片パーツを回収するために造られた神器です』

「……俺のは女神おまえらに与えられたモンじゃねぇんだけどな」

『それでも効果的な違いはありません。自己進化という能力は術式自体を無効化する聖剣には及ばない』


 要するに聖剣なら削り切れるってことだろ。

 けど相手はあの巨体だ。

 何度斬れば終わるのか見当も付かない。


 転移術式によって繰り出される無数の触手を捌きながらそんなことできんか?


「まぁ、やるしかねぇか。聖剣召喚【加具土命カグツチ】」


 聖剣の斬撃は龍太刀と違って飛翔しない。

 命中させるには接近が必須。


「ユユユユ、シャシャシャ――コイ」


 暴走してると思ったが、アガナドの意識はあるのか?

 こんな暴走状態でも性格はそんなに変わらねぇんだな。


 プログラムされた人格AIとか関係ねぇ。

 お前にはお前の誇りがあるんだろ。

 だったら俺も全力で行かせて貰う。


「――蒼炎龍咆!」


 左手から放つ蒼炎の竜巻の後追うように駆ける。

 炎で俺の姿を隠し、一気に近づく!


 あのクラゲの脚の数は全部で八本。

 アガナドの四倍の手数だ。

 それが一斉に転移する。


 まるで炎を叩いて消すように、俺の『蒼炎龍咆』は八本の巨大触手によって掻き消された。


 更に転移は解除され、新たな転移が起動。

 四方八方から触手が俺を狙う。


「クソが、一秒で背水の陣じゃねぇか……」


 魔力探知は機能してる。

 見なくとも角度は読める。


 一番最初に俺に命中する触手を読み切り、そこへ聖剣を宛がう。


「っらぁ!」


 命中した、触手の先端を切り裂いた。

 が――すぐに二発目が飛んでくる。


「ッチ!」


 剣は振り終えちまった。

 今から振り直すのは間に合わねぇ……


「――紫熱連環しねつれんかん!」


 紫炎の障壁によって俺は全身を覆うが、それでも圧倒的な質量を持つ触手の一撃は防ぎきれない。

 結界には徐々にヒビが入り、四撃目の触手は障壁を破り、俺の身体は木々を倒壊しながら地面に叩きつけられ、クレーターを作った。


 吹っ飛ばされたことでそれ以上の追撃は凌いだが、すぐに次が来る。

 転移によって俺の頭上に顕現した触手が、仰向けに倒れる俺に迫る。

 痛みに耐えながら俺は左手で蒼爆を使って避ける。


 ついでに【陽炎】をバラ撒いて俺自身は魔力を隠す。


「はぁ……クソが……」


 あの鞭のような八本の触手はアガナドの大剣より振りは遅いが数が多すぎる。

 俺の『聖剣・加具土命』は龍太刀と違って遠距離攻撃ができないから、迎撃のタイミングが難しい。


 それに、龍太刀と違って習得から五年程度しか経っていない聖剣召喚は二刀流が使えない。

 俺の手数は半減している。


 考えれば考えるほど、勝ち目がねぇ……


「ヤッバ!」


 なのにどうして、俺の口角は上がってんだろうな。

 分からねぇが、今はこの感覚に身を任せたい。


 息を整えた俺は、蒼爆と飛行術式を起動しクラゲへ加速する。

 俺を認識したクラゲが即座に転移術式を起動し、一瞬で触手が俺の周囲を囲む。

 完全に囲まれた状態で触手を受けるが、二発受けたところで俺の余力は無くなった。


「っの!」


 三発目の触手に身体をブッ叩かれ、地面へとブッ飛ばされる。

 着地直前に【紫熱連環しねつれんかん】を発動させ、それをクッションに衝撃を和らげる。


 けど触手のダメージはモロに食らってるし、頭から血が流れ始めた。

 それを拭い、傷口を指先に灯した炎で焼いて閉じる。魔術師は基本的に自分の魔力に耐性を持つが、『蒼爆』など敢えてそれを無効化して術式を発動させることは可能だ。


 治癒術式が使えないわけじゃないが魔力効率が悪い。

 今は使える魔力の全てをあいつにブツけたい。


「もう一回だ!」


 蒼爆を使って飛行術式を加速させる。

 さっきは一度の爆発による加速だったが、今度は連続で起爆することで推進力を増して行く。


 だがやはり、俺の速度に関係なく刹那の時間で周囲を触手に囲まれる。


 けどな――


 お前の形状がどれだけ変わろうが、結局お前が機械だって事実は変わらない。

 寧ろ知性だけに注目すればお前の能力は落ちている。

 だから、お前の攻撃は前の一撃をなぞるようで、読み易い。


 今までは受けるの精一杯で刃を通すことなんかできなかったが――


「もう慣れた」


 ――白炎が斬撃を追うように舞った。


 それは一撃を放った触手を切り裂いて、燃やす。

 斬れた触手の刺胞さきは炎に包まれ地面へ落下。

 残った傷跡を白い炎が燃やしていく。


 あのクラゲにはおそらく再生能力がある。

 元々は巨大は人型のガーディアンだったんだ。

 それがこんな形状に変化するってことは、肉体を操作する力を持ってるってことだろ。


 だが、魔獣の設計図DNAを破壊する聖剣の魔力によって、その腕は再生しない。


「おい、どうした?」


 ……二発目が飛んでこない。

 聖剣を警戒してんのか?

 想像よりバカでもねぇらしい。


「攻撃してこねぇなら突っ込むぜ?」


 蒼爆を起動し、全ての触手を追い抜いて俺の斬撃は本体あたまへ迫る。


 その瞬間、不動だった体勢が少しだけ変化した。

 まるで俺を視ているかのように……


 クラゲの体内の魔力が急速に全身を巡る。

 いつの間にか転移ゲートは閉じていて、触手はすでに本体に戻ってきている。


 今、こいつは一切の術式を使っていない……


 そして、この魔力の循環は――


「ふざけんなよ、テメェ!」


 見間違うわけがない。

 それは間違いなく俺の、『終奥・龍太刀』だった。


 その斬撃をこいつは己の触手で完全に再現してやがった。

 振り下ろされた触手の延長線上に打撃力の高い龍太刀が放たれた。

 聖剣で受けたが、それでも奴の龍太刀の全魔力を対消滅させる量の白炎を俺はまだ扱えない。


 ガキン!!


 そんな音と共に聖剣にヒビが入った――ことを認識した瞬間、俺の身体はまたも地上へ吹き飛ばされた。


 あいつ……俺の龍太刀を真似パクりやがった!


「クソが! あの触手野郎、ぜってぇぶっ殺す!」

「え、ネル様?」

「……なんで空から?」


 あ?

 辺りを見渡してみるとリンカとヤミ、それに……


「なんだこのキショイ杖……?」

「キショイ? 感想はそんだけかい? こちとら次期世界最強の悪魔やぞ?」


 ――は?


「テメェ、今なんつった?」

「地雷踏まれたからってマジ切れしないでくださいよネル様。ただの戯言ですし、私が黙らせるので心配しないでください」

「できんのか?」


 実際、あの杖に内包された魔力はかなり異質なものだ。

 それに数秒毎に下級の悪魔を召喚し、杖自体も数を増やしている。

 すでに数百本……倍々で増えていくなら丸一にもすれば世界が滅ぶ……

 ダンジョンが外から隔離されているとは言え、それでもこの階層は魔境になるだろう。


 あのクラゲに並ぶ脅威だ。


「やりますよ。だからネル様はご自身の敵に集中してください」


 そう言ったリンカの身体には聖光の鎧が纏われていて、獣化も使い熟しているように見える。

 それに、なんでか知らんがヤミも居る。


「まぁ、お前なら心配なさそうだ」

「ら……? 貴方は……お前は、私を捨てたクセに……」

「最初からお前は俺のモンなんかじゃねぇよ。それともお前は俺の手の中に納まる程度の人間なのか? だとしたらマジで要らねぇよ」


 俺の言葉を受けたその表情は、怒りに満ちていて、俺に対する敵意に満ちていた。


「殺してやる……! 絶対に!」

「こんな悪魔如きに負けそうなのにか? だったらその殺害予告こくはくに現実性はねぇな」


 何があったか知らないが、前に会った時より数段魅力的になったヤミは涙を拭って杖を強く握りしめていた。


「俺は戻るぞリンカ」

「はい。こちらは任せてください」

「そうだな。けどモグラ叩きし続けんのも面倒だろ? こいつらを置いて行ってやるから好きに使え」


 別にこの二人を助けてやろうなんてわけじゃない。

 ただ、俺の力である以上、こいつ等にも経験値が必要だ。


「【恐使の喚騒ゾルドアーミ】」


 六六六体の魔獣が、俺の後ろに現れる。


「五年振りか?」


 エルドは眼球の無い瞳を俺へ向けた。

 その頭蓋は何を考えているかは分からない。

 だが俺はこいつの律義さを知っている。


「そうだな。状況は大体察しろ」

「いや、ビステリアから現状の報告は受けている。あの杖を折ればよいのだろう?」

「そうだ。リンカとそっちの女に協力してくれ」

「了解した」


 数百に対抗するならこちらも数百を揃える必要がある。

 これも『俺の力』だ。


「ネル様、ありがとうございます。でも必要ありませんでしたよ」

「俺のために使ってるだけだから気にすんな」


 そう言うとリンカはクスリと笑った。


「いつか貴方を超えます。絶対に」

「はっ、やってみろ」


 リンカは無言で杖の集団を向き直る。

 まるで俺へ見せつけるように、リンカはその一撃を放つ。


「聖鎧終奥――【龍魔一擲りゅうまいってき


 白い魔力の打撃が、大量の敵を貫いた。

 そうか、お前はすでに完成させているのか。

 だったら俺も、置いて行かれるわけにはいかねぇな。


「ネル、傲慢面で待っていてください。お前を殺すためなら、私はなんでもできる」

「じゃあこれやるよ」


 俺はコーズから受け取った魔力ポーションの一つをヤミに投げ渡す。

 受け取ったヤミは一目でそれがなんのか理解したらしく、さらに強い瞳で俺を睨んだ。


「偉そうに……同情のつもりですか?」

「好きな女にプレゼント渡すのがそんなに変なことか?」

「……ッ、キモイです。死んでください。本気で殺しますから。もう消えて」

「はいはい」


 焦ったように顔を下に向けたヤミの罵りを受けながら俺は飛行術式と蒼爆を使う。

 もうここに俺は必要ない。浮遊する巨大クラゲの元へ戻る。


 リンカもヤミも、あいつらの告白を俺は心の底から嬉しいと感じていた。



 なんかテンション爆アガッてきたわ。



 この感覚はヨスナと戦った時以来の『没頭』だ。

 今ならいける気がする。


 ヨスナとの戦いでは完成しなかったあの技を――【龍魔断概】をここで完成させてやる。


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