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50話「他者がために」


 龍魔断概。

 それは白龍との決戦時に使用した俺史上最大の攻撃力を持つ技だ。


 聖剣が保有する白い魔力を龍太刀の遠隔斬撃によって運び、その通過を邪魔する魔力によって構成された全てを斬り裂く、理論上最強の一太刀。


 しかし、あの時あれを使えたのはティルアートが俺に聖剣を貸し与えたからだ。

 ティルアートが制御する聖剣に魔剣召喚を融合させたことで、俺の魔力操作のキャパを超えることなく龍魔断概を発動させることができた。


 そもそも『龍太刀』は他の術式と併用できない。

 その弱点を克服するために開発したのが『魔剣召喚・龍太刀』。

 しかし、魔剣召喚は発動しているだけでかなりの集中力を要する。

 簡単な術式ならともかく、例えば同じくらいキャパを使う術式との併用は難しかった。


 だが俺は、アガナドとの戦闘中に二刀流を会得した。

 あれほど龍太刀を連発したことはなかった。一度でも龍太刀を外せば死ぬという状況も相まって、俺は急速に『魔剣召喚・龍太刀』という術式に慣れていった。


 聖剣の二刀流は不可能でも、『聖剣』×『龍太刀』の二刀流ならできるかもしれない。


 それが俺の唯一の勝機――


天馬の加護ペガリレス 千の夕凪サイレス――」


 魔力効率を向上させる『天馬の加護ペガリレス』。

 術式の処理量を減少させる『千の夕凪サイレス』。


「魔剣召喚【龍太刀】」


 二つの詠唱を唱えながら俺は左手に魔剣を呼び出す。


「キタ……」


 今、俺の両手には二本の剣が握られている。

 右手には刀身から白いを炎を揺らめかせる聖なる剣。

 左手には剣聖が鍛えた奥義を内包した魔なる剣。


 後はこの二つの術式を一つへ――


「重なれ」


 二つの力を別々に振るうんじゃ意味ねぇんだ。

 重要なのはその力を完全に俺のものにして『一つ』として扱うこと。


「聖剣終奥――」


 召喚されたそれは、白い炎と龍の鱗を纏った剣。

 魔剣召喚が前提になっていることで、一発だけじゃなく連撃として龍魔断概を使うことができる。

 間違いなく、現時点で俺が使える最強術式。


「こいつなら、もう近づく必要すらねぇ」


 剣を大きく振り上げる。

 両断するべき敵を見据え、剣の力を解放すべく切り結ぶ。


「龍魔断概!」


 その一撃を俺は放った――そのはずだった。


「な――?」


 触手が一斉に俺の周囲へ転移してくる。

 全霊の一撃を放った俺にその攻撃に対応する余力はなく、視界の端にはぐにゃりと歪んだ俺の剣が見えていた。


 剣の形が崩れている……?


 失敗したのか?


 やべぇ。

 触手の攻撃を剣で受けきれねぇ。

 この剣を出しながら他の術式を使うのは不可能。

 術式の切り替えも、間に合わ――


「カハッ!」


 背中を触手に撃ち抜かれた衝撃で、俺の身体が空へ吹き飛ぶ。

 さっきまでの下へ向けた打撃とは違う。

 俺を持ち上げたのは、森の中に逃がさないようにするため。


 連撃がくる……!


 転移によって俺が吹っ飛ばされた軌道状に現れた触手が、俺の身体を更に殴る。

 そして吹き飛んだ方向にも触手が待っていて、俺の身体はゴムボールみたいに何度も弾かれた。


「魔力……障壁……」


 やっとの思いで龍魔断概を解除して発動した半透明の結界は、一撃の威力を殺し切ることすら叶わずに容易く割れる。

 他の術式は……どれを使えば逃れられる?


 バシッ、バシッ、と打撃音だけが耳に入ってくる。

 音は何度もするのに、痛覚は薄くなっていく。

 身体強化はギリギリ発動できてるが、このままじゃ骨が砕ける。

 それだけならまだいいが、内臓がやられれば終わりだ。


 早くこの連撃から脱出する方法を考えねぇと……


 このままじゃ死ぬ……

 嫌だ。まだ俺は何も手に入れちゃいないんだ……


 そう考えたその刹那、目前に迫る触手を断つように【雷撃】が通り過ぎた。


「魔奥【雷切】」


 静かな呟きは斬撃に遅れて耳に入ってきた。

 それでも転移によっていつでもどこからでも攻撃できるその触手は止まらず、未だ運動エネルギーの消えていない俺の身体を追うようにゲートが開く。


 だが、連撃を終えていないのは雷鳴も同じこと。


「疾風迅雷」


 その剣聖は、無数の斬撃と雷鳴によって俺の身体を守り切った。


「大丈夫ですか?」

「なんでだ? 来んなっつっただろ」

「えぇ、ですが私には貴方の言葉を聞く義務はない。ミラエルがそう望むのなら、私はそちらへ助力します」

「ってわけでさ、僕らも戦うよ」

「そういうことだ」

「ミラエル、ケネン……バカなのかテメェら? お前らじゃ……」


 俺が言い終える前に、ミラエルが口を挟んだ。


「僕らじゃあいつに対して戦力ってなれない? シルヴィア姉さんから聞いたよネル。でもね……」

「私は自分が情けないのだ、ネル」

「君は、僕らの弟だ」

「俺たちは王族だ。家族関係なんて二の次なはずだろうが……」


 初めて俺が継承戦の会議に参加した時、親父は俺にそう言った。

 その時、誰も反論する奴はいなかった。

 それが当然であるかのような態度だった。


「そうだね。僕だってそう思ってたよ。でもさ、変えたのは君だ。君が助けて、君が繋げたんだ。ネル、僕等にも手伝わせてくれよ」

「私もミラエルと同じ意見だ。そして下に居るシルヴィアやシャルロット、コーズもな」


 だとしても、気持ちとかやる気の問題じゃない。

 ここは、あの敵は、そういう存在じゃねぇ。


「心配しなくて大丈夫だよ」

「同じく」

「まぁ見てなよ」


 そう言った二人の身体に風と雷の魔力が宿る。

 その瞬間、二人の動きが超加速して転移してきた触手を切り裂き、殴り飛ばす。


「は?」


 完全に合成された属性魔力による身体強化。

 それはまるで、カエデの使う【疾風迅雷】と全く同じに見えた……


「どういうことだ? ミラエル、お前完成させてたのか? つーかなんでケネンまで」

「完成はまだまだ先だよ。師匠だってこの術式を開発するのに数百年掛けてるんだ。幾ら僕が天才でも、流石にまだ無理」

「じゃあなんで……」

「これは姉さんの術式だよ」


 そう言ったミラエルは地上を見る。

 その視線の先には金髪と銀髪の二人の女がいた。

 ミラエルの視線が向くのは金髪の方。


「実を言うとね、君を助けようって一番騒いだのはシャルロット姉さんなんだよね」


 キリッとした表情でこっちを見上げるシャルロットと視線が合った。

 だがその瞳に絶望の色はない。

 勝利を願い、そのために人事を尽くす、そんな意志が感じられた


 そういやさっきシャルロットも固有属性に目覚めたとか言ってたな。

 どういう力なのか聞きもせず俺は飛び出してきた。


 あいつもただの物見遊山でここにいるわけじゃないってことか……


「そろそろ話はいいですか?」


 巨大クラゲの使う空間転移の術式に対し、剣聖カエデは稲妻の如き加速で対応している。

 やっぱりあいつは別格だな。

 初見のはずなのに転移の術式にも劣らない速度で触手の一発を迎撃し続けている。


 けど……


「どうやらあの魔獣は我々には倒せないようです。『超速再生』のせいで攻撃しても意味がない」


 カエデが反撃に見舞った斬撃は確かに触手を切り裂き、幾つかは先端を斬り落としているのが見えるが、その全てが数秒で再生している。

 あそこまでの再生能力は白龍にも備わっていなかった。


 だが、俺が付けた傷に関しては全く再生していない。

 聖剣が持つ魔獣の遺伝子を破壊する破魔の効果がその結果を生んでいるんだろう。


「ミラエル、それにケネン殿、二人は私と一緒に触手の迎撃を。ネルかれを守ります」

「分かった」

「了解した」

「ちょっと待て、俺はまだ納得してないぞ」

「初めは、独りで戦うと言った男の邪魔をする気はありませんでした。しかし、それが他の人間を守るためだというのならばそれは否定しなければならない。私の弟子はそんなにヤワではない。二人共……下に居る王女たちも、覚悟を持ってここに居る」


 覚悟……?

 こんなとこに来て、戦って、国王になれるわけでもない。

 お前らに何の得があるってんだよ?


「分からないのですか? それは貴方が彼らを守ろうとした感情と同じものです」


 確かにこいつらを殺させないようにって感情が全くなかったっわけじゃない。

 けどそれは、こいつらが無駄に死ぬ必要はねぇだろうってただそれだけの想いだ。

 俺にはなんのデメリットもない、もののついで感覚だ。

 俺の主題が自分の成長であることに変わりはない。


 全然同じじゃない。


 俺はお前らに期待してなかっただけだ。

 なのにお前らは、そんな俺に命を懸けてまで協力しようとするのか?


 意味分かんねぇ。けど、悪い気はしねぇのはなんだ……?


「今あの敵を倒せる可能性があるとすれば貴方だけでしょう。その貴方を全霊で守護するのは合理的な判断です。だから貴方は、早くさっきの技を完成させなさい」


 新しい術式を覚えるに魔術師がどれだけの想いをしてると思ってやがる。

 紫熱連環しねつれんかんだって五年掛かったんだぞ。

 それを戦闘中に完成させろとか……自分でやろうとしていたことだから何だが、人に言われると意味わかんねぇことしようとしてるよな。


 だけど俺は、何よりも俺の可能性を信じてる。


「五分で完成させる」

「僕は三十分でも一時間でもいいけどね」

「今までの苦痛に比べれば短い痛みだ」


 そう言い残してミラエルとケネンはまた加速する。

 疾風迅雷に付随した風を踏む術式によって超高速で動き始める。

 どうやってあの術式を転写コピーしたのか知らないが、多分それがシャルロットの術式なんだろう。


 やっぱ固有術式ってのはなんでもありだな。


 けど、今のこいつらなら触手によるあの転移攻撃も対処できる。

 時間は稼げる。


 なら俺はこの術式に、今まで培った全てブチ込むことに集中しろ。


「行きますよ。二人共」

「うん!」

「あぁ!」


 思い出せ。

 俺の技は全て模倣。

 オリジナルなど何もない。


 俺がやろうとしているのはその模倣と模倣の融合だ。


 ならば思い描くイメージはより深度を上げたオリジナル。


 思い出せ、あの剣聖の一撃を。

 思い出せ、あの勇者の斬撃を。


 龍太刀の飛翔を――

 魔理断概の光を――


天馬の加護ペガリレス 千の夕凪サイレス……」


 俺が憧れた本物を――!


「聖剣終奥、龍魔……ッチ!」


 だめだ。

 さっきと同じだ。


 刀身がぐにゃりと歪む。

 形成が不安定過ぎて魔術として成立していない。

 二つの術式の接合が不完全だ。


 何が足りないんだ?


「ミラエル! 危ないッ!」

「ケネン兄さん!?」

「まだですミラエル、敵から目を放しては――」

「え? ガハッ!」

「貴様、よくも――」


 時間はそう長くは稼げなさそうだ。

 それでもあいつらが必死に戦うのは俺という希望持っているから。


 まただ……


 あの時と同じだ……


 ネオンが俺を庇った時と。

 エルドやソウガが死んだ時と。



 俺の最強が始まった時と――



 また俺は見ているだけだ。

 また俺は救えない。

 何にも変わんねぇのか、俺は――


「クソがぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 そんなわけあるか。

 それでいいはずあるか。


「ネル?」

「どうした?」

「大丈夫ですか?」

「あ? あぁ、悪い。ちょっと……思い出してただけだ」


 楽しかったんだ。幸せだったんだ。

 大切な家族が居て、大切な友人が居て、大切な場所だったんだ。


 だけど、俺が生まれた国は、一夜で滅んだ。

 戦争なんかじゃない。病でも事故でも天災でもない。

 何かが俺の住んでいた街を、文字通りの『穴』に変えた。


 その存在が今でも生きているかどうかも分からない。

 そいつを殺しても何かが戻ってくるわけじゃない。

 こんな研鑽に意味はない。


 それでも、俺はそいつより強くならないと死ねないんだ。



 だって俺は、救われた人間だから。



 そうか……


 分かった。

 これが俺の力の根本。渇望の原点。


 俺の力は、絶望からくるただの怒りじゃねぇんだ。


 俺の力の根源は――救えなかったことに対する【後悔】だ。


「そりゃ矛盾するはずだ……」


 力だけを追い求めてるなんて言いながら無駄にお節介を焼くわけだ。


「ビステリア、お前は正しかった」

『……』

「やっとこの剣の使い方が分かったよ」

『……』


 ネオンもヨハンも、歴代の聖剣保持者もそうだった。


「聖剣って奴は、誰かを守るために振るう剣なんだな」

『私の知る限り、貴方は最初からそうでしたよ』


 それでも俺の目的に意味はない。

 過去に失ったものは力を得ても取り戻せない。

 現在、未来、ここから先の人生で俺が何かを救っても、それは俺の本当に救いたかったものじゃない。


 だけど、重要なのは守りたい理由じゃないんだ。


 俺にとって重要なのは、守りたいものを守れる力を俺が持っていると、俺が俺に納得することなんだから。


 ――ボッ


 音がした。まるで俺の心理の変化に呼応したように。


 ――ボッ、ボッ、ボッ、ボッ


 まるで炎が点火した時のようなその音の出所は……俺の剣だった……


 白い炎が何度も点火と消火を繰り返している。

 燃え上がり、けれどすぐにそれは萎み、それでも不屈のように炎が何度も点火する。


 その起伏は安定しない。

 いや、燃消を繰り返す今その瞬間こそがその炎にとっての正常なのだ。


『幾度消えようとしても、諦めることはなく、終わりを受け入れることはなく、どれだけ死のうが、どれだけ折れようが、掻き消えそうなその炎を貴方は何度でも再燃させる。老いすら超えて、貴方の心は何度でも燃え上がる。それこそが、貴方が有する特異点』


 龍太刀は全身の魔力を渦のように回転させ刀身へ乗せて放つ斬撃だ。

 回転させることで魔力は飛翔する性質を帯び、放った斬撃という現象の範囲を拡大する。



「廻れ――」



 龍太刀と聖剣の力を合わせるには、剣の発する炎を一度体内に取り込んで全身を回転させ、剣に再注入すればいい。

 そんなイメージを剣の形へ押し込める。


 俺に、兄弟あいつらを守らせろよ。



「神剣召喚――【龍魔断概】」



 この剣は他者がために振るわれる剣である。


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