「魔奥――雷切!」
「
「疾風迅雷!」
その三人は俺を狙う触手を弾くという役割を本気で全うしていた。
雷の一閃は触手を断ち斬り、愛の拳は触手を弾き飛ばし、高速の移動は触手の転移場所に反応して打撃をいなす。
陣形を作り、互いの死角をカバーする。
連携によって転移による奇襲に対抗していた。
それでも、限界がないわけじゃない。
「ミラエル、ケネン殿、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
「私もだ。それよりすまないな、貴殿に負担ばかりかけている」
「いえ、剣聖などと呼ばれながら一人で敵の攻撃を捌くことすらできない体たらくで申し訳ありません」
「どうするの? このままじゃ……」
三人とも飛行術式を常時展開している上、ケネンは『疾風迅雷』を全く使い熟せていない。
全員が自身の最大出力を常に出し続けることでなんとか対応しているといった様相だ。
体力がなくなれば、集中が切れれば、魔力が尽きれば、この停滞はいずれ終わりを迎えるだろう。
だがそれより先に俺が完成したのだから、問題はない。
「もういいぞ、テメェら」
龍の鱗と白い刀身を併せ持つその剣は神々しく俺の手の中に納まっている。
形が崩れることはなく、その白い炎は内部に完全に収まっていて、一切外側に放出されていない。
それはすなわち、【
しかしこの剣とんでもなく魔力を吸って行きやがる。
こいつはもって一分ってとこだろう。
さっさと決めるしかねぇ……
「退け」
俺は両手で持ったその剣を振り上げる。
「二人共左右へ別れなさい」
「やっとだね、ネル」
「思ったより早かったな」
三人は俺の姿を見て、背中を押すように言葉を紡ぐ。
「行きなさい」
「やっちゃえよ」
「倒せ」
お前らが居なければ、お前らがここまで来なければ、きっとこの剣は完成しなかった。
だからお前らの期待に俺から返すべき言葉は一つしか思い浮かばなかった。
「ありがとう」
白い魔力の刃がその刀身から射程を延長していく。
極大に拡張されたこの一撃は、あの巨大クラゲを一刀両断するのに問題ないサイズまで膨張した。
確信がある。
この一撃は俺の今までの生涯で最強の一太刀であると。
「――龍魔断概!」
俺の全霊を込めた白い一撃は、確かにアガナドを斬り裂いた。
黒い血飛沫が舞う。
「ギガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!」
巨大クラゲから声にならない絶叫が鳴り響く。
すでにアガナドの意識のようなものは全く残っていなかった。
あれは最早、意志を持たない機能だけの怪物だ。
「やった……」
「のか……?」
ミラエルとケネンから喜びの籠ったような声が漏れた。
だが、クソが……
「「浅い」」
俺とカエデの声が重なる。
クラゲの身体は確かに斬れている。が、真っ二つと言えるほどじゃない。
それは前面に縦一本の斬痕が見えるだけ。
大量の黒い血が噴出しているが、それでも即死じゃない。
本来の龍太刀の射程なら、この程度の距離は問題じゃなかった。
だが、おそらく奴の持つ龍太刀への耐性が射程延長効果を打ち消したのと、直撃の寸前であいつも龍太刀を放ってクッションにしやがった。
そのせいで聖光の届く距離が限定され、傷が浅くなった。
反撃が来る……
奴の持つ八本の触手全ての先端が転移ゲートの中へ入った。
「カエデ、ミラエルとケネンを守れ!」
「貴方は……分かりました」
全霊を使って放った今の俺に、奴の攻撃を迎撃する手段は残っていない。
それはボロボロになったミラエルとケネンも同じ。
だが違うのは、奴が狙う触手の数だ。
俺に五本。他の奴らに一本ずつ。それはそのまま脅威度を測った結果なのだろう。
守りやすいのは、俺以外の奴らに決まってる。
疾風迅雷と風属性の空に立つ術式による超加速によって、ミラエルとケネンの身体を抱えたカエデはそのまま地面へ降下していく。
木々で姿を隠せば転移攻撃はある程度凌げる。
俺は――
目前に触手が迫る。
打撃じゃない。
刺胞の先端から飛び出した針による刺突。
面ではなく点の攻撃なら、回避はそこまで難しくないのに……
もう、魔力が残ってねぇ……
「ちくしょう……」
だが、傷は負わせた。
再生不可能な遺伝子破壊だ。
いずれ奴は出血多量で死ぬ。
相打ち……って言うにはちと無様か……
俺は、死――
◆
あの男は本当に、自分勝手過ぎる。
他人のことなんて自分が強くなるための道具としか思ってない。
私の存在も、結局は強さしか認識していない。
私の気持ちとか、私の努力とか、仮に私が世界で一番の美貌を得ても、あの男は興味を示さないだろう。
逆にどれだけの見目が醜悪でも、強ければあいつは私を好きだと言うのだろう。
羽のように軽い口で、一緒になる気なんて微塵もない思考回路で、そう言うのだろう。
気に入らない。気に食わない。気持ちが悪い。
大嫌いだ。
だけど、今の私はその程度の人間で、力量相応に無様なのだろう。
何よりもムカつくのは、自分の魔術すらコントロールできていないこと。
あのクソ男を跪かせるには『強さ』が必要だ。
「はぁ」
あの男が置いていった魔力回復薬を一気に煽る。
魔力の発生を司る臓器の機能が加速し、魔力の分泌量が増加する。
少し頭に熱が籠るが、一本程度ならさした問題はない。
私は強く杖を握り、前を向いた。
戦場は混沌を極めていた。
数百から千幾つを行き来する悪魔の受聲杖と、それを破壊していくネルの置いて行った魔獣の軍団。
しかし、その中でも一際綺麗な輝きを放ちながら、圧倒的な杖の
ネルの置いて行った魔獣の軍勢+リンカちゃんと杖の増殖速度は拮抗していた。
だけど、ネルの魔獣は死んだら増えない。
悪魔の受聲杖は壊れても増えていく。
この差によって戦況は時期に私たちの敗北を予感させていた。
しかし、ナスベ龍街の兵士と戦っていた時も思ったがこの術式もかなり規格外のものだ。
数百体の魔獣の同時召喚。禁術指定されてもおかしくない術式に思える。
……いや、この術式に近い魔術を私は禁書庫で見たことがある。
ビルドラムという街を一夜にして混沌に陥れた禁術。
その記録は確かに禁書庫にあった。
私が生まれるより昔、ある街を一夜で混沌に陥れた禁忌指定術式。
確かに隷属術式の派生術式で名称は『
その街から発見された隷属の首輪から術式自体の構造も保管されていた。
ネルが使ったこの術式はその更に派生版……
証拠に……
「光弾」
私はネルが召喚したゴブリンの一体の頭を術式で撃ち抜く。
その死体はダンジョンの魔獣と同じように消失現象を始めたが、一分程度は残る。
一分あれば検査するには十分だ。
その首元に『印』が見えた。
この中には術式の構造もある。
効果内容は転移術式を用いた魔獣の召喚。
神業とも思えるすさまじい術式だ。
こんなの今の時代を生きるどんな魔術師だって造り出せない。
一体ネルはどこでこんな術式を手に入れたんだろう。
いや、今はこの事態を収拾する方法を考えないと。
この術式を応用すれば、あの杖を止められる。
この術式は、
それはアガナドの使う転移術式をかなり似ていて、距離の概念を完全に無視している。
それにアガナドの術式と違って知覚範囲のものしか対象にできないということもない。
それは魔力的な繋がりを保っているからだ。
魔力領域……異世界……転移術式……隷属……魔力の繋がり……
自分は「位相に漂う魔力が生命を獲得した存在」だと。
だったらネルが使うこの術式なら、杖という遠隔操作された端末から本体へ逆にアクセスできないだろうか……?
いや、できる。
私は知識だけはある。
魔術を覚えるだけじゃ最多の魔術師は名乗れない。
【魔術とはなんなのか?】
世界中の魔術師が議論を交わす議題。
それをより深く理解することこそが魔術師の本懐だ。
「スゥ――【魔力感知】」
私は魔力感知が得意だ。
周辺だけじゃなくかなり広域なサーチができる。それはこの場に存在する杖を全て呑み込めるほどの感知領域を持っている。
けど、本当の真価はそこに魔力の反応があるかどうかだけではなく、その魔力の『質』を感じとれることにある。
魔力を分類し、性質を理解し、より深度の高い情報を得ることができる。
「やっぱり……」
一本だけ別の性質の魔力を持った杖がある。
本体というわけじゃないだろう。
それが破壊されても別の杖に反応が移っているだけで、ラプラスを倒したような感じはしない。
あれはおそらく他の杖全てに実行するべき術式の指示を出している母機のようなものだ。
だったらその杖が一番ラプラスに近い。
それならそこから術式自体に侵入して、あいつの本体に干渉できるかもしれない。
「ヤミちゃん。その顔、何か閃いた?」
いつの間にか私の隣に降り立っていたリンカちゃんが不敵な笑みでそう言った。
その視線の先は杖を向いている。
初めて、彼女と私は同じものを見ている気がした。
「でも一つ問題があるの」
「何?」
「時間が掛かる。杖に触れた状態で数分、その間杖の攻撃に耐え続ける力が要る」
「なるほどね、いいよ。私がヤミちゃんの盾になればいいんだね」
どうしてこんな良い子があんな奴を好きになるんだろう。
純粋な笑みを浮かべるリンカちゃんは、あんな男に汚されていい人じゃない。
だから私は、今ここで新しい力を手に入れる。
あいつから全てを奪い取るために……
「行こうか」
「うん」
リンカちゃんの言葉に私が短く頷くと、私の身体が彼女の手に担がれた。
「ちょっ、持ち方……」
ネルがやっていたようなお姫様抱っこじゃなく、左肩に担ぐような持ち方。
「こっちの方が手が一本空くし動きやすいから、ちょっと我慢してね」
そう言った瞬間、私の身体を感じたことのない風圧が襲う。
獣人とは言え人体が行っていいとは思えない超加速。
獣人の固有魔術である『獣魔纏伏』と『聖鎧』という魔術の併用によって、人外の速度を得た結果に私は青ざめる他なかった。
「うえ……」
ゲロ吐きそう……
私の体幹と三半規管じゃこの揺れには耐えられない。
と思っているとリンカちゃんは直ぐに止まった。
「……」
「どうしたの?」
「……その、言い難いんですけど……どの杖の元に行けばいいのか聞いてなかった」
本当に申し訳なさそうにリンカちゃんはそう言った。
私は頭を抱えた。
でも、こういうところも可愛いなと思う。
「あっち、あの杖」
そう言って私が魔力探知で見つけた杖を指で示すと、
「了解!」
と、リンカちゃんは快活に返答し、地面に後が付くほど踏み込んだ。
そうか……多分、ネルは私がこうならないように横抱きで運んでくれていたんだ。
そう思った瞬間、さっきとは比べ物にならない速度まで加速したリンカちゃんは魔獣と杖と魔術の間を抜けて、目的の杖の場所まで数秒で私を運んでくれた。
「着いたよ」
「うん……ありがとう……うぅ……」
四つん這いになりながら、なんとか杖へと手を伸ばす。
その瞬間発動した炎の魔術をリンカちゃんが白い魔力で作り出したガントレットを纏った腕で払う。
文字通り杖を使って私はなんとか立ち上がる。
すぐに次の術式が起動するが、私にぶつかると同時に落雷の魔術は掻き消える。
何故なら、
「ヤミちゃん良い匂い」
「恥ずかしいよ」
「さっきの仕返しだよ」
白い魔力を纏ったリンカちゃんが私に抱き付いたから。
「聖光循環」
破魔の力は私の知る限り魔力で構成されたあらゆるものを対消滅させる。
だけど限界はあるはずだ……急がないと。
杖が聖なる光で消滅しないように私の手元だけそれを解除して貰って、その手で杖へと触れた。
『
一晩で数万人規模の街を恐怖へ陥れた隷属術式。
その真価は魔力の繋がりを利用することで遠く離れた対象への命令が可能という点だ。
その派生版である『
これは
「何するつもりや? 無駄やぞ、やめい!」
焦ったような声で悪魔が何かを言っていた。
どうでもいい。
こいつの話に興味がない。
私はただ自分の願望を叶えたいだけ。
それが他の誰を踏みにじる行為だったとしても。
私は知っている。
あの男の挑戦の数々を。
自分より強い相手に喜々として挑むその光景を。
何より強く、何より逞しく、何よりも狂気的で……それでも、だからこそ、その表情を忘れられない。
私には確信がある。
あの表情こそが、その挑戦こそが、己の能力を覚醒させるための感情なのだ。
だから私も笑おう。
「よろしくね、ラプラス」
「は?」
術式内容は記憶した。
ネルが使った『
それを分解し、再構成し、自分の望む術式へ変化させる。
「――
黒い魔力が渦を巻く。
その中央は私の手の中。
首を掴まれたような体制で、その存在はこの世界に顕現した。
超魔力的存在――悪魔ラプラス。
「こないなことが……できるわけ……」
それはまるで人形のようなちんまりとした姿だった。
三頭身くらいの子豚のような見た目で、正直麗しいとは全く思えない見た目だ。
「せやけど召喚できたとこで何やねん? こんなんやったかて術式は止まらんぞ」
更に私はその悪魔へ術式を発動させる。
「
「バカかお前、この程度の精神干渉術式は簡単に
「
「何しとる……意味ないって言うとるやろうが……」
「
「だから」
「
「そないなことしても」
「
「無駄やって……」
「
ムカつく。
大嫌い。
私を認めないお前が。
私を理解しないお前が。
私を愛さないお前が。
死ね。死ねよ。消えろよ。不快なんだよ。
でも何より、お前を殺す実力を持っていない私自身が気に食わない!
だから寄越せ!
「力を寄越せ、クソ悪魔。
「嘘や……オレ様が消える……? こんな小娘に魔力を吸い尽くされるやと……?」
よく見れば私の手元は白く光っていた。
リンカちゃんの力が私の身体を循環したことで、
魔力で構成された悪魔という生物に対して、魔獣以上の特攻能力を持つ白い魔力。
「そうか……そいつは女神の……クソが……」
そう言い残して、悪魔の姿は消えた。
だけどその存在が完全に消失したわけじゃない。
魔力の繋がりを操作する闇属性の隷属術式。
それを魔力で構成された生物に使用した場合どうなるのか……
――その魔力は完全に私の支配下となる。
最大魔力の恒久的増加
そんな感覚が確かにあった。
世界を埋め尽くす、魔王の術式か……
まぁ、多分まだ敵わないけど、多少は追い付けただろうか……
「悪魔の受聲杖……解除」
視界を埋め尽くす勢いで増殖していた杖は全て消失する。
ラプラスの魔力を奪ったことでそれが操っていた術式の指揮権を奪い取れた。
杖が消えたことでネルの召喚していた魔獣たちの動きも止まる。
ラプラスとの戦いは私たちの勝ちだ。
「ごめんねリンカちゃん、私が不甲斐ないばっかりに迷惑かけちゃって……」
「いいよ。新しい力も手に入ったんでしょ? 私たちは何も失ってないしプラスだと思う」
「ありがとう」
目と目が合って数秒。
お互い抱き締めあったままなことに気が付いて、照れるように離れた。
「頼みがある」
そこに一際禍々しい装いのスケルトンが話かけてきた。
これもネルが召喚した魔獣の一体だろう。
けど喋れるなんて相当な上位種らしい。
多分……リッチ?
「なんですか? エルドさん」
どうやらリンカちゃんはこの魔獣のことを知っているみたいだ。
「其方たちにしか不可能なことだ」
そう言った瞬間、エルドを魔力が包む。
彼だけじゃない。
「
ネルが召喚した全ての魔獣が一斉に、送還された。
「ギガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!」
その瞬間、魔獣の絶叫がこの階層全体に鳴り響く。
だがそれでもあの魔獣は動いている。
何度もその触手を振るう。
それだけじゃない。その触手の振り抜きの延長線上に魔力の刃が飛んでいる。
まるで、あの男が使う剣術『龍太刀』のように……
私の視覚と魔力感知が告げていた。
あの化け物と戦っている人数は四人。
マミヤ・カエデ、ミラエル王子、ケネン王子。
そしてネル……
だけど、その全員の魔力が万全の時に比べてかなり疲弊しているのが分かる。
状況はネルが不利……
まさか、負けるの?
私以外に?
フザけないで……
「行こ、ヤミちゃん」
「えぇ、そうね……」