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57「恋愛観」


 ――断絶空創【風雲幻想大界域エアリアル・ファンジア】。


 それは世界を創る神の如き術式だ。


 だったらそれを斬り裂いてこそ、この術式は【神剣】であることを証明できるというものだ。


「リア、お前の言うことにも一理あるよ」

「……」

「確かに俺の術式は『命を懸ける必要のない』術式なのかもしれない。だから命懸けるよ、お前になら懸けられる」


 その剣を俺は両手で握り、振り上げる。


「この勝負に俺が負けたら、俺の人生お前にやるよ」

「そう、ちゃんと飼ってあげるから安心してね?」

「ぬかせ」


 それが、この勝負が終わるまでの最後の会話になった。


 俺は掲げた龍魔断概を振り下ろす。

 その瞬間白い魔力ほのおの奔流が斬撃に乗って世界そらを走る。

 それは空間に対して亀裂を生じさせ、傷はどんどん拡張していく。


 世界がヒビ割れる。


 ヒビはどんどん巨大になっていき、ガラスが割れていくように世界は崩壊していく。

 亀裂の奥に見えた俺たちが元々居た森林の景色が、空を象徴するこの異世界と入れ替わっていく。


 それを見たリアが世界が崩壊する前に術式を発動させた。

 右腕の袖を捲り、そこにあった渦を巻くような傷跡に魔力が浸透していく。

 あれは確かに五十年前に俺が龍太刀で付けた傷だ。


「風龍召喚」


 その傷を何かの魔術の触媒にしてるのか?

 あんな傷……治そうと思えば治せただろう。

 俺が付けた傷があいつの中に残っていて、それが意味を持っている。


 あぁ、気持ち悪ぃ……

 なんで俺はそれを心地よく感じてる?


「来なさい――【シルフィード】」


 それは実体を持たない。

 それは姿を持たない。

 それは風属性の魔力によって形成された不定不可視の巨大な龍だった。


 骸瞳魔覚アンデッド・ビジョンで龍を象ったような魔力を感知した俺は、もう一度剣を構えた。


「行け!」


 リアの指示に従って、突撃してくる風の龍。

 風が故に物理的な干渉をほぼ無効化する。

 不定形故に斬り刻んでもすぐに元に戻る。


 あぁ、それもまた『最強の魔術』だ。


 けれど、所詮それは『魔術』でしかない。


「龍魔断概」


 俺の一刀はその不死身の龍を一刀で切り伏せた。

 龍が消失し、龍を貫通した斬撃が更に世界を崩壊へ導いていく。



 ――飛行術式LV2



 前世で常にそれを使っていた経験から。

 今世でリアという見本を見たことによって。


「空歩」


 俺は空を立つ術式を会得した――


 崩壊する世界の中を駆け抜ける。

 俺の肝とも言える術式、『龍太刀』を完成に導いてくれたエルフへと俺は全力で走る。


 俺はお前に感謝してる。

 お前の眼がなければ龍太刀の完成はもっと遅れただろう。

 お前が俺を負かしてくれなかったら、今の俺はもっと弱かっただろう。


「お前が居たから今の俺がある!」

「ッ……!」


 何かの術式を発動させようとするリアの手を俺は掴み取った。

 リアが発動させようとしていた術式の起動が完全に止まる。


「本当? 私の存在はお前にとって意味があるの?」


 リアの眼が俺をジッと見つめている。

 術式を見抜くその眼でも、他人の、しかも数十年も会わないような仲の相手の真意を知ることなんて不可能だ。


 今の今まで気が付かなかった。

 リアは失望してたんじゃない。

 リアはずっと、俺を不安そうに見つめていたんだ。


「当たり前だ。お前は俺にとって必要な存在だ。不安にさせちまって悪かったな」

「ほんとにね……」


 そう言ってリアは俺の頬を抓った。


「いつになっても会いにきてくれないしさ……」

「ごめんって」

「余計なこと考えちゃうし。だからその発散に強さばっかり追い求めちゃって、こんなに行き遅れてるのよ? どう責任をとってくれるつもりなのかしら?」

「……何して欲しいんだよ?」

「そうね、それじゃあ私の仕事を手伝ってくれる? それでチャラにしてあげるから」

「そういやなんでこんな森に居るのかも聞いてなかったな。ま、手伝える内容なら手伝ってやるよ」

「ありがとう」


 そう言ってリアはジンジンする俺の頬を撫でていた。

 自分で抓ったクセに、都合の良い奴だ。


「それじゃあ約束を守らないとね」

「約束? あぁ、もう子供とか言い出さないならいいって……」


 ちゅ。


「ん?」


 リアは短く俺の唇に自分の唇をくっつけた。


「私の騎士になってくれるならキスしてあげるって昔約束したでしょ?」


 してやったりとばかりに自慢げに俺を見るその顔が、少しムカついた。


「お前、負けたクセに生意気だな。なぁリア……」

「何よ?」

「前に会った時、俺は俺のことをお前に説明することができなかった」


 それは目的と手段の入れ替わった俺が持つ欠陥。

 他者に理解されることを諦めたとか言って逃げた結果だ。


「だけど今なら、お前になんて言うべきなのか分かる」

「……」


 俺の一言一句を聞き逃すまいと、真っ直ぐにリアは俺を見つめた。


「俺が目指すのは最強だ。そのためだけに俺は今を生きてる。そのためにはお前や他の人間は全部邪魔なだけだと思ってた。だから俺は最初に会った時、お前を面倒くさがったし、二度目の時もお前とどうなればいいのか分からなかった」

「馬鹿ね……私がお前にとってどういう存在で居たいかは私自身が決めることよ」

「あぁ、そうだな。だからお前に言うべきことは一つだ」


 龍魔断概は誰かを守ろうとする意志に呼応して発現した。

 それが今の俺が持つ最強の力だ。


 甘えたいわけじゃない。

 信頼したいわけでも信用されたいわけでもない。

 敵とか味方とか、そういう区分で括れる存在じゃない。


 ただ、純然たる事実として、俺の力は俺以外の人間の存在によって開発されてきた。


「俺を強くしてくれるお前が好きだ、リア」


 結局、俺の感情は全て『強くなりたい』という意志へ帰結する。

 恋愛感情すらも、俺の始まりは結局そこだ。


「一貫性もあり過ぎるとキモいわね……」


 普通の人間からすれば意味不明な理屈だと、そう自覚してる。

 それでも変えられない。

 四百と余年、俺はまだ大人になれていない。


 子供との融合を繰り返していることも理由の一つだろうけど、それ以前に何よりも最強という夢を諦めきれないから。


「うっせ。分かってるよ。美貌とか気立てとか、性格とか相性とか……普通はそういうので好意を持つモンなんだろ? けど俺はそういうのよく分かんねぇから」

「別にいいんじゃない? その人のどこを魅力的に感じるかなんて個人の自由でしょ。それに私はお前が満足して死ねるならそれでいい」

「そこが俺とお前の決定的な違いなんだろうな。俺はお前の幸せを願えてる気がしないよ」

「そんなことはないわよ」


 リアは少し俯いて照れるように言った。


「だってその剣は、私を守るために召喚したんでしょ?」

「お前の眼、そんなことまで分かるのか」

「まぁね……お前はそのままで居なさい。私も変わらない。全力でお前を終わらせる」

「あぁ、いつでもかかってこい」

「えぇ、私はお前が最強へ至る最後の壁でありたい。もしくはお前が最強を諦める理由が私でありたい」


 どんだけイイ女なんだよこいつ……

 そう思うと同時に眩暈がした。

 体内の魔力が殆ど残っていない。

 神剣を長時間出し過ぎた……


 俺の身体は最早俺の操作できるところにはなく、リアにもたれかかるように倒れる。


「ネル? ……おやすみ」


 俺を包んだリアの手は今まで感じたことがないほどに心地よかった。



 ◆



 目が覚めると家の布団の上だった。

 横にはリアが居て、澄ました顔で本を読んでいた。


「おはよう」

「あぁ、おはよ」

「勝負は引き分けってことでいいわよね?」

「まぁ、気絶しちまったしな」

「ってことは約束は両方とも守られないってことでいいわよね」

「あぁ、そうだな」


 リアが勝ったら俺の人生を渡す。

 俺が勝ったら、俺が俺以外を最強にして満足することを諦める。

 二つの約束が両立することがない以上、その二つは両方とも執行されないってことにするしかない。


「それじゃあまた、もっと強くなってお前に挑むわ」

「あぁ、楽しみにしてるよ」


 そこで扉がノックされ、リョウマが部屋に入って来る。


「ネルさん、そろそろ起きましたか?」

「おう」

「晩御飯できましたよ」

「晩飯?」


 窓から外を見れば陽が落ち始めていた。

 結構な時間寝ていたらしい。

 まぁ、魔力が完全になくなってたから仕方ないな。


「リアさんも食べますよね?」

「いいの?」

「個人的に僕は貴方のことが嫌いです。だけど僕みたいな半人前が客を選ぶつもりはありません」

「そ、それならいただくわ。ありがとう。さっきは悪かったわね」

「いえ、僕もすいませんでした」


 その日の夕飯はもみじ鍋だった。

 鹿肉を使った鍋料理をそう呼ぶらしい。

 まぁ例に漏れず、普通の鹿肉じゃなくて角が発光する体質の鹿だったけど。


「それで、結局お前は何をしにこの森に来たんだよ?」

「剣聖になるためよ」

「……剣聖?」

「十年に一度開かれる次期剣聖を決める大会に参加するためにこの『の国』に来たの」


 剣聖……

 世界に七人しか居ない剣術の最高峰。

 俺の剣の師匠『タガレ・ゲンサイ』も持っていた剣士として最上位の称号だ。


 それを決めることができるのは世界にたった一人だけ。


 始まりの剣聖と呼ばれる最古の剣聖が、十年に一度の御前試合に置いて次の十年にその称号を名乗れる人間を決める。

 俺もいつか参加したいとは思ってたけど、今がそういう時期だったのか。

 少しは人里にも行くべきだったな……


「けどそれが開かれるのは首都だろ? この森に来る理由にはならないんじゃないのか?」

「だって、今回の御前試合の開催場所はここよ」

「は?」

「え?」

「御前試合の内容は始まりの剣聖が決めるものよ。まだ参加者にしか伝えられてないし、どんなことをするかは伏せられてるけれど、二カ月後のこの森が開催場所ってことは決まってるわ」


 私以外にも下見に来る人はいるんじゃないかしら、とリアは付け加える。


 今現在、この森はこの国の中でも屈指の危険地域だ。

 そこを開催場所に選ぶってことは、この自然環境自体を試練として機能させる思惑でもあんのか?


「だから私は下見に来たのよ。他の参加者も近い内に来るんじゃないかしら」

「剣聖を決める大会か、俺も参加してぇな……」

「無理よ。もう候補者は出揃ってるわ」

「だよな……」


 なんとかなんないかな……

 つーかこの森でやるなら俺が魔獣役として……

 いや、思考がバトルに引っ張られ過ぎか。

 結局『剣聖』の称号を貰えないんじゃ俺の力の証明にはならない。


 自分の力を他人に認められたいわけじゃない。

 俺のはただの自己満足だ。

 だが、剣聖という剣士として最上位の称号は俺の現在地を知るための計測器としてかなり優秀だ。


「参加者って何人なんだ?」

「七人の剣聖と七人の挑戦者。その中で始まりの剣聖が出すお題をクリアした七人が次の剣聖になれる。って言っても始まりの剣聖は流石に自分が負ける仕様にはしないと思うけどね」


 そう説明したリアは緑茶を啜っている。

 そんな大事な試合が控えてるにしては緊張してないな。

 まぁその方がこいつらしいっちゃらしい。


「で、お前はなんで剣聖になりたいんだよ?」

「剣聖は世界全土に轟くほどの称号よ。それを持ってる人間が国に居るというだけで他国へ睨みを利かせることすら可能。エルフの里はそんなに大きな国じゃないし、戦争なんて野蛮人のやることに乗り気な奴は少ないわ。だから……」

「戦争せずに戦争に勝つために、剣聖って称号がある方が都合がいいわけか」

「そーいうコト。というか有って困るものじゃないし、私としては貰えるなら貰っておこうってカンジだけどね」


 そんな適当な感覚で剣聖に挑もうとしてんのは、参加者の中でこいつくらいのモンだろうな……


「なるほどね」

「それで、ネルの寝室ってどこ?」

「は?」

「だって私、今日からここに泊まるのよ?」

「……なんでそんな話になってんだよ?」

「手伝ってくれるって言ったじゃない。私が剣聖になるためにはこの森の環境を知る必要があるでしょ。だから泊めて?」

「手伝えってそういうことかよ……はぁ、空いてる部屋あるから好きに使ってくれ」

「あら、あんなキスしといて一緒に寝るのは嫌なの?」

「あー、そういう意味か。それじゃあ遠慮なく抱かせて貰おうかな?」

「うっ……そーいうところは生意気で嫌い」


 少し顔を赤らめながら視線を逸らしたリアに、もう少し困らせてやろうと思って近づこうとした時……


「おっほん!!」


 リョウマが大きめの咳払いを一つした。


「まぁ、また今度な」

「……そうね」



 ◆



 その後リアは一週間ほど俺の家に滞在し、森林の探索を終えて首都の方へ戻っていった。


 その間に何度かリアと手合わせした。

 互いに本領は使わず、『断絶空創』と『龍魔断概』を縛って戦ったがそれでも勝敗は五分……いやリアの方が少し強いように感じた。


 まだまだ精進しないとダメらしい。


「はぁ……使えるモンを出し渋ってる場合じゃねぇよな……」


 リアが帰る前、御前試合の参加者の名前を聞いた。

 剣聖側の方は殆ど知らない名前で、知ってるのはマミヤ・カエデくらいだったが……挑戦者の方には知ってる名前があった。


『えっと確か、ヨスナ、アル、リンカ、ミラエル、ネオン、ヤミ、とかそんな名前だった気がするわ』


 てか、アルって奴以外は全員知ってる名前だ。

 これが偶然だと思うほど俺は楽観主義者じゃない。

 こいつら全員を知る存在を俺は一人だけ知っている。


「なぁビステリア、勿論説明して貰えるんだろうな?」


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