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58「敵対する者」


 虚空へ向けた俺の問いは、電波を使って遠方へと飛んでいく。

 前世の俺は基本的にずっとインカムを付けていたが、今回の人生ではインカムを付けるのはビステリアに俺の方から用事がある時だけだった。


 女神が都市を消滅させた。

 なんて話を聞いて今まで通りってのも難しい話だ。

 勿論、単刀直入にビステリアに聞いてみたが、ビステリアの答えは『そんなことはしていない』だった。

 それ以上に詳しい話は『禁止事項です』の一点張り。


 マカベルとビステリア。

 信用度で言えば、まぁ、どっちも似たようなものだな……


『確かに彼らの中の幾人かは私が呼び寄せました』


 ビステリアからの返事は数秒の間を置いて帰ってきた。


『リンカとヤミには私から直接。ネオンはティルアートに頼みました。ヨスナと貴方の死体……今はアルと名乗っているようですが、その人物に関しても幾つか手を打って剣聖という称号に興味を持つように誘導しました。ですが、ミラエルとリアに関しては私の知るところではありません』

「そうか」

『怒らないのですか? 貴方はもっと感情的な人間だと思っていました』

「別にあいつらが来たのがお前に誘導されたことだとしても、それは誘導されたあいつらの責任だ。それはいい。それより俺が知りたいのは、なんでお前がそんなことをしてるのかってことだ」

『貴方が喜ぶかと思って』

「パーツが新しくなって冗談言えるようになったのか? お前が俺に協力してるのはお前にメリットがあるからだろ。ってことは今回のこともお前は自分にメリットがあるからやってるってことになる」

『冗談ではありませんよ』


 抑揚も息継ぎもない声でビステリアは話し続ける。


『貴方は聖剣を知り、女神と邂逅し、リアスコードを手に入れた。貴方は急速に世界の真実へ近付いている。マカベル・ハウストが貴方に語った観測事実に嘘はなく、その推論に間違いと呼べるものはありません』


 俺はマカベル・ハウストから得た情報を言伝でビステリアに話した。

 それを教えることでビステリアから何か聞けることがあるんじゃないかと思ったからだ。


「じゃああいつの文明を滅ぼしたのはお前らってことか?」

『それは違う。ですが、それ以上は禁止事項です』

「やっぱそれかよ……」

女神われわれは確かにこの星に生命を生み出した。女神わたしたちの役割は種の健全かつ急速な進化を促すこと。今、貴方がこの森でやっていることを世界規模で行っていると考えれば納得できるでしょうか?』

「だけど、お前は機能を失っている」

『その通りです』


 少し、頭を使うか。

 最近は戦闘にばかりかまけていたから、魔術師的な考察をおざなりにしていた気がする。

 子供の脳神経じゃあまり難しいことに興味を持つのは難しかったが、二十歳を過ぎている今なら少しは考られる。


 まずは、仮に――こいつの言っていることが全て嘘ではないとした場合を考えてみる。


 ビステリアには『禁止事項』という、話すことができない秘密がある。

 が、今こいつが言っていることは少し前まで『禁止事項』だったことだ。


 俺があの金属を与えたことで喋れるようになったのか……いや、違うな。

 パーツが増えたからって言えることや言えないことに変化があるとは思えない。


「お前が言えるようになる内容ってのはつまり、俺が自力で到達した情報に関してってことか」

『その通りです』


 なるほどな。


 女神はこの星に生命を生み出した。

 それを管理し種の保全、健全な進化をもたらすことが役割。


「もしかして、進化の選択肢を狭めるような情報が禁止されてるのか?」

『禁止事項です』


 だが、ビステリアを含めて女神は現在力を失っている。

 アガナドにくっ付けられていたような特殊な金属を回収することで、女神は力を取り戻せるとビステリアは言っていた。

 取り戻すって表現からして、元々その金属は女神の身体に使われていたもので、何らかの要因でそれは女神の身体から奪われた……


 マカベル・ハウストの文明を滅ぼしたのは女神。

 だが、それをやったのはビステリアではない。


 マカベル・ハウストの推論は、女神ティルアートからメールが来たという論拠しかなく確実性に欠ける。


 だが、ビステリアはマカベル・ハウストの推測は間違っていないと言った。


 ティルアートは自分を第六女神と言っていた。

 つまり、女神は最低でも六柱存在する……


 なんとなく、分かった気がする。


「女神どうしで争ってるのか?」

『禁止事項です』


 もし違うなら、違うと言うことを禁止する意味はない。

 少なくとも、俺のこの推論は全くのハズレではないってことだ。


『ネル、私は貴方にもっとゆるやかに成長して欲しかった。貴方には無限の時間がある。それを十全に使い、長い時をかけて少しずつ強くなって欲しかった。けれど貴方は知ってはいけない事実まで到達しようとしている。罰が下る、転生でも回避できない罰が……』

「お前は最初、俺の転生術式に介入してきた。もしもお前と敵対してる女神がお前と違って力を封印されてないなら、俺の転生術式を妨害することもできるってことか?」

『可能性は十分に存在すると思います』


 そして、俺はそいつらが文明を滅ぼしてまで隠したかったであろう情報を知っている。


 狙われる可能性は十分。

 いや、あっちから来てくれるってんなら都合はいい。

 しかしビステリアのビビりようからして、今の俺の力じゃ多分まだ足りないんだろう。


 ビステリアは何度か『俺には勝てない』と言っていたことがある。

 だがそれは大抵、周りに居る誰かと協力しろって意味だった。


「つまり、あいつらを呼び寄せたのは協力して悪い女神サマに対抗しろってことか?」

『いいえ、違います』

「そろそろ考え疲れてきたんだけど、じゃあ何のために呼んだんだよ?」

『単純な話です。彼ら彼女らを糧とし、迅速にレベルアップしてください』

「あはっ」


 あぁ、それはヤバい……


「ははっ……」


 笑いが堪えきれない。

 想像しただけで楽しそう過ぎる。


「けど、リアが御前試合の参加者は埋まってるって言ってたぜ? どうするんだよ?」

『……それは、自分で考えてください』


 ビステリアは、唇を尖らせたような声色でそう言った。

 そこは考えてないのかよ……



 ◆



 その後、冷めやらぬ気持ちのままに森林の魔獣を狩っていく。

 この作業も森林内の魔獣の覚醒を促す上で必要なことだ。

 俺に蹴散らされることは、この森の生き物にとって滅亡を意味することだ。


 だから覚醒しなきゃいけない。

 種の存続のため、俺に勝たなきゃいけない。

 通常の自然界では、擬態能力を得たり、逃げる力を得たり、エネルギー効率を上げたり、餌の種類を変えたり、『戦いから逃げる』方向の進化が起こることも多い。


 だがこの森では、戦闘への適応でしかクリアできない問題を幾つも配置している。


 単純な話だ。この森の生物は殺され続けることで、魔力的な覚醒を促される。


 俺は現れる多種多様な魔獣を斬り殺していく。


 雷光を発する鹿。

 炎を飛ばす蝙蝠。

 音波で耳を破壊してくる蝙蝠。

 他種の血を吸うことで魔術を模倣する蝙蝠。

 息に幻覚作用を持つ蝙蝠。


 蝙蝠多いな……

 こいつ食えんのかな……?


 まぁこの鹿だけでも晩飯には十分だ。

 適当に山菜を摘まんで俺は家に戻った。



「ただいま……?」


 俺の家は、戸を開けた一階がリョウマの食事処になっている。

 店が生活空間の奥にあるってのもおかしな話だから、リョウマが来てから改築した。

 だから、リアの時もそうだったが仮にこの家に来客があった場合、その接待は入ってすぐの場所で行われることになる。


 そこには俺の知らない男が二人いた。

 一人は無精髭のおっさん。

 左右の腰に剣を二本ずつ、さらに背に三本、それに小さな武器を幾つも懐に仕込んでいて、顔以外の全身は赤い鎧に包まれている。


 全身武器人間。

 そんな様相の黒髪の偉丈夫だ。


 見ただけで分かる。

 こいつはまぁまぁ強いな。

 どれくらいと言われても困るが、多分エルドよりは強いだろう。


 だけどその男がどうでもいいと思えるほどに、奥に座るもう一人の老人が気になって仕方がない。


 その身体はまんべんなく鍛えられており、常に身体強化を纏っている。

 なのに、魔術を使っている感じがほとんどない。

 呼吸と同レベルなほど自然に身体強化を使っているからだ。

 そして隠されてはいるが、リアすら圧倒的に越える巨大な魔力……


 その男は長い白髭を伸ばしていた。

 ガタイは良くはない。どちらかと言えば痩せ型だ。腰には刀が一本。

 顔には多くの皺があり、人間なら八十は越えたような顔つきをしている。


 だが、この男は人間ではない。

 特徴的な長い耳……それは……


「あ、ネルさんお帰りなさい。この二人は……」

「初めて見たよ、エルフの爺さんなんて……」


 数百年を生きたエルフでも、大抵は見目麗しい目鼻立ちと、外見としての若さを持っている。

 だったらこの爺さんは、いったいどれほどの年月を越えてここにいるのだろうか。


其方そなたがネルという者か? なんでもこの森を造ったのは其方であるとか」


 そんなことを言いながら爺さんはリョウマを一瞥する。


「すいません、秘密にできなくて……」

「いや、構いやしねぇよ。そうだ爺さん、この森林の今の環境は俺が造った。それで、あんたらは誰なんだ?」

「貴様、師を知らぬと申すか」


 おっさんの方が、そう言って席を立つ。

 その拍子に机の上に置かれていた食いかけの煮物が入った皿が倒れ、中身が床に落ちた。

 あぁ、もったいね。


「知らねぇよ、テメェも誰だ?」

「何……?」


 睨み返すと少し驚いたような顔をしたおっさんは、舌打ちを一つした。


「ッチ。この方はアマツ様、始まりの剣聖と呼ばれるお方だ。そして私はクロガネ・ゼンマ、リョウマの父親であり、剣聖の一人だ」


 父親……剣聖か……

 リョウマの奴、思ってたよりも大物だったらしい。

 というかこれってすげぇチャンスなんじゃね?


「まぁなんだ、こんなところまでご足労いただいたんだから話くらいは聞いてやるよ。剣聖サマがなんの用だ?」


 俺の言葉に答えたのはアマツと呼ばれた老エルフの方だった。


「いやなに、ここを次の剣聖を決めるための試練の場としようと思っておるのだ。下見に来たのだが管理者が居るのなら挨拶くらいは必要だと思って其方が帰ってくるのを待っていた」

「なるほどね、だったら一つ条件を出してもいいか?」

「ほう……?」

「ふざけるなよ貴様、もしも貴様が本当にこの森をこのような魔境へ変えた張本人であるというのならば、国に指名手配されるほどの大罪人ではないか。そのような者が師へ条件などと戯言も大概にしろ」


 このおっさんの言っていることは至極真っ当なことだ。

 何の不備もない、当たり前で、常識的で、当然の主張だ。


 だけど、場所が変われば道理は変わる。

 力の差や勝者の意志で、通念や倫理観は簡単に変わる。


「じゃあ帰って大名にでもなんでもそれを主張してこいよ。討伐隊でもなんでも寄越せ。まぁ、それが悉く逃げ帰ってるからこの森はまだあるわけだけどな?」

「それがどうした? 今私の目の前に諸悪の根源があるのだから、それを断ち斬れば終わる話だろう」

「あぁ、それでこそ剣聖だ。磨いた力を笠に着て、自分に都合の悪い存在を黙殺する。最強の在り方なんて、それでいい」

「貴様如きが剣聖を語るな。私の息子を誘拐し、あまつさえこのような危険な森を造り出し、多くの人間を殺した。その首、斬り落とされるには十分だろう」


 剣聖ってのはそんなこと気にするのか……

 ヨハンやネオンと同じような聖人の理屈。

 それが、最強の剣士に必要なメンタリティーなのだろうか。


 剣聖ってのは剣を極めた人間だ。

 それは俺と同じように、ただそれだけのために生きてきた人間だと思っていた。


 だけどなんかこいつは、そうじゃない感じがする。


「悪を断つ。それが力の役割だ」

「そうかい。だったら俺もアンタに敬意を表して命を懸けよう」」


 リアの言葉を思い出す。

 転生術式は命を懸けた修練を何度でも行うための術理。

 だけど、俺は『死なない』というその性質に甘えて、本当の意味で命を懸けていない。


 そんなつもりで戦ったことはなかったが、正しい指摘だと思う。

 確かに俺は、俺の命を蔑ろにしている。

 だから、自分に戒めを作ってみることにした。


 ――こいつに負けたら、俺はもう転生しない。


「代わりにお前も懸けろ。お前が負けても生かしてやるから、剣聖の称号を俺にくれよ?」


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