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59「剣聖の規格」


「剣聖の称号を寄越せだと?」


 剣聖の称号があれば御前試合に参加できる。

 あいつらと全うな理由で戦える。

 それにこいつを含め剣聖を関わることは今の俺の実力を試す良い機会だ。


「あぁ、弱い奴に相応しい称号じゃねぇだろ?」


 たった七人しか名乗ることを許されない剣士として最上位の称号。

 それが剣聖だ。


「俺が剣聖じゃないのに、俺に負ける奴が剣聖なんておかしな話だと思わないか?」

「貴様のような下衆にこの称号が相応しいわけがあるか。そもそも剣聖とは師より賜る称号だ、私の一存で決められるものではない!」


 そりゃそうか。

 こいつが勝手に決められるなら剣聖を決める御前試合もクソもない。

 だが、剣聖は常に七人いるはずだ。

 なのに御前試合は十年に一度しか開かれない。

 その間に死んだりして欠員が出たらどうするのか気になってたが、そもそもこの爺さんが一任できる権利を持ってるわけだ。


「じゃあそっちの爺さんに聞けばいいんだな」


 俺はアマツと名乗った老エルフを向き直る。


「俺がこいつに勝ったら俺を剣聖にしてくれよ」

「構わぬぞ」


 茶をすすりながら爺さんは眉一つ動かさずに返答した。


「師よ!」

「クロガネよ、其方そなたが負けなければ良い話だ。それとも自信がないか?」

「俺も全く同意見だ。どうする、おっさん?」

「よかろう……貴様の性根を叩き直してくれる」

「そんじゃあ表に出ようか」


 俺がそう言うと鎧のおっさんは家の外へ出て行く。

 俺もそれを追おうとすると、リョウマが俺の手を掴んだ。


「ネルさん、認めたくはありませんが父の実力は本物です。やめた方がいいです」

「なぁリョウマ、俺はかなり腹を空かせて帰ってきたんだ。お前の料理を楽しみに帰ってきたんだ。なのにあいつはそいつを床にぶちまけて謝罪の一つもねぇ。殴り飛ばす理由がそれ以上に必要か?」


 俺の言葉に目を丸くしたリョウマの手を振り解く。


「存外、面白い出会いかもしれぬな」


 いつの間にか俺の前に居た爺さんはそんな言葉を呟いて外に出て行く。

 それを追う形で俺とリョウマも家の外に出た。


 リアと戦った時と同じような位置関係で、俺と鎧のおっさんは立つ。


「ネルとやら、後悔するなよ」

「アンタはこの勝負を受けたことを好きなだけ後悔してくれ」


 見るだけでも剣を七本。

 懐にも小型の武器を幾つか仕込んでるように見える。

 かなり特殊な戦闘スタイルだ。

 楽しみ。


「行くぞ」


 そう言っておっさんは腰の剣を一本抜き放つ。

 全部を同時に使うとか、そういうことではないらしい。

 剣ごとに用途が違うのか?


 抜き放った剣に魔力が宿る。

 武器を強化する身体強化の応用技か?

 いや、それだけじゃないな。

 あの剣、元から魔力を宿してる……

 魔剣か?


 作成に魔術的な工程を持つ剣。

 それを一般には魔剣と呼ぶ。

 俺のような魔術で一時的に召喚するものはその中でも特殊な部類で、基本的には鍛冶の段階で魔術による強化を施されたものの方が一般的だ。


 多分、このおっさんが持ってる剣は全部『魔剣』だ。


「泣け、【ワダツミ】!」


 おっさんは俺との距離が二十メートルほどあるにも関わらず、青い刀身を持つその剣を振り降ろす。

 瞬間、空間を切り裂いて溢れたように津波が俺に放たれた。


紫熱連環しねつれんかん


 結界術式を発動すると、波は高く昇り、俺の視界は水に覆われる。

 その奥からおっさんの声が更に響く。


「轟け、【ライデン】!」


 雷属性の魔力。

 その放出を感知した瞬間、津波の中に雷が浸透する。


 津波で押し潰し、雷を流して焼き殺す。


 まぁ、結界で全体を覆っている以上、拡散性の強いその二つの魔術じゃ俺を殺すには至らない。

 引いて行く水を眺めながら、紫熱連環しねつれんかんを解除する。

 まだ、今のところあいつの攻めはあまり脅威には思えない。


「付与――【蒼炎】」


 今度はこっちから近づいてみる。

 懐まで走って近づき、姿勢を低くしながら右上へ斬り上げる。

 対してゼンマはさっきも使っていた刀に水を纏い、俺の剣を受けた。


 瞬間、周辺に一気に水蒸気が発生し、白い煙が俺たちの姿を隠す。

 骸瞳魔覚アンデッド・ビジョンでおっさんの位置は分かる。

 だが、それは相手も同じだ。


 霧の中を雷が煌めいた。


 雷がミストを通電する。

 結界術式が間に合わない。


 反射的に身体強化の係数を引き上げるが……


「ガッ!」


 普通の人間なら即死してる電圧だ。

 身体強化を纏ってても全身が痺れる。

 剣聖とまで呼ばれた男がその隙を見逃してくれるはずもない。


「これこそが我が最奥、【毛牙究明もうがきゅうめい】」


 そう言ったおっさんの手には赤い刀身の剣が握られていた。


 猛火が勢いよく俺へと迫る。

 水に雷と来て今度は炎か……

 幾ら魔剣を幾つも持っていると言っても、それをここまで効果的に使っているのは器用な証拠だ。


 だけど所詮、それは小手先の技でしかない。


 筋肉が痙攣していても脳は動く。

 脳が動くなら魔術は使える。


「蒼炎龍砲」


 渦巻く蒼い炎がゼンマの放った炎に追突する。

 威力の差は歴然で、赤い炎はまるで龍に飲み込まれるように蒼い炎へ吸収され押し返される。


「なっ!? ワダツミ!」


 咄嗟に水で剣でそれをガードするが、それは悪手だ。

 蒼炎龍砲は俺が使える術式の中で最大の火力を持つ。

 それと水が接触すればどうなるか。



 ボォォォォォンンンンンン!!!



 水の中で爆発したことでくぐもった爆発音が轟く。

 高い水柱と共にゼンマは吹き飛んだ。

 まぁ、剣を盾にして衝撃から身を守ってんのは大したものだ。


 ノーダメージってわけじゃなさそうだが、それでもまだ戦えそうな様子でゼンマは着地した。


「で?」

「なに?」

「いや、どれだよ?」

「なにがだ……?」

「だから、お前の最奥のもうがなんちゃらってのはどれだって聞いてんだよ」

「……」


 俺の問いにゼンマは手を顎に当てて小首を傾げる。


「ふむ、確かにな」


 なんなんだこいつ……


「最奥【毛牙究明もうがきゅうめい】は、剣の性質を見抜き、その真価を引き出す技だ。この力があれば敵が使うあらゆる剣技は後手となり、私が使う魔剣の性能は数段増す」

「それで魔剣を大量に持ってるわけか。つっても、ハナから剣頼りの戦術なんていけすかねぇな」

「貴様の好みなど知ったことか」


 まぁ、そりゃそうだな。

 にしても剣の性能を見抜く力か。


「便利な力だな。だったら俺の剣も鑑定してくれよ」

「その鈍をか?」

「いいや、俺の魔剣の話さ」


 拾った剣を捨て、空いた手の中に俺の愛刀を呼び出す。


「なんだ……それは……?」



 ――魔剣召喚【龍太刀】。



 その術式を発動した途端、ゼンマは後退った。

 目を見開き、俺の剣を凝視する。

 額に汗が滲み、動悸が増していく。


 どうやら、俺の魔剣にはあいつを驚かせるくらいの力はあるらしい。


「もう小手調べはいい。さっさと本気で掛かって来いよ、剣聖」


 魔剣を構えながらそう笑いかけると、おっさんは眉間に皺を寄せながら剣を振るった。


「泣け、ワダツミ!」


 その津波は龍太刀によって両断される。


「轟け、ライデン!」


 その雷は龍太刀によって両断される。


「猛れ、エンマ!」


 その炎は龍太刀によって両断される。


「散れ、リョウラン! 吹け、フブキ! 唸れ、ドクジン! 輝け、コウミョウ!」


 風の一太刀を、雹の雨を、大地の隆起を、光の一刀を……

 俺はゼンマが持っていた全ての魔剣の一撃を、龍太刀によって撃破した。


 打ち砕くたびに、一歩ずつ、俺は距離を縮めていく。


「なんだ、その剣は……」


 最早、その意志は歴然だった。

 この男は完全に俺に恐怖していた。


 その顔を見ていると、自分のやる気が失せていくのを感じた。


 俺、何やってんだろ……


「終奥・龍太刀」


 放った斬撃はおっさんの真横を通り抜け、奥の木々を粉々にしていく。


「なぁ、これで終わりなのか?」


 剣聖ってのは頂点の剣術を扱う者たちだと思っていた。

 剣士という枠組みの中では『最強』へ達した人間たちだと思っていた。


「お前はこの程度なのか?」

「その剣は……私の人生でも見たどのような宝剣よりも……」


 震える瞳は俺の手に握られた【魔剣・龍太刀】から離れない。

 この剣はこいつにとって恐怖の象徴らしい。

 剣の性能を見抜く力。それを持つこいつがこうなるってことは、俺の龍太刀への対抗手段はもうないのだろう。


 こんなのが剣聖……?


 俺が憧れたのは、そんなチンケな力じゃない。

 タガレ・ゲンサイは、本物の剣聖は、きっともっと強かった。


「二刀流・龍太刀」


 左手に呼び出したもう一本の龍太刀を、おっさんの方へ投げ渡す。


「本気でやってくれよ。頼むから」


 俺がそう言った瞬間、クロガネ・ゼンマの表情は怒りに染まる。

 俺が向けたのは本来『剣聖』が向けられるはずのない、『落胆』と『失望』。

 やっと、怒ってくれたらしい。


「貴様にはやはり人間性というものが欠けている。強さだけが人が持つ輝きではないということを知るべきだ」

「それが自分の息子にやりたくもないことをやらせた理由か? くだらねぇ……俺が生きる理由は、俺の魂の中にだけあればいいんだよ」


 ハナから誰かに理解されるとも、認められるとも思ってねぇ。


「人間性とか、人間的とか、人間味とか、そういうのは他人からの同意がねぇと自分の意見にも自信を持てない奴が使う言葉だ。アンタだってそんなモン無視して研鑽してるから、リョウマに無理矢理剣をやらせてるんじゃねぇのか?」


 強さを研鑽したからこそ。

 そして自分では到達できない絶望を知ったからこそ。

 だからこそ、お前は自分の子供に夢を託したんだと思ってた。

 それは万人に認められる所業じゃない。

 それでも最強を追い求めた結果なら、俺はアンタに少し共感できる。


「やけに息子のことにこだわるな。私がリョウマに剣を教えるのは、正しい人間で居させるためだ」

「あぁそうか……アンタの自我は薄すぎる」


 どうやら違うらしい。

 根本的に、この男は最強なんて目指していない。


「じゃあその正しさを俺に勝って証明してくれよ」


 ゼンマは俺の転がした剣を手に取った。

 こいつの【毛牙究明もうがきゅうめい】は、剣の性能を真価120%を引き出す術理。

 それがあれば、俺の知らない『魔剣・龍太刀』の本領つかいかたを見せてくれるかもしれない。


 もう、こいつに期待できるのはそれくらいだ。


「敵の剣を握るなど恥でしかない。それでもこの剣を手に取ったのは己の不出来を自覚するためだ」


 ゼンマは龍太刀を上段に構える。

 魔力の動き、構え、俺のそれに限りなく等しい。

 手に取って一手目で再現するとは流石だな。


 だが、所詮それは再現……


「龍太刀!」

「龍太刀……」


 そこから得られるものは何もなかった。


 ゼンマが握っているとは言え、龍太刀は俺が召喚している魔剣だ。

 その威力は俺の魔力量に依存する。

 互いの龍太刀は対消滅する。


 魔剣の特性を使い、俺とゼンマは互いに二度目の龍太刀を放つ。

 三度目も四度目、ゼンマと俺は同タイミングで龍太刀を放っていく。

 決着は付かない。


 二刀流は術式のキャパを結構使う。

 この状態で他の術式は身体強化と魔力感知くらいしか使えない。


 だから、その差で決着がついた。


「燃身」


 炎属性の身体強化術式。

 筋肉の運動量を加速させるこの術式は、通常の身体強化よりも高い能力向上をもたらす。


 似たような技ならリアたちから受けたことがあるが、龍太刀を受けるのは初めてだ。

 こんな感じなんだな。


 だけど、それは俺の良く知る剣技で、こいつの太刀筋も『骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン』で見てれば憶えられた。


 圧倒的な発射速度を持つ龍太刀でも、太刀筋さえ見えているのなら――


「なんだと!?」


 身体を逸らし、飛来する斬撃の範囲から逃れる。



 太刀筋さえ見えているのなら――避けられる。



 俺とゼンマの龍太刀の発射間隔は全く同じ。

 故に、この一刀の差は勝敗を別つ差となる。


 俺は龍太刀をゼンマの右肩から先を斬り飛ばす勢いで放った。


「そこまでじゃな」


 そんな声が聞こえたと思ったその瞬間、人影が俺の斬撃に割り込む。


 アマツという始まりの剣聖が、俺の龍太刀を指先で受け止めてやがった。

 龍太刀の軌道が逸れ、明後日の方向へ飛んでいく。


 あり得ねぇだろ……

 何しやがった?


「邪魔すんなよ爺さん。こいつが剣聖だってことを俺は認めねぇ」

「認めない、か……確かに、勝負に勝った其方そなたにはその言葉を発す権利があるだろう。ゼンマ、構わぬな?」

「……くっ」

「剣聖とは強さだけが示す称号じゃ。敗者にそれを名乗る権利はない。御前試合の前ではあるが、儂の目の前でその偉業を為したのだから認めるには十分だ。じゃが少し、其方そなたは勘違いをしている」

「勘違い?」

「儂は千年この国で剣聖をしているが、龍を討てる程度が剣聖という称号の規格じゃ。しかし其方そなたは龍殺しなど苦ともせず成し遂げるであろう?」


 龍だったことがある俺ほど、龍について詳しい人間もいないだろう。

 白龍アザブランシュは龍という生物なのかすら怪しいレベルで異質な龍だった。

 黒龍に変身したヨスナの強さは通常の龍種とは別格だった。


 そんな奴らと戦ってきた俺が、例えば通常の『龍』を相手にしたとしても大した苦難はないだろう。


 もしも『剣聖』という称号がこいつの言う通りのものなら、そんなもの俺はとっくに超えている。


「所詮剣聖は人なのだ。其方そなたや儂のような怪物とは違う」


 タガレ・ゲンサイは『オーガロード』に敗北した。

 マミヤ・カエデがアガナドに勝てる光景を俺は想像できない。


 俺の人生で唯一『師匠』と認めた人間。

 それがタガレ・ゲンサイだった。

 だから、


 俺が勝手に過大評価してただけってことかよ……


「けどそれじゃあ、今回の参加者には勝てないぞ?」


 他の剣聖もゼンマと同レベルなら、リアやリンカやヨスナに勝てるわけもない。


「それは楽しみな話じゃのう。じゃが問題はない。今の最強を知るために御前試合は十年に一度も開いているのだから」


 御前試合、それは剣聖と挑戦者による決戦だ。

 それに打ち勝った七人が次の剣聖になる。

 まぁ、この爺さんは千年負けてないらしいが……


「だったら俺が面白くしてやるよ。他の剣聖はどうか知らねぇが、アンタは俺と同じだろ?」

「であろうな」


 そういうことか……

 そもそも剣聖って称号はこの爺さんのためだけの称号だった。

 なんでそれを『七人』まで増やしたのか、今分かった。


 この爺さんが探していたからだ。


 自分より強い相手を……

 自分に何かをもたらしてくれる存在を……


 俺と同じように、この爺さんは成長の兆しを探している。


「アンタは誰かに倒して欲しかったんだな、始まりの剣聖」

「あぁ、その通りだ。小童」

「じゃあやっぱり俺を剣聖にしろよ。俺がアンタを倒してやる」

「良かろう。では剣聖が持つ特権について説明せねばならぬな。奥義の継承、儂が持つ道場の師範代としての立場、国への様々な便宜、と色々あるが、何よりも重要なものがある……」


 そう言って、数千年を生きるであろう始まりの剣聖はゼンマが持っていた俺の『魔剣・龍太刀』を掠め取って構えた。


「それは、儂と戦う権利じゃ」


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