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60「同族」


「そういえば、どこでこれを会得したのか聞くべきだったな」

「なに?」

「儂が開発し、剣聖へ継承している奥義。終奥――【龍太刀】!」


 俺の魔剣を振るって放たれたその一撃は、さっきまでのゼンマの一撃とは比べ物ならない規模を持っていた。

 これは……このジジイは俺の魔剣の力なんか使ってねぇ!


 この龍太刀は、正真正銘この爺さんが放った一撃!!


「蒼爆ッ!」


 ギリギリで放った蒼爆の反動で、何とかその軌道から逸れる。

 後ろを振り向けば、その一撃は雲を断つ絶景を創り出していた。


 バケモンが……!


「継承した奥義っつったか? まるで龍太刀を造ったのはアンタって言ってるみたいだぜ?」

「そう言っている」


 俺の剣術の原点。

 目指していた剣聖の背中。

 このジジイは、それより更に上の次元に居るってわけかよ……


「終奥、魔奥、深奥、冥奥、最奥、秘奥、まとめて六奥を儂は剣聖たちに継承してきた。儂は、いつか、この奥義を越える剣術が生まれることを願っているのだ」


 そういうことだよな……

 このジジイにとって剣聖ってのは、俺にとってのリアたちなんだ。

 己を殺しに来てくれる存在。

 最強を目指すためにそれを欲す。


「そういう意味で今のつるぎは中々良い線をいっていたな」


 蒼爆を発動した時に、キャパの関係で俺は魔剣召喚を解除した。

 今は俺の手にも爺さんの手にも、龍太刀は存在しない。


「さて、次は其方の番じゃ。己が持つ最大の一撃を撃って見せよ」


 そう言って始まりの剣聖、アマツは薄く笑みを作った。


 この爺さんは別格だ。

 それは家の中で姿を見た時から分かっていた。

 俺が今まで見てきたどんな人間よりも澄んだ魔力を持ち、老いを全く感じさせないその気迫は確固たる実力を物語る。


「儂は敗北を欲している」


 強くなりたいと、そう願うからこその破滅願望。


 自分より強い奴と出会いたい。

 その気持ちは何より分かる。


 だから、応えないわけにはいかない。


「いいぜ爺さん、俺がアンタを越えてやる」

「その若さ、勇ましさ、羨ましい限りだ」


 今の俺の最高地点。

 しかしその技は守るべきものの無い今は使えない。

 ならば、今の俺に出せる最強は……


「聖剣召喚【加具土命カグツチ】」


 白い炎を薄く纏ったその剣は、あらゆる魔術を断ち斬る。


「ほう、其方は女神と契約を交わしておるのか」

「そんなことまで知ってんだな、流石年寄り。だけど悪いが、この力は借り物なんかじゃねぇ、俺自身の力だ」

「あらゆる魔力を否定する聖属性の魔力。そんなものは女神の力でしか見たことがない。じゃが、力の出所などどうでもいい。問題はその刃が儂に届くのかということだけじゃ」

「マジ同意」


 空いた左手から蒼爆を後ろ向きに放ち、前方へ加速する。

 片腕で振り上げた聖剣を、爺さんへ向けて叩き付け――


「こうか?」


 蒼い炎が、爺さんの左手から放たれた。

 爆発から推進力を得て、一瞬にしてその身体は俺の後ろへ回り込む。


 このジジイ……俺の『蒼爆』を模倣コピーしやがった……


「深奥【心羅】」


 呟やきと共に、いつの間にか抜かれていたアマツ本来の刀によって刺突が放たれる。

 聖剣で受けるが刃どうしが掠めるに留まり、滑った切っ先が俺の肩を切り裂いた。


「ほう、やはり魔術を断つのだな」


 この言い分からして、今の剣にはなんか特別な効果でも宿ってたのか?

 『深奧』と名付けられた技の力なんだろうが、聖剣がその効果を打ち消したらしい。


 舞った血を見ながら、俺は術式を起動する。


蒼炎龍砲そうえんりゅうほう!」


 されど――


「終奥【龍太刀】」


 拡張された一刀は龍の息吹を両断し、俺の脇を抜けていく。


 それは俺のコピーとはやはり規格が違う。

 その倍近い破壊規模を持ったオリジナルの一撃だ。


「龍の息吹など何百と斬ってきた」


 俺の放った最大火力は、しかし一刀の元に斬り飛ばされた。


 これがこの世で最も練度の高い龍太刀か……

 龍の身体でギリ追い付けるかってレベルの魔力量だ。

 それに技のキレも俺とは段違い。


 ヤバイな……

 こんなのは久々だ……


 勝てる気しねぇ……


 可能性があるとすれば『龍魔断概』一択。

 しかしあれは召喚に制限があり、守るべきものがなければ使えない。


 どうするか……

 諦める? あり得ねぇ、これは俺が望んだ瞬間だ。

 死んでも転生できるなんて甘えた瞬間、死ぬ意味はなくなる。


 はぁ……結局、やるっきゃねぇってことだ。


 誰かを守るためにしかその剣は使えない。

 今この瞬間、俺は何のために剣を振るう?

 俺が守りたいと願う相手は、この場には誰も居ないのか?



 何百年も無意味な研鑽に時間を使った。


 ――最強へ至る。


 俺にとってそれは快楽で、俺にとってそれは愉悦で、俺にとってそれはやりたいことで、俺にとってそれは……それだけが、俺が存在する理由……


 だけど、ふとした時に現実に気が付く瞬間がある。



 ――俺の人生には、何の意味もない。



 なぁ剣聖、アンタもきっと同じだろ?


「アンタの無意味な人生、俺が終わらせてやるよ」


 来い。


「神剣召喚――」


 ボッ――ボッ――ボッ――


 増減を繰り返す白い炎と共に、聖剣が変化を始める。

 行ける! 呼び出せる!! これで戦える!!!


 今の俺の全力をこの爺さんにブツけてやれる――!


「ここまでじゃな」


 そう言ってアマツは剣を鞘に仕舞った。


「は?」

「これは幼子が抱くような単純な感情によるものだ。儂の強さを知った其方が研鑽を積み、対策を講じ、そうして挑んでくる方が楽しい・・・


 そう言って始まりの剣聖、アマツは笑う。

 童心に帰ったようなその笑顔は、とても数千歳の老人とは思えなかった。

 同時に、こいつのそんな満足気な顔を見てしまえば……最早俺にはこの老人のために『龍魔断概』を呼び出すことなど不可能だった。


「儂を超えたいと願う其方に時間をやろう。一月と三週間、その後にある御前試合で勝敗を決めればよい」


 正直な話、龍魔断概を呼び出せたとしてもこの爺さんに勝てるかは分からない。

 それくらい、この爺さんの実力は別格だ。

 そして、爺さんの話を聞いて俺も確かにと思った。


 策を講じ、想定し、仕込み、この爺さんに勝つために俺の全て使う。

 それをやってみたいと思った。

 武力だけではなく、魔力だけでもなく、双方の全てを費やし、あらゆる戦術を思案し挑む。


 それは確かに俺の『研鑽』としてそれ以上はないものだ。


「……分かったよ」

「虎の月の第三火曜にこの森で御前試合は開かれる」

「俺も参加していいんだよな?」

「ゼンマの代わりに其方を剣聖の枠に入れておこう。儂が認めた強者七人と儂を含めた剣聖七人による次代の剣聖を決めるための死合じゃ。其方も参加するのであれば、きっと楽しくなる」


 その言葉にゼンマは口をつぐんでいた。


「ゼンマ、構わぬな?」

「……」


 俺に負けて、俺とアマツの戦いを見て、文句を言ってくるほどの胆力はないらしい。


「其方は善い男じゃ。じゃが、それだけでは剣聖という称号には足りぬ。最強だけが、剣聖の称号には相応しい」

「……はい」


 弱々しく頷く父親ゼンマの姿は、リョウマはなんとも言えない表情で見ていた。


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