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第12話

「俺はひねくれた質でね」

 冷ややかに言ってやった。

「考えが変わった。こんな真似をするなら新宿署に教えることにするよ」

「何ぃ」

 中野専務の血相が変わった。

「ちょうどあの事件以来親しくなった新宿署の刑事がいるんだ。そいつにこのことを全部訴えてやる」

 もちろんそんな気はない。挑発しているだけだ。

「馬場と言ってね、何かつかんでいる感じで」

 中野が懐に手を突っ込んだので俺はぎょっとした。

 出てきたのはスタンガンだ。内心ほっとする。本物の銃なんぞが出てきたら俺だってヤバイ。

「何の真似だ」

 背後にこいつの子分らが来ているのはとうに気づいていた。

「シマウマ野郎」

 確かにあの連中だ。

「専務とこいつらが組んでたわけだ。そこは分かったよ」

 言いかけているうちから雪崩こんで、俺を羽交い絞めにしようとする奴ら。俺は奴らの動きを読んで思い切り横に張り飛ばした。明らかに連中は一瞬ひるんだ。そこを突いて廊下に出ようとした。

 足をかけられた。畜生。

 中野が振りかぶった。

 馬鹿な連中だ。足は自由だ。思い切り中野を蹴りつけてやるのと同時に身を起こした。

 スタンガンを奪い取る。

「お前……!」

 中野が叫ぶ。

 俺はこれの使い方が分からない。ただの殴りつける武器、いやそれにもならないな。

 チンピラ4人、一人を投げ飛ばしてもう一人に当てて、スタンガンは脅しくらいか。俺はそれを握ったまま残った二人と中野に対峙した。

「やめろ、そこまでだ」

低い、どすの利いた声。

 何でここに奴が?

 馬場と数人の体格のよい男たちがそこまで走ってきていた。


「どういうことですか」

 俺たちは新宿署に連行された。

「ちょっと、どういう容疑で」

 問いただすように馬場に言うと、

「参考人として来ていただきます」

「またそうやって、被害者なのに容疑者みたいな扱いをする気だろう」

「それは全員の証言を聞かないと分かりませんがね」

 前を見たまま馬場は答える。

「大体、何であそこにあんたたち刑事が現れるんだ。どうなってる」

「どうなってるはこちらの台詞ですね、神楽さん、あなた、この連中と派手にやったのは二度目だって言うじゃありませんか。何で我々に訴えなかったんです。いや、故意に隠してましたよね、神楽さん」

 内心面倒になったなと感じていた。

 さっき新宿署に訴えると中野に言ったのは、単なる奴への挑発だったのだ。まさか本当に刑事たちが乗りこんでくるとは。

「俺が言いたいのはね、どうしてこいつらの犯行を事前に予測したのかってことで」

「ざーとらしい芝居は止めろ、くそ」

 急に前方を歩かされていた中野が首を捻って俺と馬場刑事をにらみつけた。

「お前ら、はじめからグルだったんだな」

 馬場が失笑する。

「どうした、だからなんだ? 被害を受けるところだった市民を我々警察が守るのは当然だろう」

 しれっとして馬場が答える。

「違う、急に暴れ出したのはこいつの方なんだ」

   俺は呆れた。支離滅裂だ。俺と馬場刑事がグルだったんだな、つまりハメやがったな、ということを言ったと思うと、次には俺が最初に暴れ出したのだとのたまう。

 中野のことはあまり深刻に考えなくてもよさそうだ。

 チンピラ連中と一緒にしばらくは入っていることになるだろうし、そこで彼らのうしろ暗そうな企業秘密も暴かれるかもしれない。

 厄介なのは馬場の方だ。

 何で、先日のこのチンピラたちとの騒ぎまで聞きつけたんだろう。


「正直に教えてくださいよ」

 俺は無意識に両手をスーツのポケットに突っ込んで訊いた。

 何度も会ううちに、この馬場とも――認めたくはないが――妙ななれ合いができてきてしまっている。いけない、下手に油断すると寝首を掻かれるぞ。馬場が何か企んでいるのは間違いない。

「何で今晩のことが分かったんですか。俺か中野専務を張ってたんですか」

「通報があった」

「へ?」

 俺と中野は路上では何も揉めていない。誰が通報したというのだろう。

「誰が」

「分からんが、若い女性の声だった」

 馬場は意味ありげな目つきで俺を見た。

「若い女性……、通りすがりの目撃者ですか」

「いや、以前にも同じことがあったと言っていたから、ただの通りすがりではないだろう」

 涼子! 俺の表情の変化に馬場はすばやく気がついた。

「心当たりがおありのようですな」

「さあ」

 俺はあいまいにごまかした。


 あの西武新宿駅前の狙撃事件の後に連れてこられた一室にまた通された。

 担当は馬場だ。

 馬場は少し廊下へ出て、驚いたことに湯飲みと菓子を持ってきた。

「けーさつでこんなもんが出るとは信じられないな」

「あなたは容疑者ではないですからね。事情をお話しいただく参考人様だ。お客さんですよ」

 猫なで声が気味悪い。

「かなり嘘くさいな」

「どうでも。この草饅頭は同僚の旅行土産ですよ」

 俺は湯飲みにも饅頭にももちろん手を出さなかった。馬場は饅頭の包装を解きはじめる。

「こんな勤務態度が許されるの」

「あなただって、コンサルティングをするとき、お茶など出しませんか」

「客の目の前で食ったりはしないな」

 喉は乾いていた。さっきカラオケボックスで見た氷だらけのアイスコーヒーのグラスが思い浮かぶ。

「で、その女性ですが」

 馬場は饅頭を一口に食べて咀嚼してから言った。

「名前を名乗られなかったんです。お知り合いなら、教えていただけませんか」

「ミサキ」

「え」

「ミサキさんです」

 俺はなぜこの「名前」を口にしたのかうまく説明できない。

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