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第30話

「あんた、フランス外人部隊にいたんだってな」

 行きとは打ってかわって、俺は杉田に話しかけた。

「ええ」

 実に簡潔に杉田は答える。

「どこに派遣されてたの」

「それは……」

「戦闘を、体験したのか」

「……」

「何で九段の部下になったんだ」

「あの方は」

 ハンドルを回しながら前を見て運転手は答える。

「人材を無駄にすることを好みません」

「ふうん、九段は君らに狙いをつけてかき集めたってわけか」

「……」

「銃も撃てるんだろう」

「ここは日本ですからね」

 俺はつい笑ってしまった。

「やくざはみんなドンパチやるわけじゃないのか」

「時代も変わりますし」

「馬場って知ってるか。新宿署の刑事だ」

 後部座席から観察したが、杉田は無表情だ。まるで気のなさそうに俺の問いに受け答えしている。実際、こいつにとってはどうでもいいことなのかもしれない。

「心当たりはありませんね」

 素っ気ない口調で杉田は答えた。

 それにしても、先日西武新宿駅前で銃撃事件が起こったばかりではないか。こいつらはかかわっていないのか?

 車は新宿駅南口改札より少し回り込んで、西口のロータリーの方まで進んだ。

 杉田はご丁寧にもまた運転席から出て後部座席に回り込み、ドアを開けた。

「悪いね」

 ややとまどって俺は答えた。

「お手間とらせました」

 慇懃に杉田は言う。俺が車から降りると、すっと走らせ、大ガード方面に消えた。

 さて、と俺は考える。

 こんな偶然があるものか。

 馬場がフランス外人部隊の話をしたかと思ったら、本物の経験者が俺の前に現れる。馬場と九段には何らかの接点があると考えるのがふつうではないか。


 小田急百貨店の入り口の辺りで俺はスマホを出した。

 馬場の番号を押す。

 ワンコールもしないうちに馬場は出た。早いものだ。

「神楽さん。実は私もまたお話を伺いたいと考えていたところなんですよ」

 そして低い声でひぃと笑う。相変わらずいやらしい笑い方だ。

「こちらも、聞きたいことがあるんだ。捜査秘密なんて言わないだろうとは分かってるんだけどね。高田さんの奥さんの襲撃事件の続報も知りたいし」

「どうぞどうぞ。お話できる範囲でお話しますよ」


 馬場の機嫌がやけにいいのがまた気に喰わない。

「こちらにお越し願えますかね」

 新宿警察署ということだ。

「構いませんよ」

 いつの間にか俺も慣れてしまっている。

 カウンターで用件を言うと、いつもの部屋に案内された。こんなところで顔なじみになっても面白くもない。

 驚いたことに馬場は暇そうに湯飲みで茶を飲んでいた。

「ああ、神楽さんの分のお茶も入れましょうね」

「いや、いいです。用件が済んだら帰りますから」

「高田邸襲撃事件のことですかね」

「その後何か分かったことはなかったんですか」

「美沙子夫人はあと2、3日で退院できるそうだ」

 それはよかった。

「でもおそらく元の家には戻りませんよね。おばさん……お姉さんのところに身を寄せるのかな」

「ずいぶんとお詳しいですね」

「あの場で話を聞いていればそのくらいわかりますよ」

「おそらくそうなるんでしょうね。娘さんはすでにそこにいるということですし」

 美佳のことだ。

「何が狙いだったんでしょうね」

「高田家に恨みを持つもの、という線も浮上していますよ」

「家族全員が襲われたわけですからね。娘さんは運よく難を逃れましたが」

「娘さんとは話しましたか」

 突然馬場が訊くので一瞬判断に迷ったが、昨日のことはこちらからは言わないようにしようと決めた。

「いえ、おとめ山公園で発見したあとはあまり」

「そうでしょうな」

 そういってから馬場は俺の眼を見た。

「彼女はなぜ逃げることができたのか、わかりますか」

「は? どういう意味ですか」

 実際に意味が分からなかった。

「彼女は家に帰ろうとしたところ、バイクが門の前にあり、家の中に不審な人物が2人見えたので慌てて逃げてあの公園まで走ったと言っています」

 美佳は馬場には本当のことを話していなかったらしい。

「でも、不自然じゃないですか」

 馬場は大したことではないが、という口調で先を続ける。

「まず、あれだけの襲撃をやるのに見張りを全く立てていなかったのでしょうかね」

 確かにそうだ。

「ふつうは見張りを立てるし、美佳さんの姿を見たらつかまえるなり何なりすると思うんですが」

「はあ」

 俺はあいまいに相槌を打つ。

「それに、あの時間ですよ。もう23時を回っていた。美佳さんは塾にも通っていないし、学校もまだ休んでいる。あんな時間に外を歩いていて帰宅しようとしたというのは妙じゃないですか。お父さんが殺されたというのに、夜遅く中学生の女の子が外を歩いている時間じゃないですよ」

「別に、そういう気分だったんじゃないですか」

 俺は面白くないと思い反論した。

「微妙な心理状態の少女だからこそ、そういうこともあるのでは?」

 俺はもうすでに悟っている。彼女の泣きじゃくるさまが思い出された。彼女にとって心の最大のつかえであり重荷になっていたことを、馬場のような人間に語りたくはなかったのだ。『お母さん、ごめんなさい』――あの声がこだまする。

「大体何で、そんなことを僕に聞くんです?」

 馬場は相変わらず真意がつかめない物言いをする。けれど、意味不明の言葉にも意味があるらしいことは、あのフランス外人部隊の話で気がついた。俺は以前より注意深くなっている。

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