目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第31話

「いやいや、神楽さんは今回の一連の事件にかかわっていますからね、ご意見を」

「かかわってる!?」

 わざと声のトーンを上げて答えてやった。

「いや、被疑者というわけではないですよ」

 馬場はにやにやしている。まだ疑っているのか。西武新宿駅前の狙撃事件のあとの、まるで犯人扱いの不快な事情聴取が蘇る。だが、こちらももういちいちこの刑事に腹を立てて何かいうつもりはない。

 この男に慣れたともいえるが、用心深くなったということだ。今日はフランス外人部隊の話の意味を探るのが狙いだ。

「この後、まだあのご家族の奥さんと娘さんに話を聞くんですか」

 彼女たちを気遣っている表情をつくって尋ねる。

「それは、新事実があがったら事実確認のために。ただ、基本的な事情聴取は終了していますよ」

 それを聞きながらも俺は不安だった。馬場はさっき言っていたことをおそらく美佳にも再度尋ねるに違いない。これ以上美佳の神経を傷めつけるのはかわいそうだった。美佳にもあとでその後のようすを聞かなければならない。

 同時にあの九段の言っていたことが頭をよぎる。

 昨日美佳と涼子を会わせたときは2人はまったく無関係だと思っていた。だが、もし涼子があの事件に何らかのかかわりがあるのなら、涼子は美佳を知っていたのだろうか?

 いや、しかし美佳の方も涼子とは初めて会った様子だった。

 これはあとで考えるとして、俺は馬場に本題を切りだすことにした。

「馬場さんも休みなしで大変ですねぇ」

 声のトーンを和らげて言った。

「ん? 何ですか、急に」

「いえ、僕はおかげさまで会社も当分休みになりましてね」

「それはそれは」

「それで暇ができたんですが、そうなるとこの数日間のことをいろいろと考えてしまって」

「それで今日はわざわざ私なんぞに会いにきたんですか」

 『そうだ』、とは言わない。

「それでつながっていないあれこれをつなげようと考えていたんですが」

「探偵ごっこですか」

「ひとつ、気になったことがあって」

「というと?」

「馬場さんがあの下落合の店で話していた、フランス外人部隊のことが気になりまして」

「ああ、あなたがあんみつを召しあがったときですね」

「何で馬場さん、あんな話をいきなりしたんです?」

「……いや、たまたまテレビを見て思ったものですから」

「僕は気になって調べてみたんですが、彼らは戦場にも行っているし、当然銃を撃つ訓練もしてるでしょう」

「そうですな」

「高田社長を狙ったのはそういう人たちの可能性もありますよね」

「可能性としては、ね」

「暴力団絡みもあるかもしれませんが、日本は銃社会ではありませんし」

「今は捜査中の段階でして」

「使われた銃の種類は見当がついたんじゃありませんか?」

「それも捜査秘密です」

 余裕をかます馬場が憎らしい。


「あなたは人権侵害の発言をしてますね」

 馬場が少しうれしそうに言う。

「は?」

「フランス外人部隊は銃を撃ったことがある。それを言うなら自衛隊員だって銃を撃ったことがある。警察だってそうです。フランス外人部隊にいたことがあるからって、容疑者に即なるとは限らないじゃありませんか」

 馬場は話を誤魔化そうとしている。つい、自分はその外人部隊帰りに遭遇したんだと言いたくなって慌てて口をつぐむ。

 馬場は何かを知っている。俺がそのことに気づいていると感づいているかどうかはともかくとして。

「僕はてっきり、馬場さんがそういうお知り合いがいるのではないか、と」

「何でそう思うんです? いませんよ、そんな希少人種」

「その言い方の方がよくない気がしますが」

 埒があかない。

 何か、馬場の弱みを握ることができないかと考えたが、もともとが直球しか投げられない俺は駆け引きが苦手中の苦手だ。ふと九段の顔が思い浮かぶ。悔しいが、ああいう奴は駆け引きに長けているのだろう。俺なんかが適う気はしない。涼子に関してだけは別だが。

「私もね、あの銃撃事件には実はかなりの衝撃を受けていましてね」

 急に馬場がしんみりとした口調で言いはじめた。

「せっかく歌舞伎町も『浄化』されたというのに」

 馬場の年齢なら、そういう実感も強いのかもしれない。

「でも、けっきょく裏組織が地下に潜っただけだっていうじゃありませんか?」

 少し嫌味を言ってやった。

「構わんのですよ」

 馬場は言う。

「浄化されたイメージが大事なんです」

 俺は考える。九段とこの馬場は関係ないのだろうか。フランス外人部隊の話が馬場の口から出て、そのフランス外人部隊出身の輩が九段の手下に複数いるということがわかり……これは偶然だろうか。

 思い切って口にすることにした。もし本当に九段と馬場に何かつながりがあるなら、俺と九段に関係ができていることもいずれ馬場の耳に入る。

 あの銃撃をしたのが、九段の子飼いの猛獣たちだとしたら?

 馬場はもしかしたら意図的に捜査を攪乱している可能性だってあるではないか。

「九段重彦という男に心当たりはありませんか」

 馬場は胡乱そうな目つきをしたが、感情を読みとられないようにしている気がしてならない。

「さあ、どうですかな、記憶にないが」

 誤魔化した。

 これは意図的に引っかかったのか。俺はこの馬場にも嘗められている。

 九段ほどのやくざの名を知らないとはあまり思えなかった。警察組織内部がどうなっているのかの実情は知らないが、九段は間違いなく名の知られた男のはずだった。

 ここに来るまでに、さんざんスマホで調べてみた知識でしかないが。

 九段は新宿界隈を仕切る夷陵会の2世、次期ボスということになる。

 京都大学出のインテリヤクザだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?