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第34話

 飯田の電話で気分を切りかえようと思った。

 飯田の恋人、木場佳奈美さんに会うという約束。

 飯田と木場さんは異業種交流会で知り合ったという。飯田は俺と違って仕事熱心なので、最初は仕事の糧になるかもしれないと異業種交流会に参加したのだろう。そこで出会った女性にほぼ一目ぼれでつき合い出したらしい。一目ぼれ。そういうことは案外多いことなのかもしれない。俺だって、そうだ。

 そういえば、異業種交流会なるものについて、言葉は知っていたが、あまり詳しくは知らなかった。

 何気なく検索してみる。

 たくさんの案内が出てきた。そうか、俺が思っていた以上にこの種の交流場がいま流行っているらしい。

 飯田がどういう会に参加していたのか聞いておけばよかったと思いながら、検索上位から順番に見ていく。

 それによってずいぶん違いがあるらしい。おそらくピンからキリまでなのだろうな。

 実際に役立つものなんだろうか。

 おそらく中には、たんなる営業の場になっていたり、悪くすると「出会い」系になっているものもあるのだろう。

 ふうん。単なるお遊びや趣味の集まりのようなものから、経営者の参加する本格的なものまでさまざまだ。

 つい興味が湧いていろいろと見ているうちに、ふとマウスを持つ手が止まった。

 あるサイトの、主催者のプロフィールと案内の言葉が書かれているところを見つめ、じっと読んだ。

 もしかして、これは?

 俺はメモ用紙を引っ張り出した。



 翌日、スマホを確認するが、美佳からの連絡はない。何となく気がかりだ。

 今回の一連の事件の全貌が分からない以上、彼女もまだ完全に安全とは言えない。警察はそこまで関与しない。守ってはくれない。

 相手は、高田家に何か深い恨みを持っている可能性がある。高田社長を衆人環視の中で銃殺しただけでは飽き足らず、残された遺族のもとに押し入って、夫人と、そして美佳が機転を利かせなかったら娘までをも襲って傷つけたかもしれないのだ。

 もう時間はいいだろう。俺は美佳に電話をかける。

 コール音がつづいた後に、ぶつっと音がして留守番機能に切り替わった。

 早く声を確認したいとき、このシステムは本当に恨めしい。俺は折り返しかけてほしいという旨の伝言を吹き込んで通話を終了した。

 軽く朝食をとって身支度を整える。普段とは違うラフな遊びに行くような格好にして、サングラスを取りだす。

 サングラスはいまいちか。しかし、あっさりと顔を見られたくはなかった。やはりサングラスくらいがちょうどいいだろう。

 髪もあまり揃えず、天パの乱れるにまかせた。

 靴はスニーカー。動きやすいものを。ナップザックを肩にかけて外に出た。

 とある異業種交流会の代表あいさつの下には、連絡先や住所が記されていた。

 住所まで記しているのは安心させるためだろうか。

 ビル名だが、事務所なのか個人宅なのか。

 在所は中野区上高田。駅からは少し離れているが、実は俺の住まいの中井から歩けば1キロ余りの場所だ。

 スマホで位置を確認しながら歩く。

 ついでに美佳からの連絡はないかも確かめるが、音沙汰はない。

 途中にボルダリング場があり、思わず中をのぞき込んでしまった。体を鍛えることを何かしたいと考えていたところなので、これもいいかもしれない。

 似たような住宅が続く。比較的古いようすの家が多い。

 さりげなく表札や看板を横目に見ながら歩いていて、息を飲む。とりあえずはそのまま通り過ぎた。


 門前ビル。間違いない。これが異業種交流会の連絡先になっている住所の建物だ。

 外観は古いコンクリートだが、そっとのぞき込むと中はリフォームがされているようで明るい雰囲気だ。雑居ビルのようにも見えたが、フロアごとの案内板もなく、郵便受けにも何も記されていないので、全部ひとり、あるいは一つの団体が使用しているのかもしれないと思った。

 少し離れたところの角に隠れてどうすべきか考える。

 しまった、と後悔する。張り込みするなら車を出すべきだった。俺はほとんどペーパーだが免許はある。レンタカーを借りればよかったのだ。

 だが幸い、人気も少ない住宅街の中で、少し離れていても人の出入りなどの様子はうかがうことができた。

 実際に人の出入りがあればの話だが。

 内装が新しくなっているとはいえ、あの異業種交流会の連絡先としては、古ぼけたビルだ。オフィスのような雰囲気でもないし、看板も表札もなく、ガラス越しにのぞいた1階の様子はがらんとしていた。

 すでに廃業した何かの事務所のような雰囲気だ。

 大体この会の名称は異質なのだ。「アマテラス情報交換会」。今どきアマテラスとは時代錯誤だ。それが流行りの異業種交流会の形でWeb上に上げられているというのが気にかかる。

 そして、何よりも代表者の名前。「藤原巌」。この名前に憶えがあった。新宿中央図書館でさんざん調べた資料の中に、この名前を見た。本名だとしたら、それは藤原岩市と関係があるのかもしれないし、ペンネームだとしても、かのF機関・藤原岩市少佐に関連付けているように思われた。

 当時東洋最大のスパイ養成機関だった「陸軍中野学校」。同時に「兄弟」機関だった「陸軍登戸研究所」。大東亜共栄圏の夢を掲げた謀略部隊。

 俺は失笑した。

 俺はなぜ、こんなものにかかわっているんだ。

 しかし、ほんのわずかの可能性でもいい。

 今は、あの新宿の事件の謎にかかわるものを何でも突き止めてやりたいのだ。

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