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第38話

 高田馬場までなら電車ですぐだ。俺は新井薬師前駅まで戻って電車を待つ。昼間の時間帯は本数が少ない。とくに新井薬師前駅は急行が止まらないので案外待たされた。着いた電車の中はがらがらだ。俺は立ったまま、もう一度LINEでメッセージを入れる。『今新井薬師から乗った。着いたら電話するから出てきて』。

 中井、下落合、次は高田馬場だ。

 地下鉄東西線に乗り換えの方面に出ると、駅前ロータリーのところに出る。

 改札を出るとすぐに電話をした。

 なかなか出ない。

 ずっとコールしても出ないので、俺は不思議に思いながらもう一度電話する。やはり出ない。

 いったいどうした訳なんだろう。会うと約束したのはせいぜい20分ほど前の話だ。

 俺はロータリーを抜けて早稲田通りを渡り、神田川の方に出る細い道に入った。この先に美佳が身を寄せる叔母の一軒家がある。もう、思い切って呼び鈴で呼び出そう。少し不審に思われるかもしれないが仕方がない。

 と思いながらその家の門扉の前まで来て俺ははっと息を飲んだ。小さなカーキ色のバッグが丁寧に門扉の前に置かれている。ファスナーから折り畳んだ紙がつきだしていた。このバッグには覚えがある。美佳の持っていたものだ。

 その意味ありげに折りたたんだ紙片を抜いて、読む。印字されたその内容はシンプルだった。


『神楽圭介 殿

 高田美佳さんをお預かりしました。

 美佳さんが無事に帰れることをお望みなら、この先、我々の送るメッセージの通りに動いてください。

 言うまでもないことですが、他言無用です。』


 人を小ばかにしたような文面。だが、間違いなかった。美佳はさらわれた。何者かに。しかも、俺を――神楽圭介をおびき出すために。


 一瞬九段の顔が思い浮かんだがすぐに否定した。九段がこんな面倒なやり方をするわけがない。俺に用事なら、前のように街角で声をかけてくればいいだけだ。涼子をおびき出すために俺を使ったが、俺をおびき出すには細工は要らないのだ。しかも直に電話は通じる。

 俺は念のため美佳のバッグの中をのぞいたが、他にはハンカチとティッシュといういかにも女子中学生らしいものが入っていただけだ。スマホがないのは、彼女と一緒に持っていかれたに違いない。

 紙片を握りしめて俺は付近を見てまわる。心が体から飛び出しそうな気分だ。神田川沿いにも出たが、美佳の姿も、おかしな人影もない。もう一度早稲田通り沿いに走って出たが、同様だ。

 相手はメッセージを送ると言っている。ただそれを待つしかないというのか。

 吸いたくなった。禁煙して何日目だ? 

 この状況に俺自身がパンクしそうだ。

 何で美佳のような少女がこんなに何度も何度も辛い、怖い思いをしなければならないんだ。どこのどいつかはまだわからないが、腹立たしくてしようがない。

 早稲田通りはうるさい。

 連絡にすぐに気づき、電話の場合はちゃんと聞きとれるように神田川沿いの遊歩道に戻った。川にかけたフェンスにもたれて、じりじりと連絡を待つ。美佳は何かを気にかけて、ずっと連絡を返さなかったのだろうか。しかし、ついさっきは電話でようやく話せたのだ。直接の関係はないのかもしれない。

 日差しが強くなってきたので、家の影に移動した。時折犬を連れた老人が遊歩道を歩いて行く以外、大して人通りもない。平日の昼間だから、こんなものだろう。

 着信音が鳴った。美佳のスマホからだ。犯人は美佳のスマホを利用してメッセージを送るつもりらしい。

 LINEを開いた。

『神楽圭介さま。手紙をお読みいただけましたか? では、最初の指示を出します。』

 俺は苛立ちながら返信を打つ。

『美佳さんは無事なのか?』

『大丈夫ですよ(笑)お元気です。後は神楽さんの行動にかかっています』

 許せない奴だ。何が(笑)だ。

『まず、JR高田馬場駅に移動し、品川駅で京浜東北線に乗り換えてください。後のことはまた指示します』

 急いで電話をかけたが、当然ながら電源はすでに切られていた。

 俺はスマホを握りしめ、早稲田通りに戻り、信号が変わるのももどかしく、駅構内に駆け込んだ。

 山手線乗車中にまたLINEが入った。『快速に乗車してください』。

 行先はどこだろうか。俺はこちらの方の地理にはさっぱり詳しくない。それだけで不安が倍加される。山手線や中央・総武線以外のJR車両に乗る機会もほとんどない。

 西武新宿線とは比べものにならないほどのスピードで飛び去る景色が窓外にあるが、俺はそれを見てはいなかった。

 ひたすらスマホで思いつく限りのことを調べはじめる。かといって当てがあるわけではない。

 『東神奈川駅で下車、横浜線に乗り換えてください』

 次の指令がきた。ということは、八王子方面に向かえということか。

 途中、車内にもかかわらず何度も美佳のスマホの通話ボタンを押した。けれど連絡が入ったあとにはすでに電源が切られている。その繰り返しが余計にざわざわと心をかきむしる。


 ふと、九段のことを思いついた。

 もしかしたら、俺は何かの理由で消されるかもしれない。おそらく美佳を誘拐したのは九段の関係者ではないと俺は推測していた。一か八かだ。九段の電話番号を呼び出しタップする。

 呼び出し音が3回で切れる。留守番電話にもならない。

 その繰り返しだった。

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