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第39話

 大いに焦れながらようやく八王子に着いた。何の連絡もないと思いながら駅の外に出る。すると、バンが待ち構えていた。黒いバン。いかにもというような車の前に体格のがっしりした黒づくめが待っている。俺をまっすぐに見て、『乗れ』というように手をかざした。

 やはり強面、サングラス。スーツを着ているが、怪しさ満載。俺は生きて戻ることができるのかと思いながら、開いた後部ドアをくぐった。

「高田美佳さんは?」

 俺の隣に座ったさっきの男に話しかけるが無視された。

 他に車内にいるのは運転手だけ。

 カーテン状の仕切りで顔はよく見えなかったが、やや歳を食っている感じがした。

 いきなり目の前に男の赤黒い大きな掌が出された。無視していると、

「スマホを渡せ」と言われた。仕方なしに渡すと、電源を切られた。

 それから、赤黒い男が俺の体の隅から隅まで調べはじめた。おとなしく従うしかない。下着の中まで手を入れられると気色悪くて俺はそいつを睨みつけた。だがそいつはまったく表情を変えていない。任務を果たしているだけだ。

 バンには窓に覆いがかかり、外は見えない。しかし気配で分かる。大通りからおそらく細い道へ入り、住宅街から畑地、森の中に異動する。山の方に向かっている。ますます俺は覚悟を固めた。

 やたらに角を曲がりながらくねくねと車を走らせている。追尾がないかを確認しているのだと俺は気づいた。

 そのあともずいぶん走った。比較的広い道路を早く走ったり、住宅街を抜けたり。いい加減にしろと思いはじめたところでバンは停まった。外はすっかり暗闇だが、白々とした薄い電灯の光があり、見えないほどではない。

「降りるぞ」

 抑揚のない声で言われた。美佳のスマホを通じて届いていた文面の慇懃無礼さとは全然違う。頭ではわかっていても、急にこれほど乾いた命令口調をされると、動揺する。人間は単純な生き物だ、と他人事のように感じる。

 運転手が先に降りて、外からドアをスライドした。やはり少し年配だ。帽子をかぶっているが、白髪交じりの頭、しかし髪は短い。尖った顔つきだが、どこか臆病そうな雰囲気もある。

 俺の隣にいたスーツを着た男が先に降りた。俺もそれにつづいた。

 俺はバッグを持った。バッグの中身ももちろん見られている。赤黒い男はなかの本――竹橋に借りた本には目もくれなかった。興味がないのか、それともこいつらは竹橋の一派なのか。ただの勘だが、後者のような気がする。

 九段とそして、高田社長を撃った一派。俺のなかには構図ができている。ということは、それは竹橋の一派だ。とうとう姿を現し始めたのだ。美佳に近づいたところからして、それを物語っている。

 いかにも、というようすの廃屋のような屋敷があった。

 お化け屋敷のアトラクションを思わせる洋館だ。鍵は開いているらしい。運転手が重そうなドアを開け、俺に入れと指図し、後ろに赤黒い男が続いた。

 メールででも連絡していたのだろうか。埃の溜まった廊下を歩いて、突き当りまで行くと、運転手がノックし、金属のかすれる音がして錠が開けられ、今度は鉄製の扉が開いた。太いチェーンがぶら下がっている。

 驚いたことに、石の階段が下に続いていた。階下には黄色っぽい灯りがある。細い階段をくの字に曲がるとより灯りは強くなった。

 下まで行くと、外観からは予想できないような近代的なコンクリートの壁、リノリウムの床。

「神楽さん!」

 甲高い声が響いた。

「美佳!」

 俺も答える。途端に頭に固いものが押しつけられた。銃口。

「腕を後ろにまわせ」

 言われたとおりにする。ああ、これでもう、生きて地上には出られないのか。広間は実験室のようで、意外に明るい。窓がありカーテンがかかっている。そこで俺は気づいた。この部屋は半地下だ。完全な地下室でない。少し光が見えた気がした。

 後ろ手にロープで縛られた。やっぱり九段のセンスじゃないな、と俺は苦笑する。

 陸軍中野学校の教科にはロープ術もあったはずだ。

 でも、されるようにされながら、俺は目の前で立ち上がろうとするのを横の男に押さえつけられている美佳の潤んだ瞳に目が釘付けになっていた。かわいそうに。何で、この子ばかりがこんな目に合わなければならない?

 美佳は拘束されてはいない。

 黒いソファに男の横に座らせられている。俺は観察した。

 美佳だけでも何とか無事に解放させる手段を必死になって考えていた。


 殴られた。俺はよけなかった。この状況で抵抗しても意味はない。奴らの目的は俺にあるのだから、されるようにするしかない。それに、すぐに致命的ダメージは与えないはずだ。耐えるしかない。

 それでも木刀で幾度も殴られ、俺はリノリウムの床の上に体を横たえていた。ずっと美佳の悲鳴が聞こえる。

 美佳。大丈夫だから。必ず助けるから。

「さて」

 俺を殴りつづけていた背の高い方のいかつい男が俺を見下ろしながら言った。

「質問する。正直に答えれば、助けてやる」

「彼女に手を出すな」

 すると奴は嗤った。

「娘を殺るのは趣味じゃないな」

「で、何が聞きたい?」

「高田社長は最後に何と言ったんだ?」

 またそれか。

 俺はため息をついた。

 それに何の意味があるのか?

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