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第42話

『今、電話してもいいかな?』

 いつの間にか美佳にも親しい言葉遣いになっていると我ながら気づいた。あの少女の凛としたところには好感が持てる。母親ともまた違った雰囲気だった。もっとも、母親の美沙子夫人は入院中に会っただけなので、ふだんの雰囲気はわからないのだが。

 返事の代わりに着信音が鳴った。美佳だ。

「もしもし」

「神楽さん」

 もう美佳は半泣きだ。

「神楽さん、病院行きましたか?」

「あー、いや、シップ貼ってる。丸一日へばってた」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「謝らなくていい!」

 俺は意図的に少し強い語調で遮った。

「それより、昨日今日、変わったことはなかった?」

「ないです。私も怖くてずっと叔母の家の中に」

「あの男の関係者はいるか?」

 九段のことだ。

「見えるところにはいません」

 俺は美佳に会う必要性を感じた。美佳がさらわれたときのようすやその間のことを詳しく訊き出したかった。

「今から行くから」

「えっ」

 美佳が素っ頓狂な声を上げる。それから声を落として、

「あの、もう私たちにはかかわらない方が」

「バカ言うな」

 涼子と一瞬重なって感情が爆発しそうだ。美佳と話していることに気づいて、声を和らげる。

「今度のことは、君に何の責任もない。美佳さんは被害者だ。奴らの狙いは俺にある。……本当なら会わない方が君のためにいいかもしれない。でも、僕は知りたいんだ。君のお父さまのことも含めて」

 美佳は黙り込む。

「僕たちは、君のお父さんを殺した奴らと戦わないといけない。突き止めなければならない」

「……わかりました」

 美佳が観念したように言う。

「私も、本当は同じ気持ちです。神楽さん、付き合ってくれますか」

 感動が俺の胸を衝いた。

「そうしたいと言っている。協力しよう。幸い……あの九段という男は悪人だが、今は味方だ」

 美佳が息を飲むのがわかった。


 美佳は高田馬場駅前のバスロータリーのところまで迎えに来ていた。九段の部下がどこかで監視しているに違いない。俺を見ると泣き笑いのような顔をして駆け寄ってきた。

「神楽さん、体大丈夫ですか?」

「休んだから」

「本当に?」

「うんうん、もう気にすんな」

 本当は痛い。涼子のシップと痛み止めでずいぶんと助かっている。

 俺は美佳の頭を軽くなでた。安心させるためだ。美佳は頬を赤らめた。しまった。子ども扱いしすぎたかもしれない。

 慌てて手を引っ込めて、どこか落ち着いた感じの店がないか考えた。通りを外れたところにファミレスがある。確かテーブル間の距離が比較的広めで悪くない場所だった。俺が先に歩き出すと、美佳が早足でついてくる。俺は慌てて速度を少し落とした。

 とりあえずあんみつセットを頼んだ。美佳はドリンクバーを頼むので、俺は慌ててメニュー表のケーキを指さし、好きなのを選ぶように言った。美佳は遠慮していたが、イチゴショートを選んだ。俺はなぜだか少しほっとする。ごく普通の中学生らしい顔がのぞけたと感じたのだ。美佳はいろいろつらく怖い経験を立て続けにしている。心が心配だ。思春期の女の子のことはよく分からないが、美佳は芯が強そうでいても、やはり壊れやすい雰囲気の少女だったから。

 美佳にも甘いものを勧めたけれど、本当は俺自身が甘党だ。あんみつを口に含んでほっとする。

 美佳はイチゴショートをそろそろと何か窺いでもするようにして食べている。そのようすがなぜかおかしかった。だんだん緊張が解けてきたようで、少しほっとする。

 食べ終わると、ドリンクバーから飲み物をとってきて、いよいよ話を聞く段になった。

 美佳は最初唇をぎゅっと結んで何か考えているようだったが、『気楽に話して』と促すと頷いた。

 美佳の話はこうだった。俺とスマホで会話したあと、彼女は俺に言っていた通り、叔母には友人に会うと告げて外に出た。早稲田通り方面に出ようとしたとき、黒いバンが近づいて停まり、スーツの男が出てきたという。

 男は物も言わず、ナイフを彼女に見せつけた。恐怖にすくんだ彼女を押すようにしてバンに乗せたという。

「ずっとあの人たちが両側にいて、私は挟まれて、怖くて何もできませんでした」

 それは当然だろう。

 そのままバンは長いこと走り、だんだんと田舎道に入っていくらしいのが分かった。

「連中は何かしゃべらなかった?」

 俺は尋ねる。美佳は首を振った。

「ほとんど全くしゃべりませんでした。それがまた怖くて」

 そこで、「あ」とつぶやく。

「何?」

「途中で電話がかかってきました」

「電話?」

 竹橋の顔が頭に浮かんだ。あの連中の中に竹橋はいなかったが、指令したのは奴に違いないと俺はなかば確信していた。

「どういう話をしてた?」

「私も耳をそばだててたんですけど、相手は目上の人みたいで……少し漏れる声は男の人でした」

「年齢はどのくらいか分かるかな」

 難しい質問だと思いつつ尋ねてみる。

「詳しくはわからないですけど、比較的若い感じでした」

 ここまでは竹橋と合う。

「連中はそいつを何て呼んでた?」

「名前なんかはいっさい言いませんでした。でも、電話に出た人が『順調ですね』とだけ言って電話を切りました」

 おそらく順調に俺を釣り上げたという連絡だったのではないだろうか。最初で失敗していたら、この計画はやり直しになるはずだった。

「そうか。他には」

 美佳は必死に思い出しながら一人一人について気がついたことを述べた。奴らは一切名前は言い合わなかったらしい。「お前」「おい」というような声かけで会話をしていた。

 実行犯は7人。

A 俺があの屋敷の地下に行ったとき、美佳の横で彼女を威嚇していた男。中年。中肉中背。筋肉質。サングラスをしていたため人相は正確には分からない。声は低め。ただし美佳を脅しつけるために声を発していたために低い声だっただけかもしれない。髪型は短髪、髪の色は黒。わずかに白髪が混じっていた。

B 俺が載せられたバンの運転手。初老。顔は覆いのためによくは見えなかったが、白髪が多い。太っているというほどではないが、だらりとした体つき。黒い背広に合わせたようなズボン。くたびれた感じの服装。やや手が震えていた。アルコール中毒症かもしれない。

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