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第43話

C 俺と一緒にバンに乗っていた男。屈強そうな逆三角形の体型。サングラスをしていたが、筋肉質の顔面に太いしわがあるのは確認できた。こいつは地下室で俺を殴った中の一人。

D あらかじめ屋敷内にいた男の一人。美佳が連れてこられたとき、屋敷の鍵を開けた男。若いが鋭い細い目つきをしていた。こいつは俺が殴られているときもじっと見つめていた。実行犯のリーダー格かもしれない。

E 美佳を乗せたバンの運転手。これも初老と思われるが、美佳も顔はよく確認していない。屋敷内に入ると姿を見せなかった。どこかで見張りをしていたのかもしれない。

F 美佳を連れ込んだバンの中にいて、電話をとった男。30代半ばくらい(という美佳の印象)。見かけは優男風で痩せていた。こいつも地下で俺を殴った一人。

G もう一人、あらかじめ屋敷内にいた男。40代前半位。サングラス。色黒。いちばん容赦なく俺を殴ったやつだ。小憎らしい。


 これだけの人間を連携して動かすには司令部がいる。それが竹橋だと俺はなかば確信していた。電話をかけてきた奴だ。


 それにしても、奴らはどうなったのか。逃げたのか、あるいは九段にやられたのか。九段その人はすぐに俺と美佳を乗せて車を発進させたが、九段の部下はあの軍人上がりの連中だけではなかった。jeepは数台あった。それも気になるところだが、美佳には言わなかった。

 美佳はあの廃屋となった洋館の地下にずっと囚われていた。ずっと横にあの男(A)がいた。トイレは地下にあり、そのときは一応一人で室内を歩くことはできた。トイレには窓もなかったので、逃亡の恐れもないということだろう。水とパンを与えられたが、美佳は食べなかった。用心のためと、とてもお腹が空く状態ではなかったということだ。

 そうそう、俺と美佳のスマホはテーブルの上に置かれており、九段の部下がしっかりと回収してきてくれた。ありがたい。

 話が一通り終わると、美佳は食べ終えたフォークをきちんと皿の上に置いて、やや遠慮がちに口を開いた。

「戦おう、ってそう言ってくれましたよね」

 俺は頷く。

「神楽さんは、何か知っていることがあるんですよね。気になっていることがあるんですよね。それにあの、……九段さんて人は何者なんですか」

 答えにくい質問だった。大体中学生の少女に「陸軍中野学校」など説明するのも困難だ。俺は答えやすいほうから答えた。

「九段は、やくざで……それも上級のやくざで、つまり、その、本橋涼子さんのストーカーだ」

 言ってから俺はひとり苦笑した。九段を涼子のストーカーと言ってやったことに自分で胸がすいたのだ。

 美佳は首を傾げる。

「本橋涼子さんは、先日お会いした……あの、素敵な女性ですよね。そんな人がなぜやくざにストーキングされてるんですか? それに、だからって何で私たちを助けてくれたんですか。神楽さんは『今は味方』と言われてましたけど、それはどういう意味ですか」

 美佳の疑問はもっともすぎて、俺は言葉に詰まった。どこから、どこまで話せばいいのか。思案しているうちに、美佳は言葉を継いだ。

「本橋さんは、神楽さんの恋人なんですか」

 「恋人」。どこか中学生の美佳がいうと、なまめかしい響きがある。俺が困っていると、さらに彼女は続けた。

「本橋さんとは、あの、どういうきっかけでつき合うようになったんですか」

「いや!」

 慌てて打ち消した。

「本橋さんには、俺はフラれたんだよ。『恋人』じゃない」

 美佳が大きく見開いたその眼は潤んでいる。

「フラれた……って、好きだったんですよね」

 か細い声で美佳が尋ねた。

「いやー、まあ、大したことじゃないから、気にしないで……」

 言いかけて俺ははっとした。美佳の見開いた眼から涙が落ちている。

「フラれても……今も好きなんですよね」

 うろたえた。考えたこともなかった。年齢が違いすぎるじゃないか。でも、さすがの俺も気づかないわけにはいかなかった。

 美佳は、この俺を、好きなのか?

 彼女のきれいな目がそれを何よりも物語っているように思えた。

「素敵な方でしたもの、本橋さん。神楽さんが好きになるのは当然です」

 俺はどうしたらいい? これ以上美佳を傷つけたくはない。だが、嘘を言うわけにはいかない。

「彼女は、不思議な人なんだ」

 かろうじて答えた。

「俺は自分の気持ちを抑えられない。でも、彼女はまったく応じてもくれないんだ。だから……」

 続きがでない。中学生を相手に一体なにを言ったらいいのか。

 美佳はいったん唇をかみしめてから無理に微笑んだ。

「お互い、片思いなんですね。きついですね。思っていたよりずっと」

 俺も泣きたい気持ちになって必死にこらえていた。

 美佳と別れて駅に向かいながら、俺は必死に頭を切りかえようとした。今大切なのは、この大きな謎を解いて美佳の父親の高田社長を殺した人間を突き止めること。そうだ、違うことに気を取られてはいけない。かといって、俺の涼子への想いはともかくとして、美佳の気持ちをどうしたらいいのか。どうやって美佳に向き合ったらいいのか。

 下手に意識しているようにはしない方がいいだろう、そう思う。だが、美佳は何と思うだろう。


 西武新宿線の高田馬場駅に入るビッグボックス前の広場に差しかかたとき、肩をどんと叩かれた。

「い、た……」

 何とか声は抑えたが、まだ打ち身は痛むのだ。

 むっとして振り返ると、何とそこには馬場がいた。新宿署の刑事だ。

「神楽さん、奇遇ですね。どうです、私も時間があるので、あれからの経過をお話しませんか」

 いかにも胡散臭い。大体、刑事が一般人に事件の経過を話したいというのは妙ではないか。

 こいつ、何を企んでいる?

 そう思いながらも俺は好奇心に勝てなかった。

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