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第47話

 表向きは、俺は九段の組の在り処やそのフロント企業に出向くこともない。だから端からは俺と九段の関係などわかりはしないだろう。

 ただ、俺と九段は密に連絡を取るようになり、俺も――体内に埋め込まれたGPSで所在はつかまれているとはいえ――逐一九段に連絡を入れるようになっていた。

 また特に、美佳の警護をしてくれている九段の配下のフランス外人部隊帰り3人とも電話番号を交換した。葛西、門前、勝田の3名だ。


 美佳には暇を見て様子を見にいくようにしていた。たとえこの3名が警護しているとはいえ、美佳本人の心の傷を埋めることはできない。

 美佳のほのかな想い。俺はそれに戸惑いつつも、何せ12歳も歳が離れている。こちらがきちんとしていれば大丈夫だと高をくくっていた。後から、美佳に対して俺は本当にすまない思いをすることになるのだが……。


 美沙子夫人も無事退院して、やはり高田馬場の美佳のお世話になっている家に、当面暮らして療養することになった。口では言えないが、九段の部下が見張っているので最良の選択だった。


 そのうえで、俺はあの家が気になりだしていた。

 高田社長と家族が住んでいた下落合の家だ。

 何とか中を探る方法はないか。

 今なら、可能な気がしていた。


 玄関の鍵もスムーズに開けられて、俺たちは呆気ないほど簡単に中に入った。かつて一度――美佳の母の美沙子夫人が襲われたとき――中に入ったことはあったが、あのときとは状況がまったく違う。自分は忍び込んで内部を調べるという意識ではなかった。だから、あのときとはまったく違った意味で緊張感を抱いた。

 玄関の内部スペースは広く、どっしりとしていて、どこか昔懐かしいような鮭を咥えたヒグマの置物などもあった。どれだけの花があればいいのかと戸惑うような大きな花瓶。中国の文様のような絵がつけられている。いや、実際にはこれ自体が花瓶という実用のものでなく、一つの装飾品なのだ。

 和風住宅にふさわしく、まずは何処か古風の雰囲気が漂うスペースだった。


 室内を物色するとしたら、まずはやはり殺された高田社長の居室だろう。早田と茅場はスムーズに廊下をすすみ、一つの部屋の扉に手をかけた。俺はやや格好悪さを感じつつそれについていく。すでに2人は内部の見取り図を頭に入れているようだ。


 早田と茅場について部屋に入ると、そこは書斎のようだった。高田社長の専用だったのだろう。作りつけの高い書棚。ガラスの扉がついている。見ると、鍵穴があり、人が勝手に内部のものを取りだせない造りだ。家族だけの家にしては、ずいぶんと厳重なものだ。

 茅場がためらうことなく電灯を点ける。木陰で薄暗かった室内がぱっと明るくなった。書棚が右手、正面には黒光りする机と椅子。

 左手にも棚類が多く置かれていた。そして、額装された古ぼけたセピア色の写真。それを見て俺は驚愕した。

 見覚えがある。そう、図書館の書籍やネットで調べたときに何度も見ているある人物の肖像だった。

 藤原岩市少佐。陸軍中野学校の係わる、F(藤原)機関の機関長。陸軍中野学校での教育も担いながら、戦時中マレーやインドでの情報・心理戦を担当し、「インド独立軍」創設に関与したという人物。当然、陸軍中野学校関係者の間での権威は絶大だ。しかしその顔貌は、あまりイメージの合わないとろんとした垂れ目の下駄のような顔である。何の表示もなかったが、この肖像は間違いなくあの男のものだった。

 竹橋の言うように、高田社長の表の顔とは別に、竹橋の「アマテラス交換会」と、おそらくもっと他にも、旧陸軍中野学校とのつながり、今なお続く彼らへの支援があったのだ。これは間違いがないことのように思えた。

 高田社長の葬儀に訪れ、棺を担いでいったという男たちもその関係者だ。また、高田社長の弟だという人物も、関わっている可能性が高い。

 美沙子夫人はおそらく何も知らない。もちろん美佳も。

 美佳は血のつながらない父が大好きだと言っていた。

 心が暗くなる。もしかしたら俺は、殺された高田社長の暗い部分を掘り起こすことになるかもしれないと感じている。

 俺が肖像に見入っている間にも、早田と茅場は他の場所を細かく調べている。その手際の良さは、よく訓練を積んでいることを物語っていた。

 彼らはカメラでいろいろの資料や室内の物品の写真を撮りためている。俺は藤原少佐の肖像の写真を差し出した。

 茅場が無表情に肖像の写真を撮る。それから、ふと気がついたように肖像を額から注意深く取りだし、裏面を見た。俺ものぞき込む。ほぼかすれて一見読み取れないような細かな字が記されていた。日付だ。この肖像を撮った日を書き留めたものか。

 しかし、茅場がその写真そのものの角を爪をかけて剥がそうとし始めたのには驚いた。素人目の俺には気づかなかったが、写真の裏紙がすっと剥がれて、そこにも文字と記号のようなものが小さく書き込んである。

 唖然とする俺を気に掛けるでもなく、茅場はそれもカメラに収めた。

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