火葬場の窓の外では、吹雪がますます激しさを増していた。
気温は氷点下を大きく下回り、風が窓を打ち付けるたびに、古びた建物全体が軋んで震える。
成瀬は、安置室の奥で見つけた「足りない遺体」について考えていた。
遺体が消えるなどあり得るのか? 誰かが持ち去ったのか?
それとも――自ら動いたのか?
不吉な考えを振り払おうとしたが、嫌な予感が胸の奥にしつこくこびりついていた。
佐伯刑事は無言で携帯を取り出し、捜査本部へ連絡を取ろうとした。
圏外ではなかったものの、ノイズが混じり、電波が不安定だ。
彼女は僅かに顔をしかめながらも、しっかりとした口調で話し始める。
「佐伯です。火葬場にある遺体の身元を確認してほしい。」
「……わかった。氏名と死亡日時を教えてくれ。」
佐伯は遺体の書類に目を落とし、情報を伝えた。
だが、受話器の向こうで、担当者が沈黙する。
「……おかしいな。該当する死亡記録が見当たらない。」
「どういうこと?」
「死亡届は確かに提出されているが、届け出た人物が不明。
死亡診断書も記載が不完全で、担当医のサインがない。」
佐伯は眉をひそめた。
「つまり、身元が保証されていないってこと?」
「それだけじゃない。もっと言えば――本当に死んでいるのかどうかも怪しい。」
この遺体は、一体何者なのか。
本当に“死んで”いるのか?
「なあ、佐伯さん……もし、あの遺体が生前に“何か”を知っていたとしたら?」
成瀬の言葉に、佐伯が目を向ける。
「知っていた?」
「たとえば、“この町に隠された何か” を――」
その瞬間――
カタリ……カタリ……
火葬場の奥から、小さな音が響いた。
規則的な音。
それはまるで、誰かが歩いているような足音だった。
だが、その足音には不自然な違和感があった。
重みがない。
生きた人間が歩く音ではなく、
何か別のものが、ゆっくりと動いているような音。
「……誰かいるのか?」
佐伯が懐中電灯を取り出し、暗闇に光を投げかけた。
成瀬も息を呑みながら、そちらを見た。
成瀬は息を呑み、緊張した面持ちでその先を見つめる。
しかし、光が照らし出したのは、ただ静寂に包まれた空間だけだった――
何もないはずの、不気味なまでに“静かすぎる”闇。
「今日は何か、おかしい。」
彼の言葉に、佐伯が怪訝そうに顔を上げる。
「どういう意味?」
「安置室の空気が妙に重いんです。何かが、いる気がする。」
いつもと同じはずの静寂なのに、まるで何かが潜んでいるような違和感がある。
そのとき――
バチッ……バチッ……
突然、室内の蛍光灯が明滅した。
ゴォォォォォ――
火葬炉の稼働音が鳴り響く。
「……火葬炉の音だ。」成瀬が呟く。
佐伯は振り返って成瀬を見た。
「なぜ、勝手に動いている?」
火葬炉は人が操作しなければ起動しない。
それなのに、誰も触っていないはずの炉が、まるで意思を持つかのように動き出した。
二人は駆け足で火葬炉の前へ向かう。
誰かがスイッチを入れたのか?
いや、それとも—— “何か”が、そこにいたのか?
答えは、火の中にある。
40分ほどだろうか、火葬炉の奥で燃え続ける闇の答えを、二人はただ待つしかなかった。
焼却が終わり、火葬炉の扉が静かに開く。
炉の奥から取り出されたのは、白く砕けた骨だった。
それと――
奇妙な模様が描かれた黒い石。
成瀬は、それを見て息を呑んだ。
「……これは?」
佐伯は、火葬炉から取り出された石を慎重に箸で拾い上げ、間近で観察する。
それは、何かの文字らしきものが刻まれた、異様な石だった。
「後で調べてみよう。」
佐伯はまだ熱い石を布で厳重に包み、ポケットへしまった。
しかし――
それだけでは終わらなかった。
骨をよく見ると、白い破片の中に、異質なものが混ざっていた。
金属片。
「……これは?」
成瀬が、慎重に観察する。
「……骨折の固定に使うプレートだ。」
佐伯はプレートを見て、驚愕する。
「この遺体………村上悠斗のものだ。」
成瀬は一瞬、理解が追いつかなかった。
「村上って……記者の?」
「そう、彼は事故で左足首と右腕を手術したと聞いている。もしこれが村上のものなら……」
確かに遺骨の左足と右腕の部分には固定用のプレートが残っている。
佐伯の表情が強張る。
――村上は、すでに死んでいた?
それとも、“死んだことにされた”のか?
「……一体、何が起きてるんだ?」
「監視カメラはありますか?」
佐伯が鋭く言った。
「あります。事務室で確認できます。」
「急ぎましょう。」
佐伯の声がわずかに震えていた。
二人は事務室へ向かう。
火葬炉の奥で燃え尽きた村上の痕跡、
そして奇妙な模様の石。
何かが、おかしい。
この町には、隠された“真実”がある。
それを知った者は、
口を封じられ――火にくべられるのか?