目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 記録にない死者

火葬場の窓の外では、吹雪がますます激しさを増していた。

気温は氷点下を大きく下回り、風が窓を打ち付けるたびに、古びた建物全体が軋んで震える。


成瀬は、安置室の奥で見つけた「足りない遺体」について考えていた。


遺体が消えるなどあり得るのか? 誰かが持ち去ったのか?

それとも――自ら動いたのか?


不吉な考えを振り払おうとしたが、嫌な予感が胸の奥にしつこくこびりついていた。


佐伯刑事は無言で携帯を取り出し、捜査本部へ連絡を取ろうとした。

圏外ではなかったものの、ノイズが混じり、電波が不安定だ。

彼女は僅かに顔をしかめながらも、しっかりとした口調で話し始める。


「佐伯です。火葬場にある遺体の身元を確認してほしい。」


「……わかった。氏名と死亡日時を教えてくれ。」


佐伯は遺体の書類に目を落とし、情報を伝えた。

だが、受話器の向こうで、担当者が沈黙する。


「……おかしいな。該当する死亡記録が見当たらない。」


「どういうこと?」


「死亡届は確かに提出されているが、届け出た人物が不明。

死亡診断書も記載が不完全で、担当医のサインがない。」


佐伯は眉をひそめた。


「つまり、身元が保証されていないってこと?」


「それだけじゃない。もっと言えば――本当に死んでいるのかどうかも怪しい。」


この遺体は、一体何者なのか。

本当に“死んで”いるのか?


「なあ、佐伯さん……もし、あの遺体が生前に“何か”を知っていたとしたら?」


成瀬の言葉に、佐伯が目を向ける。


「知っていた?」


「たとえば、“この町に隠された何か” を――」


その瞬間――


カタリ……カタリ……


火葬場の奥から、小さな音が響いた。


規則的な音。

それはまるで、誰かが歩いているような足音だった。


だが、その足音には不自然な違和感があった。

重みがない。

生きた人間が歩く音ではなく、

何か別のものが、ゆっくりと動いているような音。


「……誰かいるのか?」


佐伯が懐中電灯を取り出し、暗闇に光を投げかけた。

成瀬も息を呑みながら、そちらを見た。


成瀬は息を呑み、緊張した面持ちでその先を見つめる。


しかし、光が照らし出したのは、ただ静寂に包まれた空間だけだった――


何もないはずの、不気味なまでに“静かすぎる”闇。


「今日は何か、おかしい。」


彼の言葉に、佐伯が怪訝そうに顔を上げる。


「どういう意味?」


「安置室の空気が妙に重いんです。何かが、いる気がする。」


いつもと同じはずの静寂なのに、まるで何かが潜んでいるような違和感がある。


そのとき――


バチッ……バチッ……


突然、室内の蛍光灯が明滅した。


ゴォォォォォ――


火葬炉の稼働音が鳴り響く。


「……火葬炉の音だ。」成瀬が呟く。


佐伯は振り返って成瀬を見た。


「なぜ、勝手に動いている?」


火葬炉は人が操作しなければ起動しない。

それなのに、誰も触っていないはずの炉が、まるで意思を持つかのように動き出した。


二人は駆け足で火葬炉の前へ向かう。


誰かがスイッチを入れたのか?



いや、それとも—— “何か”が、そこにいたのか?


答えは、火の中にある。





40分ほどだろうか、火葬炉の奥で燃え続ける闇の答えを、二人はただ待つしかなかった。


焼却が終わり、火葬炉の扉が静かに開く。


炉の奥から取り出されたのは、白く砕けた骨だった。


それと――


奇妙な模様が描かれた黒い石。


成瀬は、それを見て息を呑んだ。


「……これは?」


佐伯は、火葬炉から取り出された石を慎重に箸で拾い上げ、間近で観察する。


それは、何かの文字らしきものが刻まれた、異様な石だった。


「後で調べてみよう。」


佐伯はまだ熱い石を布で厳重に包み、ポケットへしまった。


しかし――


それだけでは終わらなかった。


骨をよく見ると、白い破片の中に、異質なものが混ざっていた。


金属片。


「……これは?」


成瀬が、慎重に観察する。


「……骨折の固定に使うプレートだ。」


佐伯はプレートを見て、驚愕する。


「この遺体………村上悠斗のものだ。」


成瀬は一瞬、理解が追いつかなかった。


「村上って……記者の?」


「そう、彼は事故で左足首と右腕を手術したと聞いている。もしこれが村上のものなら……」


確かに遺骨の左足と右腕の部分には固定用のプレートが残っている。


佐伯の表情が強張る。


――村上は、すでに死んでいた?

それとも、“死んだことにされた”のか?


「……一体、何が起きてるんだ?」



「監視カメラはありますか?」


佐伯が鋭く言った。


「あります。事務室で確認できます。」


「急ぎましょう。」


佐伯の声がわずかに震えていた。


二人は事務室へ向かう。


火葬炉の奥で燃え尽きた村上の痕跡、

そして奇妙な模様の石。


何かが、おかしい。

この町には、隠された“真実”がある。


それを知った者は、

口を封じられ――火にくべられるのか?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?