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第6話 死者が語るもの

安置室へと続く廊下の電灯が、不気味な明滅を繰り返している。


安置室の扉を開いた瞬間、異様な光景が二人を迎えた。


遺体が、口を開けている。


黒い糸はすでにほどけ、縫われていたはずの口は不気味なまでに大きく開いていた。

まるで、長い間封じ込められていた何かが、今解き放たれたかのように――。


成瀬は思わず息をのんだ。


ピクリ。


安置台に横たわる遺体が、微かに動いた。


「……嘘だろ。」


佐伯の低い声が、かすかに震える。


遺体は、明らかに死亡が確認されているはずだった。


なのに――


今、動いた。


成瀬は恐る恐る一歩近づく。


「……ありえない。死亡確認は取れているはずだろ。」


「……普通なら。」


しかし、今目の前で起きていることは、普通の範疇ではない。


次の瞬間――


遺体の目が、かすかに開いた。


「ッ!」


成瀬は無意識に後ずさる。


佐伯も、冷静を装いながら手を拳銃にかけた。

だが、銃を向けたところで、この遺体に効果があるのか?


成瀬が一歩踏み出そうとした、そのとき――


遺体の口が、ゆっくりと動いた。


「――ここは……ここは、“奴ら” のものだ……」



「――ッ!」


遺体の口が、言葉を発した。

低く、掠れた声。

だが、それは確かに意志を持った言葉だった。


「……この町は……"本物" ではない……」


成瀬と佐伯は、凍りついたまま遺体を見つめる。


「どういうことだ?」


成瀬が恐る恐る問いかけると、遺体は微かに痙攣しながら、

息をするように、ゆっくりと語り始めた。




「……20年前……"儀式" が行われた……それが、始まりだ……」


佐伯の表情が変わる。


20年前。

それは、町で大規模な失踪事件が起きた年――。


「お前は……何を知っている?」佐伯が詰め寄る。


遺体の目が、ぎょろりと佐伯の方へ向いた。

まるで、生きているかのように――。


「……この町の住人は……"人間" ではない……」


「何?」


「……彼らは "黄泉のモノ" と……入れ替わった……」


その言葉に、成瀬と佐伯は凍りついた。


「……入れ替わった?」


「……儀式が行われた夜…… "町ごと" 変えられた……」


「……"常世" と繋がる儀式……」


「……黄泉のモノが…… "町の住人" と……入れ替わった……」


黄泉?死者の世界のことか?


佐伯は、信じられないという表情で呟く。


「そんな馬鹿な……」


しかし、遺体はなおも語り続ける。


「……この町の者たちは……元の人間…ではない……」


「じゃあ、俺たちが話してきた人間は……?」




「……この世ならざる存在……」




佐伯は、震える声で問う。


「……なぜ、死者の口を縫う? 何のために?」


遺体の口元が、ぴくりと歪む。


「……"真実を語る者" は……口を封じられる……」


「……死者は、"この町が偽物" だと知っている……」


「……死者が語る前に……口を封じられる……」


遺体の口が、再び不自然に歪んだ。

まるで、何かに邪魔されているように――。


「……あ……あ……」


喉から奇妙な音を漏らしながら、遺体が苦しそうに震え始めた。


「おい、どうした?」


次の瞬間――


バキィ!!


遺体の口が、不自然な角度に折れ曲がった。

まるで、何かに "抑え込まれた" かのように。


「――くっ!」


遺体の喉が、ゴリ……ゴリ……と音を立てながら動く。

そして――


「もう……知りすぎたな……」


遺体の目が、成瀬と佐伯を見つめたまま、完全に動かなくなった。


安置室の奥から、何かが這う音が聞こえてくる。


ザリ……ザリ……ザリ……


「……何かいる」佐伯が囁く。


佐伯は、ゆっくりと銃を構えた。


「……成瀬さん」


「なんだ?」


「……この部屋を出るぞ。」


佐伯は、ゆっくりと後退しながら扉へ向かう。


“それ” が何であれ、ここに留まるのは危険すぎる。


二人は慎重に足を動かし、安置室の扉へと向かった。


ガタン。


成瀬の背後で、何かが動いた。


「……こっちへ、来い……」


低く、湿った囁きが、暗闇の中から響く。


「お前も、もうすぐ “こっち側” だ……」


成瀬と佐伯は、息を呑んだ。


次の瞬間、二人は扉を開け、一気に安置室を飛び出した。




事務室に戻ると、二人は荒い息を整えた。


だが――


その瞬間、蛍光灯の光が一斉に明滅し、部屋全体が闇に沈んだ。


そして――


停電は数秒で終わり、明かりが戻る。


だが、成瀬と佐伯は、目の前の監視カメラの映像に釘付けになった。


それは、安置室の映像。


ほんの一瞬の出来事だった。


映像の中に――


“何か”がいた。


真っ黒な影のようなものが、遺体のすぐ傍に立っていた。


顔は見えない。

ただの影の塊。


だが、それは「成瀬と同じ形」をしていた。


次の瞬間、画面は再び乱れ、影は消えた。


映像の中の遺体は、再び口を閉じていた。


まるで、最初から何もなかったかのように――。

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