振り返り、洞窟の奥を懐中電灯で照らす。
懐中電灯の光が洞窟の奥へと伸びる。
冷たい岩肌が照らし出され、柱のようにそびえる石の陰が、不気味にうごめいて見えた。
その時だった。
洞窟の奥、石の柱の後ろから、ぼんやりとした影が現れた。
人の形をしている。
だが、それは“人間”ではない。
その影が、まるで口を裂けるように開いた。
「聞け……これは、お前たちが知るべきことだ。」
輪郭が揺れ、不定形に変化するその異形は、闇の中からこちらを見つめている。
「この奥は、黄泉の世界とつながっている。」
ソレの目がかすかに見開き、明瞭な言葉で語り始めた。
「この町の住人たちは、黄泉の世界から来たモノと入れ替わっている。」
佐伯が息を呑む。
「……入れ替わる?」
「そうだ。」
「黄泉のモノは、人と入れ替わることで、現世に留まり続ける。」
「黄泉の世界と現世をつなげるのが目的だ。」
「黄泉の世界には、かつてこの現実に生きていた者たちが彷徨っている……現世から 追放 された者たちだ。」
「……追放?」
「この世界に適応できなかった者たち……異端とされた者、非業の死を遂げた者たちが 向こう側 に堕ちた」
「彼らは 現世に復讐するために、入れ替わりを始めたのだ。」
佐伯が疑念を抱いたまま尋ねる。
「……なぜ、死者が喋る?」
ソレは、まるで笑っているかのように答えた。
「黄泉の世界への道が開いた影響か……
あるいは――すでにお前たちも 向こう側 に足を踏み入れているのかもしれないな。」
「……!」
佐伯が呟く。
「……町の秘密を知った者は?」
ソレは、ゆっくりとした口調で答えた。
「体を乗っ取られるか……あるいは殺されて口を縫われる」
「奴らはどうやって体を乗っ取る?」
ソレの目が細められた。
「人間の体に触れ、取り憑き、精神を侵食する。そして中から徐々に入れ替わっていく」
「お前たちも、気をつけろ……知ってしまったな?」
「黄泉の世界のモノは 適合する肉体 を見つけ入れ替わり、適合しない肉体は殺して口を縫う。」
「こうして、お前たちの世界は少しずつ侵食されていく。」
「この石を知っているか?」
佐伯がポケットから、奇妙な模様が刻まれた黒い石を取り出した。
ソレが一瞬、動きを止める。
「……それは、常世と現世をつなぐ儀式に使う石だ。」
「常世と現世をつなぐ儀式に使う石だ……それがなくなったせいでこの世界と黄泉の世界を繋ぐ道が不安定になっている。」
「ある男から手に入れた。」
「知っている。憐れな男だ……それを破壊すれば、黄泉の世界と繋がる道が塞がれるだろう……死体の喋る力も失われる。」
成瀬はソレを睨みつける。
「なぜ、俺達にそんなことを教えるんだ?」
「……私は、現世と常世の案内人。」
「ここに来たモノと、ただ“おしゃべり”をしているだけだ。……この世がどうなろうと、私の知ったことではない。」
「町の住人は、どうなる?」
「黄泉のモノとして現世に残る。だが、乗っ取られた肉体の魂は、現世と常世の狭間を彷徨うことになるだろう…」
その瞬間、
奥から、何かが蠢く音が聞こえた。
「ッ……!」
佐伯が素早く銃を抜く。
成瀬は、氷のように冷たい汗を感じながら 奥の暗闇 に耳を澄ませた。
ザリ……ザリ……
まるで 何かが這い回るような音。
そして――
ゆっくりと影のようなものが近づいてきた。
黒い闇に浮かび上がる、無表情な顔。
瞳は闇に沈み、口はゆっくりと開いていく。
「……知ってしまったな」
「お前たちは、もう逃げられない」
「おい、成瀬……!」
佐伯が叫ぶ。
成瀬と佐伯は、戦慄に凍りついたまま、
ゆっくりと迫り来る影たちを見つめていた。
動けない。
足が、震える。
暗闇が、二人を包み込む。
「――ここを出るぞ!!」
佐伯が成瀬の腕を掴み、強引に駆け出した。
二人は倉庫の扉を閉め、事務所へと逃げ込む。
だが、わかっていた。
――あの影たちは、
扉ごときで防げるものではないと。
遠く、闇の中から、
“何か”が、彼らの名前を呼んでいた。