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第9話 偽物の町

事務所に戻った成瀬と佐伯は、荒い息を整えながら、互いに無言で顔を見合わせた。


倉庫の奥に広がる「洞窟」と、「黄泉の世界のモノ」の存在。


そして、案内人が語った「町の住人はすでに入れ替わっている」という言葉。


それは、つまり―― この町には"本物の人間"が存在しない ということなのか?



佐伯は、震える手でポケットから『奇妙な模様の黒い石」を取り出す。


――この石が、黄泉の世界と現世をつなぐ『鍵』。


「……成瀬」


佐伯が、深く息を吐きながら言葉を発する。


「私たちは、何を知ってしまったんだ……?」



口を縫われた遺体は、「気をつけろ」と警告していた。


監視カメラの映像には、遺体が自ら口を開いた瞬間が映っていた。


1体の遺体が消え、火葬炉では何かが自ら炉の中へ入ったようにスイッチが作動していた。


火葬されたのは、失踪した記者・村上悠斗のものだった可能性が高い。


だが――死体が自ら動くなどということがあるのか?


もし、黄泉の世界には『蘇り(黄泉がえり)』の概念があるとしたら――


村上は、本当に死んでいたのか?


それとも、一度"向こう"へ行きながらも、この世へ戻ってきてしまったのか?



村上の残したメモには、こう記されていた。


「死者の口を封じなければならない」これは風習ではなく、死者が真実を語らないようにするための封印だった。



黄泉のモノは、『適合する肉体』を見つけ、入れ替わることで現世に存在し続ける。つまり、この町の住人たちは すでに何者かと入れ替わっている可能性が高い。


20年前の失踪事件で、「消えた住人」たちはどこへ行った?

まさか、他の土地に移動して密かに暮らしているのか?



成瀬は、ふと気づいた。


監視カメラには、自分と瓜二つの"影"が映っていた。


あれは、一体……?


もし、自分自身がすでに"入れ替わっていた"のだとしたら?


「……俺は、何者なんだ?」


手が震える。


「……俺は、本当に人間なのか?」


佐伯が硬い表情で成瀬を見つめる。


「何を言ってるの?」


成瀬は、震える手で佐伯の肩を掴んだ。


「……佐伯、もし俺が……おかしくなったら……」


佐伯は、目を逸らさずに成瀬を見つめた。


「……迷うなよ。」


成瀬は、恐る恐る自分の手を見た。


――指先が、黒く変色し始めていた。


まるで"何か"に侵食されるように。


佐伯はポケットから『石』を取り出した。


「これを壊せば……」


黄泉のモノは、現世に留まるための「つながり」を必要とする。


その鍵となるのが、この奇妙な石 。


もしこの石が 「黄泉の世界との扉を開くためのもの」だったら?


つまり、 この石を壊せば、黄泉のモノは現世に留まれなくなる。


だが、同時に……この町にいる人々が、人間ではなかった場合、 石が壊れれば、町の人間たちはすべて "死ぬ" のではないか?



「……この石を壊すべきか……」


佐伯は、手の中の石を握りしめた。


「もし、これが町を守る鍵なら……」


佐伯の声が低く響く。


「壊せば本当の町の住人も消えるかもしれない……しかし、これ以上体を乗っ取られることはなくなるだろう」


佐伯の言葉に、成瀬は息を飲む。


そして、二人は決断を迫られる。


「石を壊すか、壊さないか」


それは、町の命運と、自分自身の正体を賭けた、 最後の選択 だった――。


石を壊せば、黄泉のモノは消える。

しかし、もしこの町の人々がすでに"入れ替わって"いたのなら――


彼らもまた、消えてしまうのではないか?


「……どうする?」


佐伯の手の中の石が、まるで心臓の鼓動のように脈動している気がした。

それは、黄泉の世界と現世を繋ぐ鍵。


今、この瞬間に決断すれば、すべてが終わる。


「……俺は……」


成瀬の口から言葉がこぼれた、そのとき――


ピキ……


石の表面に、微細なひび割れが走った。


そして、空間そのものが、揺らいだ。


“決断の時”は、もう待ってくれない。

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