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第10話 選択

「……まさか……」


佐伯は、消えた遺体のことを思い出した。


もし、火葬された遺体が村上のものだったとしたら?


村上は、失踪事件の真相に辿り着き、"真実を知った者"として口封じされた。


だが、彼は死してなお、この不可解な現象の解明を試みたのではないか?


「村上は、私たちに"選択"させようとしているのか……?」


佐伯の脳裏で、今までの出来事が繋がっていく。


口を糸で閉じられた遺体――それが火葬を免れ、口封じが破られたことで、この町の真実が暴かれ始めた。


それは、まるで封じられていた歴史が解放されたかのように。


「私たちは、決めなければならない。」


佐伯は、拳を握りしめる。


「このまま黄泉の世界への道を開いておけば、黄泉のモノたちは恨みを持つ者への復讐を果たすでしょう。

悪人への復讐――それは、ある意味で彼らの当然の権利なのかもしれない。」


「しかし、それを許せば、関係のない人たちまでも犠牲になる。」


彼らは、悪人だけを狙うとは限らない。


怒りと怨念に染まった黄泉のモノたちは、やがて無差別にこの世界を蝕み始めるかもしれない。


「逆に、もし黄泉の世界への道を断てば――黄泉のモノたちは、抱えた恨みを晴らすことなく、永遠に暗闇の中を彷徨うことになる。」


それは、黄泉のモノたちにとって、もう一度 "死ぬ" ことと同じ意味を持つのではないか?


「……悪人を滅し、この世界を浄化するか……」


「……それとも、弱きものを見捨て、この世界の悪人を見て見ぬ振りをするか……?」


――すべての根源は、人間の罪にあるというのか?








成瀬もまた考えていた。


『お前は、もう人間じゃない』


あの洞窟で聞こえた声が、成瀬の頭の中にこびりついて離れなかった。


俺は、本当に人間なのか?


なぜ、死者の言葉が聞こえる?

なぜ、この町の異変を感じ取ることができる?


記憶を遡る。

20年前、この町で起きた奇妙な出来事。


成瀬はたまたまこの町を訪れていた。

旅行者として立ち寄ったその夜、町で大規模な失踪事件が起きた。


翌朝、町の十数名の住人たちが忽然と消えた。


警察の捜査が入ったが、遺体も痕跡も何一つ見つからなかった。

なぜか成瀬は生存者 として、町の記録に残された。


だが――


もし、「生き残った」のではなく、「何か」と入れ替わっていたとしたら?


「……俺は、人間じゃないから、死体の言葉が分かるのか?」








佐伯は、最後の手段として握りしめている黄泉の石を見つめる。


成瀬もまた、じっとそれを見つめていた。


「……決める時だな。」


佐伯は、深く息を吐く。


「これを砕けば、黄泉の世界との繋がりを断つことができる。」


「でも、それは黄泉のモノたちの"完全な死"を意味する……」


成瀬は、手を握りしめる。


黄泉のモノたちは、ただ復讐を果たしたいのか?

それとも、現世にしがみつき、"何か"を伝えようとしているのか?


「もし、黄泉のモノたちの怒りが正当なものだったとしたら……?」


「でも、もし止めなければ、"何か"がこの町を、世界を蝕むかもしれない。」


石を壊すか、壊さないか。


"人間の罪"を正すか、それとも、"この世界を維持する"のか。


「……成瀬、どうする?」


決断の時が、今、目の前に迫っていた。

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