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第11話 境界の崩壊

吹雪が止んでいた。


しかし、それはただの天候の変化ではなかった。


世界が、歪み始めている。


火葬場の窓から見える景色は、どこか奇妙にねじれていた。

まるで現実と異界の境界が曖昧になり、何かに侵食されつつあるかのように。


「……何が起きてる?」


佐伯の声がわずかに震えている。

窓の外を見つめる彼女の瞳には、恐怖が浮かんでいた。


成瀬は、自分の鼓動が異常なほど速くなっているのを感じた。

肺の奥がざわつき、血の巡りすら不安定になっているような錯覚――


いや、違う。


何かが、変わり始めている。



「……見ろ。」


佐伯が、指を震わせながら外を指さした。


暗闇の中、ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる『何か』がいた。


それは人影のように見えた。

しかし、顔の部分が……裂けている。


ねじれる口。

ぎくしゃくとした動き。


それは笑っているのか、叫んでいるのか――

もはや人間の顔とは言えない、異様な形をしていた。


「人間と"何か"の境界が……崩れ始めている?」


佐伯が、一歩後ずさる。



「お前も、もうすぐだ。」



その瞬間、耳元に囁く声がした。



「お前も、もうこっちのモノだ。」



成瀬は反射的に振り向く。


だが――誰もいない。



「佐伯、ここから出るぞ……!」


成瀬は、佐伯の腕を引いた。


だが、佐伯は動かない。


彼女の表情が、凍りついていた。


「……成瀬、お前……」


「何だ?」


「……お前の影、動いてる」


「は?」


成瀬は反射的に自分の足元を見た。

そこに映る 自分の影が、わずかにズレていた。


通常なら、光源に従って影は固定されるはずだ。

しかし、成瀬の影は 勝手に揺れ、まるで「もう一人の成瀬」が蠢いているようだった。


「……ッ!!」


その影が、ゆっくりと 笑った。


「成瀬……」


佐伯が、拳銃を握る手に力を込めた。



次の瞬間、地面が ねじれるように歪んだ。


廊下が、暗い裂け目 に変わる。

黒い霧のようなものが、地面から噴き出し、空気を侵食していく。


「くそっ……何が起きてるんだ!?」


裂け目はどんどん広がり、

火葬場の床が、"何か別のもの"へと変わっていく。


足元から、黒い影が這い上がるように滲み出し、

成瀬と佐伯の周囲をゆっくりと取り囲んでいく。




「お前たちも、もうすぐこちらへ」


「お前たちも、入れ替わる」


「お前たちも、黄泉のモノになる」




影の群れが、不気味に囁きながら近づいてくる。


成瀬は、自分の足元に影が張り付いていく感覚を覚えた。


――このままでは、本当に「何か」になってしまう。



「成瀬……!」



佐伯の声が、かすかに遠のく。

視界がぐにゃりと歪み、自分の意識が身体から引き剥がされる感覚 に襲われた。


「俺は、俺だ……」


自分にそう言い聞かせる。


だが――


成瀬宗一郎という存在は、 すでに20年前に死んでいたのではないか?

自分は その成瀬の記憶を持つ「何か」なのではないか?


そう考えた瞬間、彼の体がズルリと沈み始めた。裂け目に引き込まれようとしている。


「成瀬!」佐伯が叫び成瀬の手を掴もうとする。


「ダメだ!近づくな!」成瀬が叫ぶ。


影が、すでに彼を飲み込みかけていた。


佐伯は咄嗟に、ポケットの中の"黄泉の石"を取り出した。


石の模様が、かすかに光を帯びている。


成瀬は、それを見て目を見開いた。

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