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第12話 決断の刻

「やれ!佐伯!」


成瀬の叫びが、崩れゆく空間に響き渡った。


石は脈動するように微かに光を放っていた。


石を砕けば、黄泉の世界との繋がりは断たれる――


だが、成瀬もまた、消えることになるのではないか?


迷ってはいけない。


佐伯は、奥歯を噛み締め、全力で『現世と黄泉の世界を繋ぐ石』 を地面に叩きつけた。


バキッ……!


鋭い音が響き渡り、石は砕け散った。


その瞬間――


影が、割れ目に吸い込まれていく。


「やったか……?」


佐伯は、荒い息を整えながら辺りを見回す。


黄泉の影は、苦しむように蠢きながら裂け目の奥へと吸い込まれていた。

呻き声がこだまし、存在が薄れゆくように闇へと消えていく。



佐伯が一歩後ずさった瞬間、


ズルッ――!


黒い影が、最後のあがきのように成瀬へと群がった。


「見てしまったな……」


「知ってしまったな……」


「お前も、もう……」


成瀬の周囲に、無数の黒い手が絡みついていく。



「くそっ……!!」


成瀬は、必死に影を振り払おうとするが、

すでに彼の体は裂け目に沈み始めていた。


「成瀬!!」


佐伯が駆け寄り、成瀬の腕を掴む。


だが、成瀬は すでに半分、向こう側へと沈みかけていた。


「……佐伯、ここから逃げろ!」


「ダメだ! お前も来い!!」


「もう……遅い……俺は……」


成瀬の 手が、黒く変質し始めていた。


まるで、自分の身体が影に還るように――。


佐伯の目が揺れる。


「だめだ……!まだ間に合う!!」


「いいから……行け……」


そして――


成瀬は、黄泉の世界へと沈んだ。


佐伯の手は、ただ虚空を掴む。

目の前にあったはずの彼は、完全に消えていた。


そして、裂け目もゆっくりと閉じていく。

黄泉の影も、すべて消えていった。


世界は、静寂に包まれた。


火葬場の周囲には、何もなかったかのような沈黙が広がっていた。


佐伯は、その場に膝をついた。


「……成瀬…」


黄泉の世界への扉は、閉じた。


それが、何を意味するのかは――もう、分からなかった。




 □ □ □ □ □ □ □ □ □



目を開けると、成瀬は見知らぬ場所に立っていた。


黄泉の世界。


そこには町も建物もない。

ただ、無数の影たちがうごめく、暗黒の世界が広がっていた。


空も地面もない。

あるのは、形を持たない闇の塊だけ。


そして、彼の目の前には――


「もう一人の成瀬宗一郎」が立っていた。


「やっと、来たな。」


影の成瀬は、まるで待ちわびたかのように微笑んでいた。


成瀬は息を呑む。


それは 20年前に死んだはずの成瀬なのか……?


成瀬は 自分がすでに人間ではないことを悟った。


「俺は、いつからここにいた?」


影の成瀬は、一歩近づく。


「体を返してもらうぞ。」




 □ □ □ □ □ □ □ □ □




成瀬が消えてから数日後――


佐伯は雪に閉ざされた火葬場から、ようやく脱出した。


白銀の世界は、何事もなかったかのように静まり返っていた。


町は変わらず、そこにあった。


いや、そこに"あるように見えた"。


だが、何かが違う。


町の家々は整然と並び、通りもいつも通りのはずだった。

しかし、異様なまでに静かだった。


住民の気配が感じられない。




――黄泉のモノたちは、この世から消えたのか?


――それとも、この町そのものが、すでに"向こう側"の世界と入れ替わっていたのか?




成瀬の姿は、どこにもなかった。


彼は、もうこの世界にはいない。

どこへ行ったのか――いや、どこに "戻った" のか、佐伯には分からなかった。


あの最後の瞬間、黄泉の裂け目に沈んでいった彼の顔が脳裏に焼き付いている。


それは、覚悟した者の表情だったのか。

それとも、"こちら"に残れなかった者の顔だったのか――。



成瀬が犠牲になったが、この世と黄泉の世界を繋ぐとされる石は破壊された。


黄泉のモノたちは、この世に二度と来ることはできないだろう。




……本当に、そうなのか?





佐伯は、火葬場の門の前で立ち止まった。


佐伯の胸の奥に、微かな疑念が残る。


黄泉の世界への扉を閉じたつもりでも、

それが本当に"正しい終わり"だったのかは、誰にも分からない。



彼女は振り返らずに、ただ町を後にした。

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