決意の表情でイズミが言った。
「皆様のお部屋のスペアキーをお渡しします」
居間のガラスのローテーブルに現代式の銀色の鍵が十本、かちりと並べられた。
「これで、個人の居室にはその主しか入ることができなくなります」
オレたち六人は、イズミによって各自の前に並べられた鍵を取った。そしてテーブルには亡くなった四人の居室のスペアキーが残る。
「四人の分はどうするの」
杏子がテーブルの上を見つめて言った。
「僕は、四人の部屋を施錠したあと、鍵は廃棄すべきだと思います」
真剣な顔つきで伊織が答える。オレは、
「それじゃあ二度と開けられないぞ」
「うん。でもそうして館の中の行動可能範囲を狭めれば、次の殺人が実行しづらくなると思うんだ」
「……確かに」
「それに、チトセの部屋にはまだ散弾銃が置いてある。これを犯人がいつでも手に出来る今の状況は危険だよ」
伊織はソファの端から皆を見回した。同意しない者はいないようだった。
「決まりだな」
組んでいた脚をほどき、里来が前のめりになった。
「今から全員で、死んだやつらの部屋を回る。本人が持っているはずの鍵も遺躰から回収する。そして全員の目で、扉が施錠されたことを確認し、鍵は……魚にくれてやろう」
オレたちはまず地下二階、東郷の部屋から回ることにした。遺躰と再び対面することは気が進まなかった。里来はそうでもなさそうで、鍵の掛かっていない東郷の部屋へずいずいと入っていくと、黒焦げで張り付いたズボンのポケットを探って鍵を取りだした。平然とやってのける姿をオレは頼もしくも心配に思った。
室内はずいぶんと空調が効いていて寒い。遺躰の腐敗を防ぐためだった。その寒さも相まって、東郷の部屋は死のにおいに満ちているような気がした。
全員が外に出て、里来が鍵を掛けた。内開きの扉は、確かにノブを回して押しても開かない。完全に施錠がなされたのだった。
同様に、次は幸一の部屋だった。幸一は初日の犠牲者だったこともあり腐敗が進んでいて、扉を開けるとわずかな異臭が漂ってきた。そのにおいを嗅いだ瞬間、胸が詰まって床に崩れ落ちそうになった。親友の変わり果てた姿。いつも身なりに気を使い、美容室の匂いのするワックスで髪を整えていた彼が今、三角コーナーに捨てられた魚の頭のように徐々に腐敗を始めている。
涙を浮かべる伊織に頷きかけ、ベッドで横たわる幸一のポケットに手を入れた。鍵を見つけて皆を振り返り、
「オレは幸一を――」
幸一を、冷凍室へ運びたいと願い出た。
それが終わり、空っぽになった幸一の部屋を施錠すると次は地下一階、文哉の部屋だった。文哉の鍵は、伊織と里来が彼の躰を調べたときに取り出して扉脇のキーフックに掛けていたのですぐに見つかった。
最後はチトセの部屋である。ここには散弾銃があるということで、オレは少なからず緊張していた。
使用人であるチトセの部屋は、客室の三分の一ほどの広さしかない。ビジネスホテルのような、寝泊まりするためだけの部屋という印象だった。散弾銃はチトセの遺躰の脇に置かれていた。ヒュウガが近づき、チトセの服を探り始めた。
デスクの上にはチトセの小物類や食べかけの菓子が無造作に置かれていた。水玉のポーチ、カラフルな化粧品、ショッキングピンクのボンボンがついたペンの下には熊モチーフのメモ帳。封の開いたポテトチップス、歯型のついた板チョコ、ガムの包みがひとつ、ふたつ……。オレはそれらの中に、メイドとして礼儀作法のしつけられた彼女ではなく、同年代の女の子の姿を見た気がした。
牙をむいた熊のメモ帳が面白くて、なんとなくその表紙を捲った。すると、一枚目のメモに興味深い内容が書かれており、オレは皆がヒュウガに注目している間にその一枚目を手の中に握り込んだ。
チトセの鍵はエプロンの内ポケットから見つかった。この部屋は、中に散弾銃を残したまましっかりと施錠された。
そのあとオレたちは、島の西側の崖から四人分、合計八本の鍵を出来るだけ遠くに向かって投げた。山なりに飛んだ鍵は、一本ずつ真夏の陽光にきらりと輝き、蒼く揺らめく海の底に吸い込まれていった。
オレと伊織が投げたのは、幸一の部屋の鍵だった。
夕食の時間まで、オレたちはなんとなく居間に集合したままだった。皆少なからず、一人になることが怖いのだ。オレはそうだった。一人でいるよりも、大勢でいる方が安全なような気がしていた。
流れる音楽も会話も無いなか、唐突に杏子がトランプゲームをしようと言い出した。彼女曰く、
「気晴らしさ。ただ黙って座ってるよりマシでしょ?」
里来だけは文庫本を読んでいたのだが、彼は杏子が肩を叩くとそれに気づいたようで、誘われるまま栞を挟んだ。
「あなたがあっさり参加してくれるなんて珍しいな。いつも渋るのに」
杏子は自分で誘っておきながら意外そうに笑った。里来は「別に」と言っていたがオレには、何故彼がすぐに本を閉じたのかわかっていた。
数時間ゲームに興じ、疲れてくると、オレたちは缶詰とレトルトの食事をとって、それぞれ部屋に引き篭もった。内側からはしっかりと鍵を掛けた。この扉が、唯一自分の命を守る防壁だった。
シャワーを浴びるためハーフパンツを脱ごうとした時に、がさりと小さく音がした。オレはチトセの部屋から持ち帰ったメモを思い出し、ポケットに手を入れた。折りたたまれた熊モチーフのメモを開くと、一番上には〝持ち物リスト〟と書かれている。その下には〝お菓子〟〝仕事服〟〝下着〟〝替えの靴〟〝部屋着〟〝化粧品〟〝散弾銃〟と続いて――
「この二つ……」
物騒な単語が並んでいたのだった。そしてそれらはもしかしたら犯行に使われたかもしれないものであり、チトセの部屋には見当たらなかったものである。チトセが持ってくるのを忘れたか、あるいはチトセが持ってきたものを、
「誰かが盗んで犯行に使った……。また、使うかもしれない」
嫌な焦りが湧き上がってきた。オレはこれを他の人間に言うべきか悩んだ。この二つがあれば地下庭園の密室の謎が解け、全員が容疑者となるのだ。文哉の殺され方も、毒の口頭摂取ではなく、歌の表現に沿うかたちだったことになる。
けれどこのトリックが正しいか確かめるには、もう一度文哉の遺躰の外傷を調べなければならない。また、念のため、チトセの部屋も隅から隅まで調べつくす必要があった。だというのに彼らの部屋は完全に施錠されており、簡単には入れない。入るとしたら庭園のときのように扉を壊さねばならない。
それらの作業をすべて、誰にも気づかれずに行うことは不可能である。だが、全員が容疑者である以上、途中で誰かにオレの行動がバレるわけにはいかない。もしその〝誰か〟が犯人なら、自分に白羽の矢が立つ前に証拠隠滅をはかるだろう。
となると、オレがまずすべきはメモにあった〝二つのもの〟の発見だ。それらを隠し持つ人物こそが、文哉を手にかけた犯人なのである。