両開きの扉を両手で押し開けて杏子が入ってくる。そのままつかつかと進み、彼女は伊織の隣にどさりと腰掛けて、脚を組む。一瞬だけ漂う香水の匂い。ホットパンツから晒される太腿。この既視感……初日に初めて会ったときも彼女は遅れて入ってきて、こんな風に、あの時は幸一の隣に腰掛けていた。あれから四日。随分と人数は減ってしまった。
「おせぇぞ、杏子。てめぇで呼び出しといて一時間も待たせるなんざ」
「ごめんごめん、女は支度に時間が掛かるんだよ」
そう言って指先で弄ぶ杏子の髪は短い。彼女はイズミを見遣り、
「もうあらかた話したかい?」
「はい。海底ケーブルが完全に切断されていたことと、修復は不可能であることをお話ししました」
「じゃあ私の言うことはもう無いかな。残念ながら、電話を繋ぐことは絶望的なんだ。ポリエチレンの下から飛び出した鋼鉄線にわかめが絡んでるのを見たときには頭が痛くなったね」
「誰が切った?」
里来が冷えた声を出す。「誰なら切れる可能性がある?」
「そりゃ全員さ」
杏子は肩をすくめる。
「切れてた部分は、頑張れば素潜りでも行ける場所だった。剪定ばさみみたいなのがあれば、例えば先週来てた女子大生でも、うーん、十回ぐらい潜れば切れるんじゃないかな」
「ってことは、全員に容疑がかかるわけか。いつから切られていたと思う? 最後に電話を使ったのは誰だ」
あの、とヒュウガが控えめに言った。
「今週の日曜日、無人様たちの乗った船と連絡を取る際には電話は繋がりましたので、ケーブルが切られたのはそれ以降かと」
「ねぇ、気になるんだけど」
脚を組み替えて杏子は前のめりになる。
「犯人はさ、海底ケーブルを切っておきながら機械室の電話線まで切ってるでしょ? どうしてだろう」
伊織が答えた。
「逆……なんじゃありませんか? 電話線を切るだけでいいと思っていたけれど、海底ケーブルまで切らざるを得なくなった」
「どうして?」
「杏子さんが電話線を繋ぎ直すことは、犯人にとって予想外の展開だったんです。犯人は、杏子さんがそれを出来ることを知らなかった」
「うーん。正確に言うなら、繋ぎ直せるかどうかは私自身にもわからなかったよ。やったこと無いもの。理論的にはあれで繋がったと思うけど……」
「僕、今朝食堂で杏子さんから海底ケーブルを見に行くって聞いたあと、電話線のこと思い出して、地下三階の機械室まで見に行きました。あれで合ってると思います」
「君は詳しいの?」
「伊織は工学部なんですよ」
オレが隣に座る伊織越しに言うと、その向こうで杏子が「へぇ」と感心したような声を出した。幸一の死んだあの夜、伊織さえ冷静だったなら、彼は自分で電話線を繋ぎに行っただろうとオレは思う。
「じゃあさ、犯人は私が電話線を繋ぎ直す前に慌てて海底ケーブルを切りに行ったんだよね? 時間的には、日曜日の深夜から電話線を繋ぎ終えた月曜日の午前四時くらい。その時間のみんなのアリバイは?」
杏子は一同を順に見回す。最初に声を上げたのは里来だった。
「俺は自分の部屋にいた。文哉がそうしろとうるさかったからな。イズミとヒュウガもそうだろう」
名を出された二人は黙って頷く。次にオレと伊織が口を開いた。
「オレは里来さんに部屋まで送られてからは一歩も出ていません」
「僕も、文哉さんに明日の朝まで出てこないように言われて……」
杏子が難しそうに唸り、里来が言った。
「あの時間、文哉は自分と杏子以外を部屋に帰していたはずだ。杏子、お前は機械室にいたとして……文哉はどこにいた?」
「彼は電話線が直ったかを確かめるために、厨房にある電話機と機械室を往復していたよ」
「すると、部屋を抜け出して館を出る際には、文哉に遭遇する可能性が高かったわけだ」
「そうなるけど、文哉はずっと往復してたわけじゃないからね。隙を見て地上に上がることは、どの部屋からも出来たと思うよ」
「容疑者は絞れない……か」
里来が忌々しそうに舌打ちした。
様々な〝犯罪の切れ端〟を拾い集めることは出来ても、犯人に繋がる有力な手掛かりとはならない。容疑者も絞れず次なる犯罪に怯えたまま、オレたちの五日目は過ぎようとしていた。