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 就寝前、オレは里来の部屋を訪ねた。昼間の話し合いのことで彼に聞きたいことがあったのだ。既に眠りについていたのか彼は、パジャマ姿で目を擦りつつ扉を開けた。オレは思わず、

「里来さんだって簡単に殺されちゃいそうですね」

 と軽口をたたいて彼の機嫌を損ねてしまった。それでも彼はオレを中に入れてくれ、欠伸を零しながらも話を聞いてくれる様子だった。オレは彼の厚意に甘えて話し出す。

「あの、昼間の件です。みんなの前で里来さんは『容疑者は絞れない』って言いましたけど、実は絞れてますよね?」

「ああ?」

「だって里来さんの推理じゃあ、東郷さんの煙草の銘柄を事前に知らなかったオレと伊織は犯人じゃないんでしょう? それで、里来さん自身も犯人じゃないとする……。杏子さんはあの夜ずっと機械室にいたみたいだし、そうしたら、残ってるのは二人だけじゃないですか」

「イズミとヒュウガか」

「はい。どうして絞れないなんて言ったんですか」

 オレが詰め寄ると、里来は小さく唸って頭を掻いた。そして、

「絞れないと言ったのは、海底ケーブルを切った人物がチトセである可能性があるからだ」

「チトセ!?」

「ああ。チトセと幸一の死んだ順についてはまだ不明確だろう? 俺たちはあくまで歌の順に合うように、最初に殺されたのがチトセで次が幸一であると予想しているだけだ。幸一を殺してしまったチトセが通報されるのを恐れてケーブルを切り、その後、犯人によって冷凍室へ閉じ込められたことも考えられる」

 里来は眠くて早く済ませたいのか、やや早口でそう語った。オレは妙に納得してしまい、頷く。

 そういえば、チトセと幸一の死についてはまったく解明されていないのだった。死んだ順番も曖昧だ。もしかしたらチトセは、犯人に利用されて幸一を誤射するよう仕向けられたのかもしれないし、犯人に銃を奪われただけで、幸一を撃ったわけではないのかもしれない。

「いいか、そのへんがはっきりしない以上、下手に犯人を絞って揉めるのは得策じゃない。あの夜のアリバイに関しては、全員が立証できないわけだしな。機械室にいたっていう杏子のアリバイだって、文哉の証言が得られないのだから不確かだ」

「そうですね……」

 オレはしばし思案のために黙る。すると、里来がまた欠伸をする。彼はそのあと伸びをし、オレが座っているのも気にせずベッドに転がった。背後で彼が身じろぎ、スプリングが軋む。

「里来さん?」

「ねみぃんだよ。部屋出るときに起こせ」

「何言ってるんですか。オレが犯人だったらどうするんです?」

「お前は違う。それよりお前こそ俺を疑えよ」

「そんな。里来さんは……」

「俺が犯人じゃない根拠があんのか」

「え……っと」

 そう問われると困ってしまう。確かに里来が犯人である可能性はある。オレは彼ほど推理に頭が回らないから、彼がオレと伊織を犯人じゃないとしたような根拠を導き出すこともできない。けれど、なんというか……直感で彼は犯人じゃない気がするのだ。

「根拠はですね、あの……」

 馬鹿らしいと一笑されるだろうが、言ってみる。

「オレが、あなたは犯人じゃないと、思うからです」

「……」

 返ってくる言葉は無い。呆れられたかと思って黙っていると、聞こえてくるのは穏やかな呼吸音。

「里来さん?」

 恐る恐る振り向く。彼はオレに背を向けたまま、すやすやと肩を上下させている。

「寝ちゃったんですか……?」

 少しだけ身を乗り出して顔を覗き込む。いつもひそめられている眉がゆったりとほどけ、安らかな表情になっていた。そんな彼はますます無防備に見えて、オレは――



「オイてめぇ、ふざけんな。起こせっつったろうが」

 オレは里来が心配で彼の部屋にとどまっているうちに寝てしまい、深夜、ベッドから蹴り落とされて目覚めることとなった。

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