目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

7

 夕暮れの西空。薄い雲の中に、七色の橋が浮かび上がる。

 濡れた草のきらきら光る小道を、館から西へ向かってのぼる。オレンジ色の空を映した水溜りを避け、手に鍵を握りしめた彼を追う。独りで、独りぼっちでどんどん進んでいく彼を、オレは、小走りで、追いかけた。

「里来さん」

 隣に並ぶ。自分より幾分背の低い彼の顔を覗き込む。

「なんだ」

「あの、オレも一緒に……」

「そうか」

 彼の声が、静かに耳を抜けてゆく。心地良いような、もどかしいような、絶妙な感覚をオレの中に残して。

 やがて崖に辿りつく。柵の無い場所から、里来は一本だけの鍵を、虹に向かって放り投げる。高く飛び、虹を越え、輝く西日に溶け込んで、銀色の鍵は見えなくなった。

 里来はオレを振り返る。逆光が、彼の表情を隠してしまう。

「人間なんざ、脆いもんだ」

「そうですね。でも……だから、生きてるうちは精一杯生きたいですね」

「それも今日までな気がしてきたな。俺も、すぐに死ぬんだろ?」

 オレは彼に歩み寄り、鍵を投げた手を掴む。

「死にません」

「どうしてそう言える?」

「もしもオレが犯人だとしたら、あなたを殺すのはやめるからです」

 近づいたせいで逆光でも顔が見える。里来はオレの言葉に困ったように首を傾げ、そのあと曖昧に笑って言った。

「じゃあもしもお前が――」

「犯人じゃなかったら、オレは、必ずあなたを守り抜くと、約束します」

 少しの沈黙。オレの手を払い、彼が背を向ける。

「くさい台詞だ。どこの恋愛小説から引っ張ってきた」

「生憎オレはあまり本を読まなくて。……だから、即興なんです」

 ひゅお、と吹いた海風の中に、続く彼の声が溶ける。その言葉はごくごく小さくて、けれどオレの耳にしっかりと染みついた。

 気障なヒーローだな、馬鹿ナイト。……ありがとう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?