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第三章】傾国の悪女(一)

 その夜、玉は将軍と閨を共にし、幼少の頃のことを将軍に語って聞かせた。将軍は思わず大笑いした。

「そうか、そうか、そなた子供の頃に万に水攻めにされたと申すか?」

 例の玉が万の鯉を毒殺した仕返しに、水風呂に入れられた話しである。

「あの方は、幼少の頃は少し間がぬけたところがございました。そのため私も食事に塩を混ぜたりいたしましたが、さすがにあの時は少々いたずらがすぎました」

「それにしても、そなたを水攻めにした万は中々に悪女よのう」

 と将軍は皮肉めいた口ぶりでいう。

「春まだ浅き頃 華清池に温泉を賜る 水清らかにして きめ細やかな白い肌を洗う」

 将軍が口ずさんだ詩は、例の長恨歌の一節だった。楊貴妃の入浴する様を歌った箇所である。

「まことに傾国の悪女というは、万のようなおなごをいうのであろうかのう」

 すると玉はふてくされたような顔をして、将軍に背をむけた。

「万様が国を傾けるほどの悪女なら、私は一体何者でございましょう」

「すまん、これは失礼した。謝るぞ」

 将軍は、玉と閨と共にしながら万を持ち上げすぎた、自らのデリカシーのなさを後悔した。

 しかし玉の不快感は中々消えなかった。将軍と夜を共にしていても、時々、万のことが脳裏をよぎるのである。それは時として、ひどく卑猥なものであったりもした。

 やがて将軍の手が、再び玉のあらぬところにのびてくる。玉は将軍を受け入れつつも、何故か万がどこかで見ているような気がした。背徳感が激しい興奮にかわっていく。そして激しく乱れる様は、将軍をも高ぶらせることとなるのである。


 春も間近になり、将軍家光の名ばかりの正室である鷹司孝子が、病となり重篤との噂が大奥に流れた。家光は気が進まなかったが、将軍としての体面もあり、孝子のいる中の丸まで見舞いに赴くこととなった。

「今日はことのほか寒い。見舞いを終えたら湯殿につかりたい。そう中の丸の者に伝えよ」

 家光の言葉は小姓を通じて、すぐに中の丸に伝えられる。中の丸では粗末な木綿の衣装をしたお末たちが懸命に湯殿を磨き、湯を沸かし、将軍の入浴に備えた

 中の丸で湯殿を管理するお末の頭は、お夏といった。お夏は几帳面な性格をしており、完璧主義で厳格すぎるため、他のお末から嫌われていた。一通り湯殿の準備が終わると、夏はお末たちを一ヶ所に集めた。そしておしゃべりがすぎた者、仕事を怠けていた者などの名をあげては、名指しでその者を非難した。

そもそも、このお夏なる女がお末頭になれたのも、仕事に対しての厳格さゆえだった。しかしそれは己の卑しい素性を、なんとか己で偽ろうとする、仮面のようなものだった。

「ふん女郎あがりが!」

 お末の一人がぼそりと口にした言葉を、お夏は聞きのがさなかった。

「八重! 今なんといった!」

 といってつかつかと、その八重なるお末の前に行って、今一度問いただす。

「私を女郎あがりといったね! お前さんこそ、火事場泥棒の娘じゃないか!」

 二人は口論となり、ついにはお夏は八重を平手うちする。それをきっかけにつかみ合いの喧嘩になった。周囲が止めに入って一時はおさまったものの、八重は納得できなかった。他に夏に不満をもつお末と共に、なんと湯殿の湯をすべて水にしてしまったのである。果たして将軍は水風呂に激怒した。

「御末頭をここに連れてまいれ!」

「恐れながら、将軍がお末に会われるなど恐れ多い、我等でよく言って聞かせますゆえ……」

 と近習の者が止める。しかし将軍は聞かない。

「構わぬ! 余自ら問いたださねば、気がおさまらぬ!」 

 すぐに夏が呼び出された。夏は恐怖でふるえながら必死に謝るも、将軍の怒りはおさまらなかった。

「この寒い最中に水風呂とはな! まずそなたが入ってみよ!」

 家光は夏の手を引っ張ると、そのまま水風呂にほおりこんだ。すると、木綿の衣装が水浸しになり、肌が透けてみえてしまった。

「ほう!」

 将軍の目の色がかわった。自らも水風呂に足をつかると、そのままお夏の衣装を力まかせにはぎとった。

「おやめくだされ! どうか御勘弁を!」

「許さぬ!」

 将軍の手がお夏の秘部にふれた。お夏は水の中でもがくも、時と共に先刻八重のいった女郎の本性が、次第に露わになっていく。将軍にしてみても、最初は固い印象をうけた八重が、ついには女の本性を露わにし激しく乱れる姿は、非常な喜びだった。お夏が悶絶するまで、将軍は情けも容赦もしなかった……。





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