ああ、とカレンバウアーは感嘆めいた声を発した。こんな狭い日本の中で、いろいろな食の特徴があるなどとは思わないだろう。
「とにかくお肉の売り場は、牛、豚、鶏と固まって置いてるので、部位だけ確認すればいいかと思います」
その他、牛乳と豆乳、紅茶と緑茶など、漢字がわからないと似て非なるものを取ってしまいそうなものも教えておく。
三喜雄は雑貨コーナーで、引っ越しの挨拶に持っていくものを選ぶ。いつものように、食器洗剤とラップを手に取ると、カレンバウアーがやや不思議そうな顔をしている。
「そんな、何というか、消耗品でいいんですか?」
三喜雄は大学院に入り東京に出てくる前、母と祖母から教えられた通りに、今でもしているだけだった。
「何でもいいと思う……んですよ、あとちょっとお菓子を添えます、カレンバウアーさんのマンションでは、これだと失礼ですかね?」
食器洗剤とラップでは、やや貧乏くさい気もしなくもない。カレンバウアーがあのマンションに越した時には、フォーゲルベッカーのチョコレートの詰め合わせを持参したという。
まあいい、庶民だし。三喜雄は開き直って、洗剤とラップを5つずつ買い物カゴに入れた。精算を済ませて、同じ組み合わせを5個作って包装してほしいと依頼すると、2人の店員がすぐに取り掛かってくれた。
三喜雄の手際の良さに、カレンバウアーは感心したように言った。
「塚山天音さんが、片山さんを嫁にしたいと言う理由がわかった気がします」
それはあまりうれしくない褒め言葉だった。塚山は昨年、音楽番組にゲスト出演した際に結婚願望を問われ、結婚するなら片山だと答えたのだ。彼の発言は大いに誤解と憶測を呼び、三喜雄は未だに悩まされているのに、訂正どころか他でも似たようなことを言っているらしい。
「ああ、あいつ割と世話がかかるんです……」
三喜雄は脱力しそうになるのを我慢した。一番問題なのは、塚山の酒癖があまり良くないことで、記憶を飛ばし、うざ絡みが尋常でなくなる。あれでよくイタリア留学中、何も起こさなかったと感心しているのだが、きっと近くに自分のような奇特な奴がいたのだろうと三喜雄は思っていた。
「あいつ馬鹿なんで、いつもカッコいい二枚目を目標にしてるんですけど、みっともないところを晒したらファンが可哀想でしょう? 今あいつが何かやらかすと、オペラファンそのものが減ります」
それを聞いて、カレンバウアーはくすっと笑う。
「片山さんは優しいですね」
「……別に優しくないです、ある意味人道的配慮です」
カレンバウアーは人道的配慮の具体的な意味を尋ねたそうだったが、お待たせしました、という店員の声が会話を中断させた。
コンパクトかつ美しく包装された引っ越しの粗品を見て、カレンバウアーは感心した。
「こんな形のものでも、きれいに包めるんですね」
2人の店員はそれを聞いて、一様に照れくさげな顔になった。
「ありがとうございます」
「すみません、お手数かけました」
三喜雄は紙袋に入れられた粗品を受け取り、店員たちに礼を言った。
あとは小さなものでいいので、お菓子を買いたい。カレンバウアーにそう言うと、彼はお勧めの菓子店に案内してくれた。個人経営の地元のケーキ店で、美味しそうな焼き菓子も揃えていたので、いろいろ迷わずに済んだ。
三喜雄は田町に持って行く3軒分の粗品を持ち、JRの駅舎に向かった。カレンバウアーは昼から少しジムで身体を動かすつもりらしく、その他の買い物は一度持って帰ると言ってくれた。
「何かあったら電話くださいね、そういえば電話番号を教えていませんでした」
カレンバウアーの携帯電話の番号を登録しながら、やっぱり過保護だなぁと三喜雄はこっそり思っていた。