夏に地元に戻ると、人に会うのに忙しい。高校時代の友人たちも、夏が一番帰省してくる率が高いので集まることになり、お盆になれば親戚もやってきて、仕事のことを訊かれるついでに、結婚しないのかと言われる。
三喜雄は地元大好き人間で、両親が居てくれるので休みになれば実家に戻る。墓参りに行って、父方と母方両方の祖父母に近況報告をするとほっとするし、旧友と飲みながら語らうのもいつも楽しみだ。
ただ今年は、三喜雄のメディアやネットへの露出度が微増したので、誰と会っても仕事に関する質問がやたらと多い。この秋冬は歌う機会が少し増えそうだと話すと皆感心してくれるけれど、それとて今後の生活を保証するものではない。だから、もう大歌手だねなどと言われてしまうと、返事に困る。
ここ数日に蓄積した気疲れを自室で持て余していると、ドイツから帰国したノアからRHINEが来た。
『今成田につきました。日本はやはり暑いですね。明日一日休んで、あさってからしゅっきんします』
お互い故郷に戻ってから、ほとんどやり取りをしていなかったので(ノアはベルリンで普通に仕事をしていたし、あちらとの時差が7時間あるので連絡は控えていた)、素直に嬉しくなった。
『おかえりなさい。よく休んでくださいね』
『ありがとう。日本語をわすれていないか、少し心配です』
いや、キミは大丈夫だろ。三喜雄は突っ込みたくなった。
その時ふと、これまで帰省している最中に感じたことの無い気持ちが動いた。……俺も東京に、というか目黒のマンションに戻りたい。
三喜雄はどきっとした。どうしてこんな風に思うのか、自分でもわからない。ただカレンバウアー邸に戻れば、ピアノもあるし、夜9時くらいまでなら思いきり歌える。それに、時には集中できるよう1人にしてくれ、時にはさりげなくリビングで聴いたり、伴奏してくれたりするノアの存在が、ちょっと恋しい。
これはよくない、と三喜雄は自戒する。防音の部屋が見つかるまでの仮住まいなのに、何をすっかり居心地よくなっているのだ。
引っ越す前に聞いていた通り、ノアは平日は朝から夜まで家におらず、土曜日もたまに出勤している。三喜雄が学校の仕事が無い木曜などは、かなり自由にあの部屋を使わせてもらっていた。
それに意外とノアは、他人に気を遣わせない人間だ。一人暮らしが長くなり、誰かが同じ屋根の下にいる生活が送れるかどうかが心配だったが、今のところは大丈夫だった。
『日曜日は本番ですね。がんばってください』
ノアから新しいメッセージが来た。頭を切り替え、ちょうど大学から、コンサートの動画配信があると聞いたことを伝えておく。
『大学のHPで、コンサートを見ることができるようです。14時から45分ほどですが、おひまでしたら見てください』
『わかりました。ありがとう』
やり取りが終わると、やっぱり来週東京に戻ろうかなと思った。あと1回、藤巻にレッスンを頼んでいるので、それが終わり次第。