最後に登場した斉藤が会場を盛り上げ、北海道らしいと言われる歌謡曲をぶっつけ本番でアンコールに演奏して、ミニコンサートが終わった。三喜雄は最後まで歌えたことに感謝しつつ、舞台の配置換えを袖で待った。会場に集まっているほとんどの客は席を立つ様子が無く、トークショーを観るつもりでいるらしい。
「いやいや、楽しかったね、お客さんおとなしいけどしっかり聴いてくれてるのよくわかったし」
斉藤は楽しげに言った。三喜雄も同意する。華村はバレエシューズから、踵の低いサンダルに履き替えている。
「生歌とか生演奏で踊るの、楽しいです……アンコールだけじゃなくて、1曲プログラムに入れたらよかったですね」
「え、じゃあまたの機会に場所借りてやろうよ」
ノリが合えば誰とでもセッションする斉藤に感心しつつ、三喜雄はあらためて華村と名刺を交換した。
「ありがとうございました、おかげで落ち着いて出られました」
華村はピンク色の小さな名刺を三喜雄に差し出して、いえいえ、と微笑する。
「お役に立ててよかったです、舞台の直前に来たメッセージがよかったみたいだから、私が何もしなくても大丈夫だったと思いますけど」
言われて三喜雄は、ノアのRHINEにそんなに反応していたのかと思い、気恥ずかしくなった。確かにあのタイミングでのメッセージには、とても励まされたけれど。
「……そんなことないですよ、背中をマッサージしてもらうのがこんなに解けるのかって思いました」
「本番の直前はそれでなくても不安で孤独ですから、触れられて解けるところはありますよね」
彼女の言葉に納得した。舞台に上がる前の演者の気持ちは、音楽も舞踊もきっと一緒だ。思わぬところで異業種の同士を得たようで、三喜雄は嬉しかった。
川畑がピアノを1人で移動させようとするのが袖から見えたので、思わず三喜雄はジャケットを脱いだ姿で舞台に出てしまった。川畑が目を丸くする。
「ちょっと片山くん、ゲストが出て来ちゃダメなとこかも」
「え?」
三喜雄は客席から、一斉にスマホを向けられていることに気づく。しかし他の職員が誰もピアノに気を留めていないので、さくっと動かすことにした。
「女の人1人じゃ無理でしょ」
「ごめんね、段取り悪くて」
ピアノを下手の奥に動かし、三喜雄が袖に戻ろうとすると、客席からみきお〜、と間延びした声がかかった。やはり後ろのほうの席で同期たちが手を振っていたので、振り返しておく。
ぱらぱらと湧いた拍手の中、客席に会釈して袖に戻った三喜雄は、やや反省しつつ川畑に謝った。
「……緩すぎますね、すみません」
「片山くんは人気者だからねぇ、普通同期なんかわざわざ観に来ないよね?」
川畑が言うと、斉藤と華村が同意の笑いを洩らした。2人はそれぞれスマホを出して、カメラを立ち上げる。
「ということは、片山くんと写真を撮れば、いいねが増えるのかな?」
斉藤の言葉に、あざといですよ、と華村が笑いながら突っ込む。
「せっかくだから4人で撮りましょう」
三喜雄は華村の自撮りの中に収まった。そんなことをしているうちに、セッティングが済んで、トークショーのために皆で舞台に出た。演奏前とは違う期待感を含んだ会場からの拍手に、三喜雄も笑顔で応えることができた。